第10話 昨日より今日が素晴らしい日なんて....

 ……。。。……


 ……


 ……


 目が覚めた。

 焦って壁に掛けた時計を見る。

 13時……

 6時間程度寝ていた様だ。

 太陽は高く、部屋の中は、ふんわり暖かい、二度寝出来そうな感じ。


 携帯を確認する。

 店からの着信は無い……良かった。

 たまに寝ていて店からの着信に気づかずにパートのおばちゃんから小言を言われる事があるから、気を付けないといけない。


 流石に6時間も寝たらスッキリしていたし、これで二度寝したら、夜寝れなそうなので、起きる事にした。


 さて、どうしようか、明日からの嫌な仕事を相殺できる位、楽しい事をしなければならない……でないと、明日からの仕事の意欲が湧かず、仮病でも起こして休みたくなるかもしれないからだ。


 趣味が音楽・映画と言いながら、このレンタル店の仕事は大嫌いだった。

 数少ない友人は「天職じゃん」なんて言いやがるが……

 本人は全くもって苦痛でしかない……そりゃそうだ……世の中、j-pop全盛期、残りはidolばかりだった。

 俺の好きな音楽は...正にオルタナティブ(代替品)なんだ。

 主流が在り、それに対するマイナーが俺の好きな音楽。

 当然ながら、レンタル店で積極的に仕入れ出来る様な商材では無かった。

 そんなブツに金を掛ける暇が有るなら、Mr.Chil◯renやサザンオールス◯ーズのCDを仕入れた方が儲かる。


 バイヤーに俺の好きな音楽の良さを切々と話し、発注をお願いした事も有ったが……結果採算が取れないとの事で早々に却下。


 ごもっとも。


 人・物・金を管理する店長に成った今なら充分に判る。そんな商品、発注すべきではない。


 更に洋楽はレンタルの解禁が遅かった……モノによっては数ヶ月~半年、それ以上遅い。旬の時期は過ぎて……レンタルとして採算が取れる商品は正にメジャータイトルのみだった。

 ロッ◯ンオンやクロスビー◯で読んだ興味をそそるタイトルがレンタルに成る事は無く……焦燥感だけが募った……

 たまに誰もいない店内で、

「なんだコノ男女関係ばかり書いた金太郎飴アルバムは!!!どれもこれも一緒じゃねえか!!!」と独り言。

 従業員の前で言うとエライ苦情が出るから言わない。


 一度、idolのCDが入荷して「ルックスだけだろ、コイツら……」と言ってしまい……開店作業中のバイトが、ブチ切れて、俺の尻をホウキの柄で思いっきり突いた……どうやらファンだったらしい。

 凶器は尻の割れ目を速やかに滑り、俺の排気口にぶっ刺さった。

 ジーンズが破れ無かったのは奇跡だ。

 それでも怒らず、

「ごめんねぇ~(ToT)」と痛みを堪えて笑った俺を褒めてやりたい。二日間うんこが出来なかった。


 こういったバイトが主力の店舗の一人店長は最上位に見えて、実はカースト制度の最下層なのだ。


「バイト辞めます!!!」


 この呪文はドラ◯エのイオナズン程度の威力を持つ……バイトはこれを魔力ZEROでも詠唱できる。

 俺みたいな若輩店長のHPはそんな呪文を喰らったらoverkillで棺桶入りだ……

 でもバイトはそんな棺桶入りの俺を教会まで運んではくれない。

 Wizardryで例えたらashed(灰)なった位……例えが古い……

 だから、若輩店長はいつもビクビク……


「お盆休みます」

「正月休みます」

「今日体調悪いんで……」

 これらの呪文もかなりのダメージを持つ。

 ちなみにこれも魔力ZEROで唱えられる。


 バイトおそロシア……マジで。


 まぁ、今のところバイト連中との関係性も良好で、俺が居なくても、ある程度皆で協力して店を運営してくれる……感謝……感謝。


 あぁ、勿体無い。

 折角の休日なのに……

 もう一度バイクで走ろうか?

 置いてるゲームしようか?

 積んでるDVD観ようか?

 そんな考えの中を過る様に彼女の事が気にかかる。


 あの夜、まるで鍵穴と鍵がピッタリ合わさる様に(言っておくが、ヤラシイ意味では断じてない……)本当に、会話が……音楽が……その音楽を話して感じるお互いの感情が一致したんだ……そう思えた……


 ……大袈裟でなく、奇跡……俺にとっての半身……


 あの時の彼女の顔を脳内で描く。

 太めの眉

 一重の目

 すらりとした鼻梁

 薄い唇

 摘まめそうな鋭角な顎

 第一印象はこんな感じ。


 美人かと言われれば、否。

 不細工かと言われれば、否。

 悪くは無いが、良くも無い。


 短時間で彼女と対した他者は、高身長の印象が強すぎて彼女のディテールが上手く入って来ないんだろう。

 俺みたいにじっくり話したら、身長以外に色々気になってくる。


 彼女の肌はとても綺麗で、自然な眉は意思の強さを感じさせ、切れ長の目はキリリとして、スラリとした鼻梁の先端はツンと尖り美しい、薄い唇は上下のサイズが完璧で上唇は薄く、下唇はほんの少し肉厚だった、華奢な顎は綺麗なアールを描いた。


