第13話 through your reality

 12時45分に我がレンタルビデオ屋を内包した大型量販店に到着した……

 俺はバイクを従業員駐車場に停めて、既に開店している職場に向かう。


 歩きながら自分を仕事モードに切り替える。


 店舗は既に開いている……午前10時開店だ。

 俺が居なくてもアルバイトとパートタイマーの従業員さんで開店してくれる。

 ありがたい事です。

 勝手口をくぐり抜ける。

「おはようございます~」僕はペコリと会釈してカウンターの従業員に挨拶する。

「おはよーございまーす」間延びした返事がカウンターの皆から返ってくる。

「あっ!モリさんが店長出勤したら事務所来てって!」サウンド担当のタマキさんが言う。

「……うぅん??タマちゃん、ありがとう」出勤したら、そんな事言われなくても事務所に行くんだが……なんだろう。


 事務所のドアを開ける……自身のタイムカードを打刻して、休憩室を抜けて事務所に向かう。

「おはようございます~モリさん何か僕に用ですか??」僕はモリさんに話しかける。

 彼女は本社への昨日の売上報告を書いている顔を上げて、ずり落ちた眼鏡を上げる。

 50代中頃の女性、最近娘さんが嫁いだ。

 その為、御主人と二人の時間が増えて、話す事が無いと嘆いていた。

「あっ!店長!(^o^)」モリさんが丸い顔を更に丸めて、ニコニコ近づいて来た。

「店長、あたしは嬉しいわ……朴念人だと思ってたけど、中々ヤるじゃない」自身の肘で僕をつつく様な仕草をしてイヤらしい笑みを浮かべる。

「えっ!モリさん何ですか?」僕は困惑する。

「また、またぁ、私が開店準備していたらさ、背の高い女の子が来て、『あのぅ、店長さんに渡してください』だってさ……アハハ」両目をへの字にして僕を下から見る。

「あぁ、その子でしたら、昨日早朝に店前で雨宿りしてたんです、雨に濡れたから、風邪引かれたら困るんで、休憩室で乾かして帰って貰ったんです」僕は特定の内容を排除して返答した。

「あらぁ、何でそのまま帰すのよ!そこは行っときなさいよ!そのままホテルへGO!」モリさんの叱責。

「何ですか!んな所行ける訳無いでしょ!」

「そんなら、あの24時間ヤってるカラオケBOXでも……歩いて3分よ」モリさんは諦めない。

「距離の問題じゃ無いです……」僕は辟易。

「何なのよ、最近の若い子は、性欲無いの?」モリさんの突っ込み。

 ……モリさんはいつもこんな調子……僕の事を息子の様に思ってくれていて、気が気でないらしい。

 だが、流石に出逢って直ぐにホテル直行は無いだろう……


『出逢って3秒で合体……』僕も所持しているAVのタイトルを思い出した……まぁ、半分コメディ見たいなAVだ。


「店長なにニヤけてんの?やっぱイイコト有ったんでしょう?」モリさんが興味津々。

 AVのタイトルで笑いました……とは言えない僕は「……んな事は無いです、本当に!」と言い首を左右に大きく振る。

「ホントにぃ」モリさんは疑惑の目を向けてくる。

『もう、いい加減諦めなさい、おばちゃん!』と僕の心の中……

……。。。……

「……あのぅ、ご飯食べて良い……」休憩室に映画担当のカイズさんがポツンと立っていた。1時を回っている、そりゃ昼休憩だもの……モリさんの矛先は 僕からカイズさんに切り替わる。

「カーちゃんも聞いてよ、店長ホントにダメよ……もっとガツガツ行かないと」モリさんは事務机の引き出しから巾着袋を出して、カイズさんと向い合わせで座る。

 袋から大きなお弁当を引っ張り出す。

「お昼頂きまーす」二人はニコニコ、話に花が咲いている……多分僕の不甲斐なさをネタにしているのだ。

『はぁぁ、参った』僕は既に今日一番疲れた気がした……今日の従業員のシフトコントロール表を見る。

 新作DVDの入荷日だった。


 玉子焼きを頬張っているカイズさんに声を掛ける。

「お食事中ご免なさい、今日の入荷DVDで目玉商品有りました?」僕は尋ねる。

「……ウグッ……はい、Sランクは無いけど、Aクラスが数点……グッド ウィル ハンティングとか」玉子焼きを呑み込んで答えてくれる、カイズさんは本当に良い人だった、このレンタルビデオ屋の良心。

 彼女が居るから店が廻る。

 僕は信用して会社内でもトップクラスの時給を設定していた。

 世話焼きのモリさんも同金額だ。

 この二人が居れば店は運営出来る。

「グッド ウィル ハンティングかぁ、小粒ですね……」僕は今日のレンタル売上げが芳しくないと予想する。

「地味だけど良い映画なんですけどねぇ~」カイズさんはかなりの映画マニアだ……愛が深い……彼女のからすると世の中の全ての映画は、どんなに駄作と言われようとも、何かしらの美点が在るとの事。

 彼女はそれを探しだし、いつも誉めていた。


 しかし『死霊の盆踊り』を絶賛していた際は流石に彼女の審美眼を疑ったモノだが……


 只、そのエキセントリックな映画批評を除けば、彼女は美しい女性だった……

 165センチ、痩身、二重の大きな瞳、細いジーンズを履きこなす脚。

 なのに流れ聞こえてくる噂では彼氏が居なかった……

 多分上記の映画愛の為だろうか……

 そして僕より少しの年上27歳位、女性に年齢を訊くのは野暮なので正確な年齢は知らない。


 どうしてもこういった店は女性が多くなる……

 平日の昼間に時給制で働いてくれる人材といえばそうなってしまう。

 男女雇用機会ほにゃらら法とかは、この店に限ってはあまり機能していない。


 まぁ、皆さん安い時給ながら、趣味と実益を兼ねてこの職場で和気あいあいと働いてくれているのが何より嬉しかった。


 そして僕は従業員の為に、売上げ至上主義でプレッシャーを掛けてくる本部社員と戦うのだ。


本社の経費を削らず、店舗の経費ばかりにフォーカスし人件費を削る……

そんな奴等のいいなりには成りたくない。


 そして僕は店の従業員と本部社員との間で擦りきれた。


 僕はショックアブソーバー……緩衝材……そんなポジション。


皆が笑って働ける様に……

あと何年働くのだろう……

それまで擦りきれて無くならない様に……

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