第14話 約40年間の労働から オマエらそうして逃げているだけ
本社とのやり取りは本当に気が滅入る……
とは言え今日は快適……従業員の欠員も無く、裏方で事務作業に徹しても文句言われなさそう。
溜まった本社への書類を仕上げる、それに、そう!
デガイ仕事が目の前に来つつある。
『来期予算案の作成』
頭が痛い...嫌々ながら、PCのフォルダを開けて予算のEXLを立ち上げる。
売上げ目標
人件費目標
広告宣伝費
福利厚生費
地代家賃
etc
数字の羅列を見て直ぐにPCから顔を背けた……
せめて、人件費の算出根拠だけでも作成する……
人件費獲得の為には、売上げ、否、粗利益、ひいては経常利益の確保が必須。
この店の従業員を養う為に必要な売上。
売上げが下がれば人件費も下がる。
そうなれば、ここの従業員達の稼ぎが減る……
従業員の皆も生活が在る……家族も居る……
もっと良い稼ぎの仕事に替わる事も考えられた。
店長として人材確保は大変な作業だ。採用したから終わりでは無く……教育が始まり……人一人が一人前に成るには相当の時間を要した。
また、教育中は二人居ても二人前では無い……先生側も生徒側に付いて指導しているのだから仕方無い。
そしてその間人件費は嵩む。
世の小さな個人のお店が従業員も雇わず、たった1人で店を切り盛りしているのは、本人がドM……まぁ、これは冗談で……ただ他の人間を雇うだけの時間と金が捻出出来ない事が大きな要因だ。
人を雇うと云う事は、そういったリスクが発生する……
それでも店舗の大型化や多店舗化を進めて行く為には、安価な従業員を採用して店長とは名ばかりの社員を本社とのパイプ役として運営していく他ない。
パイプ役は現場と本社とのギャップを埋める為に存在する。
そのギャップが余りに大き過ぎると、パイプ役は疲弊し、ストレスが溜まり、そして病む。
僕も店長就任直後に病んだ……
下痢が止まらず、ご飯が食べれなくなった。
病院で点滴を受けた……点滴直後は元気に成った……しかし数日持たずにまたヨレヨレに戻った。
……酷い日々だった……売上げupを指示、いや強要される毎日の電話攻撃に、しばらくしたら電話のコール音が鳴っただけで吐いた。
休めなかった……
休めば終わりだ……
心が折れる……
もう朝、職場に行く気力が失せる……
そうなったら終わりだから、嫌でも休まなかった。
そんな時に、僕を見かねたモリさんが、本社と電話中の僕から受話器を奪い取り、「あんた、何様……神様かいな……こっちはもう仏様に成りそうなんだけど、まだ、この子に何か言うつもりかい……一寸はこの子を信用して、毎日電話するのは止めてあげて頂戴!!」と一息に言い、受話器をガチャンと置いた。
その日以降、本社から電話は掛かって来なくなった。
僕は少しずつ体調を取り戻した、従業員の皆が心配してくれた……
下痢が収まった頃、僕はモリさんに謝った。
モリさんが本社に目を付けられたら、それは僕のせいだ。
モリさんは手をヒラヒラ、フラダンスの様に動かし、「大丈夫、大丈夫、気にしない、気にしない」と言いアハハと笑った。
……
そして……
……
しばらくして月に一度、定例の店長会議に出席する……営業部のマネージャーに呼ばれた……ビクつきながらマネージャーのデスクに近寄る。
「体調はどうかな?」マネージャーは質問する。
「……だっ、大丈夫です……」僕はしどろもどろ。
「すまなかった、私の管理不足だった……」マネージャーは頭を垂れる。
「な、なんの事ですか……」
「君に再三電話攻撃をしていた彼の事だよ」メガネをかけ直してマネージャーが僕を見る……細身のイケメン……目の奥が冷たい。
「あっ、はい……」僕は曖昧に返事をする。
「彼には厳重に注意をしておいた、今後は以前の様に何度も電話を君に掛ける事も無い、私が保証する」マネージャーは突き刺す様な視線を僕に向ける。
「今後は、彼との電話対応に充てられた時間が空いてくる筈だ、売上げup宜しく頼むよ……」目が笑っていない。
……下らない電話はしない、代わりに売上げ上げろ!!!とマネージャーは言っている。
結局、変わらなかった……脅しの掛け方が変わっただけ……
本社のトイレでまた下痢をした……
トイレから出てきた僕を、今月で退職する店長が近付いて耳元で話す
「脅し電話の黒幕はマネージャーだと聞いた……そして脅し電話の当事者は、倉庫番に人事異動した」小さな声……そして
「今月でさようなら……俺はもう耐えられない……田舎に戻る」と言い僕の肩を叩き、本社を出ていった。
そんな時期からもう4年が経つ……
最近は僕自身図太く成ったのか……
電話の応対も……
「……えぇ、そうすか……まぁ、頑張りますわ」
「外的要因も有ります、そう簡単には売上げは上がりません」
「目玉商品の関連作品もコーナー展開しています……気になるならウチに来て見て下さい」
……
などと、反論まではしないけど、言うべき事は言う様に成っていた。やられっぱなしは流石に僕でも気に入らない。
「本社とのやり取りは強気に成ったけど、女の子の相手は相変わらずだね……」とはモリさんのお言葉。
昔の事を思い出しながらPCを操作して、月間の人件費予算を考える。
当店の季節指数を掛けて、GW、お盆、クリスマス、正月の人件費を変動させる。
「おはようございますー」夜勤メンバーが出勤してくる……ショウジさんとサダさんの中年男性ペアだ。
最強メンバーだった。カウンターの運営は任せられる。
こめかみを揉む……もう7時晩飯時だ、夜勤メンバーとの入れ替えで、レジの中間売上げを昼勤メンバーが持って来る……やはりDVDの新作が入ったにしては客数が少ない。
