第11話 休日映写会『惑星ソラリス』

 六時半前……

 キッチンからデカイマグカップを取り出し、コーラを並々注ぐ。

 これまた積んであるDVDを取り出し、プレイヤーに放り込み再生。


『惑星Solaris』


 途中まで観て、諦めた作品。

 ほぼ三時間の長編……前回、主人公がSolaris上の宇宙ステーション到着前に爆睡した作品。


 今回は観ないと、気合いを入れて……お菓子も買って……準備万端。


 序盤の映画は淡々と進む。


 正直少々眠いのを堪えて観る。


 東京の高速道路を主人公の車が走る。


 コーラをもう一口、ポップコーンを口に放り込む。


 ……


「おっとっと....忘れていた」俺は電子レンジにパスタを入れて温める。


 間もなくして、電子レンジから「チーーーン」と音。パスタが出来上がった。


 一旦停止もせずに立ち上がり、キッチンに向かう。

 パスタを引っ張り出して、食卓まで戻ってきたら、

 主人公が宇宙ステーションまで辿り着いていた。


 俺のいる部屋はお隣さんの排水の音が聴こえて来るが……TVの向こうの世界は静謐。


 静か……その静かさが……少し狂気……


 そのステーションに棲む数少ない住人も……同様に……


 漸くヒロイン??が出てくる。

 美しい主人公の亡き妻の外見を模した『何か』。

 それはSolarisの海が産み出したらしい。


 その『何か』は何をしても生き返る。宇宙に飛ばしても数時間で帰って来る……

 これは帰って来たのか?

 それともまた別の亡き妻の複製。


 謎……ナゾ……


 このヒロインが美しい……そして肉感的だった……リアル……主人公の妄想ではない。実在の人物???物体……


 ヒロインは妻の記憶を持つが、当初は自身が『複製』だとは認識していない。

 しかし遂に、ヒロイン自身も『私は妻じゃない』と自覚する。

 自身がSolarisの海が産み出した『主人公の妻を模した何か』である事を理解する。


「でも私は、人間になります

 感情もあなた方には劣りません

 彼なしではいられません

 私は……彼を愛しています

 私は人間です」


 ステーションの住人に、自身が只のコピーで在る事を突き付けられた際に彼女が言った言葉。


 ヒロインは真摯に主人公を愛し、そして自身の身の上を考える。

 考えあぐねた最後……ヒロインは主人公の元を去る。


 その頃には、もう主人公はヒロインを愛してしまっていた。


 失意の内に地球に戻る主人公。


 実家での父親との会話……

 家の中で水滴が落ちる……

 滑る様な川の流れ……

 水、川、のimage……

 なんだこれは……

 流体……海……


 カメラが引く……

 家が建つ大地の周囲に海が見える……

 小さな島の上にポツンと建つ主人公の実家……

 周囲は海……これはもしかしてSolarisの……


 そうか……そうなのか……


 これも海が産み出した『何か』なのか……

 ヒロインと同じ様に、主人公にとっての大事な記憶の再生……それはもう、1つの人間だけで無く、主人公の思い描く世界までを複製した……のか……


 その中で、それを現実として……

 或いは、複製と知りながら……

 主人公は……


 ……そんな映画。


 パスタが冷めていた。

 そりゃ二時間以上放置したら、相思相愛の彼女でもカチカチに冷えるだろう。


 只のパスタなら尚の事。


 もういいや、と冷めたまま食べ始める。

 ソースを絡めようと冷えた麺をかき混ぜる。


 グルグル……グルグル……


 ソースと麺が混じりあう……複雑な色のグラデーションが出来上がる。

 俺をそれを出来るだけ均一にしようと更に混ぜる。


 ウネウネ……ウネウネ……


 Solarisの海……

 止まることなく動き続ける……

 意識在る海……


 映画のマトリックスを思い出す……

 現実世界とコンピュータに支配された世界

 二極化……

 厳しい現実と、平坦な脳内世界……


 惑星Solarisは少し違う……


 そんなに明確に分かれない……

 両者は混じりあう……この麺とソースの様に……


 ……

 ……


 ……だから想う……現実ですら、固定されない……変動し続ける……目印を置こうとしても……

 それは海上で無くした財布の目印に、水面に浮き輪を置いておく様な行為……


 そうなんだろう……人の気持ちも……一時すら同じ事はない。俺が彼女に抱いていた感情も刻一刻変化し……一方的な愛情に変わる。


 確かなものなど何も無い。


 そうであれば、偽りであれ、真実であれ、その主人公が信じるものが『真』なのだ。


 俺がパスタを食べているのか?

 パスタの様な『何か』を食べているのか?


 原作を知らない俺は、そんな風に映画を観た。

 そしてそう思った……

 感想は人それぞれ……

 同じものなど無いだろう……

 それでいい……


 確かなものなど何も無い……


 そして映画を見終わってから、気の抜けたコーラで大半残ったポップコーンを流し込む……


 余韻の在る映画。

 揺らぎと多様性を含んだ映画。


 さあ……寝よう。


 明日からまた、不確かな現実で働かないといけない。

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