 先程の第一印象とは違い、俺の大きく主観が入った内容と成っている。


 だが、人間とはそんなもんだ。

 好意というフィルターが彼女を美しくする。

 いや、多分彼女の美しい所を無意識に探すんだ。

 好きになるとはそういう事なのか。


 ただ、控え目に見ても彼女は、地味な容姿の中に美しいパーツを備えていた。

 それは良く見ないと分からない....もしかしたら薄暗い居酒屋では細い一重瞼は腫れぼったく写ったかもしれない。そうでなくても高身長の彼女だから、見下げる様な視線になり、男からしたらあまり気持ちの良いモノでは無いだろう。


 しかし俺はどれだけ、彼女の事を考察しているんだろう……有りもしない妄想を重ねて、さも自分だけが彼女の素晴らしさを、理解した様な気になっているだけだ。

 気持ち悪い……たった数時間共にしただけなのに。


 頭を振り……傍らのSFCにカセットを差す。電源🔌を入れる。

 積みっぱなしのゲーム。

 小銭は有っても時間は無い。

 しかし少しやって思う。

 対戦格闘ゲームでコンピューター戦を行うというのは、大変面白くない。

 カセットを差す前に気付けという感じだが、まさかここ迄楽しくないとは、必殺技の練習もマトモに出来ない内に瞬殺され続ける。

 かと言って、難易度を下げるのも……

 SFCのコントローラで→↓↘️Pなんてマトモに出ない……


 今思えば昨日は素晴らしく、ドラマチックな一日で、それに比べて今日はいつもの日常……

 一人きりで誰にも会わず一日が過ぎる……


 ゲームをしながらお菓子を食べる……ポテチだ……友達の家のコントローラでこれをしたら嫌がられるだろう。ポテチの脂がコントローラに付くじゃないか!まぁ、後から拭いておこう。


 主人公キャラで頑張ってはみたものの……進展が見られず、早々にデッキブラシの様に金髪を立たせた軍人キャラに切り替える。

 取り敢えず、初心者は斜め後ろに十字キーを入れておけというキャラ……これで飛び道具と対空必殺技が同時に貯めれる……ガッチガチの待ちで戦う。


 まぁ、コンピューター相手だから良いでしょう。


 これならそこそこ必殺技が出る。先程までのストレスが多少解消される。


 それでも、コンピュータの対空は結構エグいので、余程でないと跳ばないが、稀に飛び大パン→しゃがみ中パン→サマーソルトの安楽コンボでピヨピヨ....

 そこから、飛び大パン→立ち大アッパー→ソニック→立ち大バックブローで終わる、四連コンボで全部大パンのみという安楽コンボ。


 何度か櫛で髪を直す勝ちポーズを見て、そこそこ進んだ。

 四天王が出てきてまるでマイク・タ◯ソンの様なキャラを倒して……飽きてきた……やはり対人戦が楽しいんだ。コンピュータでは中々に単調な作業ゲーになってしまった。


 時計を見たらもう5時半だった……晩飯&お菓子を買い足したい。


 ゲームを一旦、リセットして電源オフ。


 バックパックを背負い、ヘルメット片手に階段を降りる。防犯チェーンを外す。


 相棒のチョークを引いてエンジンを掛ける。朝まで乗っていた為に直ぐに回転数が上がる……チョークを戻す。

 トコトコトコとアイドリングがメトロノームの様に正確に刻まれる。

 相棒の『走って良いよ』のサインだ。


 俺は跨がり、コンビニ向かい走り出す。

 軽量な車体は近所に行くにも、手間がない。

 自転車の様に扱える。

 シグナルスタートで後続の自動車を引き離す。

 あくまで最初だけだが……

 早々にコンビニに到着し、パスタの大盛と、ペットボトルのコーラ、ポップコーンの大袋を買う。

 外に出てからサラダ位買えよと、自分に突っ込みを入れるがもう遅い。

 ジャンクな食品を全てバックパックに入れて走り出す。

 6時前……

 道は微妙に混雑……

 仕事終わりの車の流れ……

 幹線道路を避けて、旧市街の細い道を走る。

 信号の少ない、だが狭い道を縫う。

 対向車や民家からの人の出入りに気を付ける。

 幹線道路と交差する交差点に到着し青信号を待つ。

 青信号になり、クラッチとスロットルを同時に操作し幹線道路に合流、

 しかし直ぐに右折して俺のアパートへの細い道に入る。途中からNにしてエンジンを切る。惰性でアパートの駐輪場に乗り入れる。1に入れてハンドルロックと防犯チェーンを掛ける。


 トントントンと階段を上り、俺の部屋に戻った。

 まだ、今日を楽しむんだ。


 昨日より楽しくないと明日への活力が湧かない。


 そうだろう。

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