「ひま~~」と言いながら、タイムカードを打刻してタマちゃんが休憩室の椅子に座る……お盆に載せたお菓子を一掴み。
タマちゃんのいつもの暇潰し、ここから8時位まではダラダラ喋って過ごす。
「そんなに暇!??」ショウジさんが訊く。
「ショーちゃん、ひまひま、時間が過ぎるの遅い……」タマキさんの返事。
カイズさんも休憩室に入って、
「お疲れさまー」と一言。
PCで作業しながら僕は今日のお客さんの反応を訊く。「新作のグッド ウィル ハンティング全部レンタル出た??」
「まだ5本位残ってるよ……」タマキさんの返事。
「あちゃー、ダメだね」僕はガックリ、
まぁ、先程の売上報告でおおよそ判ってたが……対策を考えないと、旧作と関連付けて入荷の半分を『感動作品』とでも称してコーナー作るか。
晩飯後の僕の仕事が決まったな。
そこで、カイズさんがボソッと
「そうなんで、新作の横を空けてテキトーに関連作品のコーナー作っときましたよ……」と。
僕は「マジっすか!!!」と思わず……
「ごめんなさい、駄目でした??」とカイズさん。
「いや、逆です、逆!!、僕が深夜に作ろうかと思ってたんで……」サイコーだカイズさん……僕はカイズさんにオーバーアクションでお辞儀で感謝を表す。カイズさんは恥ずかしそう。
冷蔵庫からラーメンと炭酸飲料を出す、タマちゃんが湯を沸かしてくれる。
肩を叩き、揉んで、首を回す。
タマちゃんとカイズさんの対面に座る。
「予算作成ですか??」カイズさんが訊く。
「はい、そうです……」僕はこの苦行を形容する言葉を探し出せず言葉が途切れる……沈黙。
「辛そう……」カイズさんの感想。
「まぁ、年を開ければ嫌でも完成します、それまでの我慢っす」僕は明るい顔で言う。
……ピーーー……
……あっ、お湯が沸いた……
……長身の彼女を思い出す……
……美味しそうにラーメンを食べた彼女、僕の炭酸飲料を奪い取った彼女……
「店長……お湯……」カイズさんの声。
「あじっ!」妄想して、お湯をこぼした。
「……疲れてるんですね……」カイズさんが心配する。
「どうせ、やらしい事でも考えてたのよ」とタマキさん。
……後者が正解だ……
「カイズさんありがとう、タマちゃん変な事言わないで下さい」僕は自分を擬装する。
……
……
そんな風にいつもの、特に今日はのんびりとした夜が更けて行く。
たまにはこんな日も良い。
その後も僕は事務所で予算の資料作成を続けた。
何とか、本社への理論武装が出来た。
人件費予算と売上予算の草案が出来る。
~売上UPの対策~
・来期発売予定のビックタイトル映画の即返却、回転率向上
・閑散期のレンタルサービスの改定
(CD5枚で500円、旧作DVDの名作コーナーの作成etc)
・中古VHSの拡大販売
以上の事を行い何とか数ポイントの昨年対比の売上向上を狙う。
売上向上は、人件費の予算となる。
もう少しみんなに高い時給を与えてあげたい。
……壁時計を見る……
11時45分、もう『蛍の光』流さなきゃ。
カウンターに向かい、急いでカセットテープを再生する。
ほぉーたーるのーひぃーかぁーありー♪
一寸音伸びした閉店音楽……
2台あるレジの1台を点検中の看板を置いて売上金の検算をしてもらう。
夜間アルバイトのサダさんが事務所に売上を持ってきてくれた。
「サダさん、ありがとうです」
「今日は一寸暇でしたね……クレームも違算も無しです」サダさんが報告してくれる。
「やっぱ、入荷タイトルが弱かった、暇でしたね」僕は応える。
しばらくすると……
夜間アルバイトの2名が欠伸をしながら……
「お疲れ様でーす!」と帰って行った。
カイズさんが作った売り場を確認する。
最上段に
グッド ウィル ハンティング
『グッド ウィル……おすすめ作品』POPの下に
アルジャーノンに花束を
ショーシャンクの空に
レナードの朝
今を生きる
後は、役者さんの過去出演作が並べてある。
僕はそこに、
レインマン
ビューティフルワールド
ギルバートグレイプ
を追加する。
事務所に戻る。
僕は独りいつもの売上金計算と、明日の釣り銭(レジ2台分)を作る。
……グッド ウィル ハンティング……
僕にもあんな奇跡が、或いは、あんな才能が在れば……そして恩師と言える人が見つかれば……
……そんなに都合良くないわな……
出来上がった釣り銭を金庫に仕舞おうと開ける。
「……ん……」
金庫の中、端っこに小さな箱がある。
箱の上に、小さなメモ書き。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
昨日はありがとうございます。
つまらない物ですが、食べてください。
司 明日美
~~~~~~~~~~~~~~~~~
『あぁ……ホリさんが言っていた、彼女のプレゼント』感謝の気持ちが起こる。
酔っ払った時の彼女とは相反する、丁寧な文面。
失敗もする、けれど、真面目な優しい彼女。
会社の中で、上司のプレッシャーに負けて下痢している僕。
……
「君は完璧じゃないんだ。君が出会った女の子も完璧じゃないのさ。でも問題はお互いにとって完璧かどうかなのさ」
映画『グッド ウィル ハンティング』の言葉
そうか、もしそうなら、嬉しい。
自分が不完全でも、彼女にとって完全なら、そう思って貰えるなら……
彼女……Jane Doe……司 明日美……
アスミ……
平凡な、僕の生活が少し変わろうとしている。
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