第18話 Archaeopteryx

 定食屋に入る……

 味と量が髙いバランスで維持された、お気に入りの食堂……そしてその様なクオリティを維持しているとは思えない店主の風体と建物……店主は、いつから伸ばしているのか不明な顎髭を蓄え、建物は、暖簾も無く、玄関はボロそうな引戸、ある意味で一見さんお断りの店……というか、初見でこの店に突入出来るなら、相当の強者。


 そして俺達がなぜこの店に入るように成ったのかと言えば、俺達がツーリングしていた時に道の駅で会ったからだ、その時店主はバイクに乗っていた……HONDAのCL72……旧車そして名車……そしてお互いのバイクの話をしていた際に、店主から「一度うちに食べに来いよ……」と言われたからだ。


 ……店主から『いらっしゃいませ!』の声も無く……

 俺達は定位置に座る……

 椅子はパイプ椅子……

 机は長机……

 竹を真っ二つにした入れ物に割り箸が、これでもかと差し込まれていた。


 厨房に向かい大声でオーダーする。

「カツ丼」俺の注文。

「唐揚げ定食」ヒロユキの注文。

「はい!」と「おう!」の中間の様な、返事が厨房から聞こえてくる。


 俺はセルフサービスのウォーターサーバーの横に置いたプラスチックのコップを2つ掴み、注ぎ口に差し込み冷たい水を注ぐ、もう12月なのに、水しかない……お茶は無い……硬派……いや、ただ店主が面倒臭いだけ……


 厨房からは小気味良い調理の音が聞こえて来る。


 食事の待ち時間、ヒロユキのツーリング仕様にしたSRのカスタムを聞かされ続けた。

 俺はGBをほぼ純正で乗っているので、大体ヒロユキが自身のカスタム内容を語り、俺が聞き手に回る事になる。

「SRはどんなカスタムも許してくれるから良いんだよ」ヒロユキは言う……

「流石にチョッパーとかになると個人的には『他のバイクでしたら良いじゃん』って言いたくなるんだけどな」ヒロユキは冷え冷えな水を喉に流し込む……そして一言「その点、GBはノーマルで完成しているよな……」

 ……確かに、GBをこれ以上変えるなら、マフラー位か?俺の身長的にハンドルも遠くなく……ステップにも不満がない……エンジンのパワーもこれ以上要らない……というかヒロユキに言われて思わず声に出る「……っていうか、GBに合わせて俺が慣れてしまったからなのかな?」

「あはは、それは在るな……お前はバイクに合わせてお前自身が変わったからな、俺とは逆だ……」とヒロユキ。

「そうかもな……」俺は何というかGBに『良い相棒だ』と思ってもらえる様に乗って来た様な気がする……それほど希少で高価なバイクでも無いのに、偉く持ち上げたもんだと自分でも想う……多分ただ自分に合っていたバイクなんだ……


 昨日の言葉「君は完璧じゃないんだ。君が出会った女の子も完璧じゃないのさ。でも問題はお互いにとって完璧かどうかなのさ」そうか……GBもそうだ。


 4気筒と比べれば馬力がない……

 原付ほど軽くもない……

 SRほど人気も無い……

 オフロードバイクの様に林道に入っても行けない……全てに中途半端……


 けど、俺には完璧だった。


 単気筒の操縦の楽しさを教えてくれ、乗り出すのに苦労無い軽さ、高速に乗るのもSRと比較したら多少楽、(あくまでも多少だけど……)そしてランニングコストも知れている、フラットな林道程度なら走ることに苦はない。

「……俺にはGBなんだな……」俺は独り言の様に言う。

「俺にはSRだよ、俺の好きな形に成ってくれる、カフェでもスクランブラーでもVMX(ヴィンテージモトクロス)でも、そしてノーマルでも……全部オッケー」とヒロユキ。

 そんないつものバイク談義……


 ……


「……お待たせ……」店主が両手に俺達の昼飯を載せて立っていた……

「えーと……カツ丼は?」と店主が訊く。

「はい、俺です」俺は丼とお新香が載った金属プレートをを受け取る

「こっちは唐揚げ定食だな……」と言いながらヒロユキの前に定食セットを置く

「ありがとうッス」とヒロユキ、早速割り箸を俺に渡してくれる。


 俺は蓋を開ける。

 安定のカツ丼、卵は半熟、カツの衣はカリとしつつも卵や汁がかかった部位は柔らかい、汁は少し濃いめ、お新香は箸休めに丁度良い。


 バイクで冷えた体にまるで宝物……

 温かさと、旨さを同時に味わう。

 結果、二人は無言で昼飯を食す事になる。


 厨房の奥で、店主がどう見ても一升瓶から酒をガラスコップに注いでいた。


 飲酒営業……今日も店主は平常運転……俺達はもう慣れっこ……

 一度俺は訊いた事がある。

「飲酒しながら料理上手く作れるんですか?」と……

「問題ない、この程度……」とボソリと返事して、「バイクの時は呑まないけど……」と追加した。

「いや、どっちの時も飲まないで下さい」と俺。

「味見もしないし、問題ない」とあくまでも店主は返事……確かに店主は味見をしない、というか料理を作っている際に様々な材料を刻み、炒め、鍋に放り込むんだが、それはいつも1発で決まる。

 後から少しでも足す事が無い……まるで分量が最初から完璧に決まっているかの様に、『味見して調整して足す』という行為が存在しなかった。

 そして、いつも安定のカツ丼だった……

「俺は覚えてないけれど、手は覚えてるから……」店主は独り言の如く。


 ……

 あっという間に食事が終わった。

 旨いから早く食ってしまう。

 話をする暇は無い。

 コップの水を飲む……冷たい水が心地好い。


 二人は食器の載った金属プレートを、厨房前のテーブルに置く。

「ご馳走さま」どちらともなく感謝の言葉。

「どういたしまして……」店主の返事。


 その他大した会話もなく、代金を支払い俺達は店を出る。

 右側の車庫には、あのCL72がいる筈だ……


 まだオフロードバイクという言葉も無い頃、未舗装の道を走ることを目的に造られたHONDAのオフロードバイクの始祖……北米でのダートレース人気に乗っかって開発された。

 今のオフロードバイクと比べれば、あまりにも不完全……オンロードバイクとほぼ変わらない見た目、違いは特徴的なアップマフラーとブロックタイヤ程度……しかし、それでも泥が付く事が似合うバイク……スクランブラーだ……

 店主はCLで林道を走り回るのを趣味にしていた。

 店が休業日の際には、食堂で使う山菜取りも兼ねてCLで山中を走り回っていた……その帰宅時に俺達と出会った。

 まさか、食堂を生業にしているとは……本人がいくら言っても、CLに乗るヘルメットからはみ出ている髭を蓄えた風体からは信じられなかったものだ。


 俺達は食堂で二手に別れた……ヒロユキは京都方面、俺は三重方面へ、お互いにクラクションを鳴らし、互いのバイクで飛び出した。

 信号の少ない道を走る……

 もう1時間半で出勤時間……

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