第12話 あなたがいれば地獄も天国

 起床。

 朝、というか昼11時……良く寝た。

 1時出勤から逆算して、そろそろ起きる時間だ。


 ポップコーンを食い過ぎた。

 腹が胃もたれ。


 朝食を食べきる気が起きない。

 洗面台で顔を洗う。

 冷たい水が強制的に俺を目覚めさせる。

 タオルで顔を拭く。


 昨日の残りのコーラをコップに入れて飲む。完全に砂糖水……

 刺激無しのコーラに魅力無し。


 寝間着を脱いで、いつもの仕事着になったジーンズとパーカーを着る……『仕事に行かなきゃ』と自覚する為に……行きたくないけど……


 時計を見る……11時半……ポップコーンのお陰で朝食を食べる意欲は起きない。


 窓から外を見る……真っ白な雲と青空……けど寒空……

 良い天気と良い気温……走れる……バイクで……少し嬉しくなる。


 椅子に掛けたダウンジャケットを羽織り、ヘルメットを掴む。

 玄関にぶら下げた鍵束を掴んで外へ出た。


 駐輪場で防犯チェーンを外し、バイクにキーを挿す。

 チョークを引いて、セルボタンを押す……

 いつもより長めのキュルキュルキュルという音……そして、タンッとドンッの中間の様な音と共に、エンジンが始動する。


 チョークの為に、エンジンの回転数が上がる……アイドリング回転数まで落ちる様に、徐々にチョークを戻していく。


 それと同時にスロットルを開けてストールしない様にする。


 冬だからそこそこ気を使う……しかしもう安定した、大丈夫。


 ヘルメットを被りグローブを付ける、駐輪場からバイクを押し道まで出る。


 職場に行く途中、少し横道に入るとダムがある、そこに行こう、寄り道だ……そうすれば丁度、出勤時間頃に職場に到着出来ると思う。


 二車線で信号が無く、良いカーブが続く……

 バイクが気持ちいい道。


 バイクに跨がり走り出す。


 服の隙間から冬の冷気が滑り込む……寝惚けていた意識が覚醒する。


 ブリッピングしてシフトダウン、

 カーブ突入前に充分に減速、

 カーブ出口を見て、車体を寝かす、

 カーブが終わる前からスロットルをじんわり開け始める。

 リアタイヤがエンジンのパワーを路面に伝え、蹴り出す様に加速する。


 滑らかな動き……バイクと俺が一体と成って道を走る、車では感じれない感触。

 左にウインカーを出してダムに向かう。

 二車線の綺麗に舗装された、くねくね曲がる道を走る。

 右側にダムによって貯められた湖を観ながら、ワインディングを駆け抜ける。


 ……気持ちいい……楽しい……


 結構山道を登ると、一寸した広場があり自動販売機がポツンと立っている……

 その近くにバイクを停めて、自動販売機でHOTミルクティを買う……

 プルトップを開ける、自動販売機の飲料らしく、とても甘い、しかし今の俺には丁度良い甘さ。


 両手で缶を持ち暖かさを満喫する。


 グローブを嵌めたままエンジンを触り暖をとる。

 寒い……身体の芯から冷える……だけど……

 寒いのに、走りたくなる……どうしてだろう。


 バイクにとっては寒い方が良いだろう。

 空冷エンジンだからだ。

 冬の冷たい空気でエンジンが効果的に冷却出来る。


 つまり、


 バイクは寒くて調子が良い。


 人間様は寒くて調子が悪い。


 ……バイクの為に人間が我慢しているわけだ。


 己よりバイクの調子を優先している。


 自分でも「アホだな」と痛感する。


 広場に立ちダム湖を望む……

 冬の空は空気が透き通って、遠くまでエッジが効いた青空と白雲。


 只今時刻は12時15分……


 さてさて、何の救いもない現実に戻る時間、苦痛以外の何もない……


 何もない……


 何もないか?


 本当に?


 いや、一縷の望み……


 彼女……名も知らぬ……Jane Doe……


 あの娘に会える唯一の接点があの職場に在る……


 その思いだけを希望にバイクに股がる……


 職場への気だるい道程を行く。

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