第7話 音楽討論2:hello hello hello how low

 事務所の二人。

 彼女の服が乾くように、エアコンの温度をあげる。

 勢い良く温風が吹き出し、彼女の髪を撫でる。

「すみません……」急に内気に成った彼女。

「良いよ……そんな事より、風邪引かない様に早く乾かそう」と俺。

「ありがとう」俯いたままの彼女……

「初飲酒でそんだけ酔っぱらうなんて、よっぽど合コンが嫌だったんだ……」俺は彼女に言うでもなく独り言……


「私!!!そんな事まで喋ったの!!!」彼女の一重の目が見開かれる。

「あぁ、まあ……少しね……大したことないよ」俺はフォローする。

「はぁ……本当に最悪……そんな事を見ず知らずの貴方に話すなんて……」彼女は頭を抱えて沈む。

「私何言ったの……教えて……」彼女は俺を見ずに言う。

「いやぁ、そんなに……あんまり良い男が居なかったとか……まぁ、そんな感じ」俺は濁す。

「本当に???それだけ……じゃあ無いよね……」彼女は顔を上げて俺を観る。


 ……

『ぁぁ、無理だ……』俺は覚る。

 ……


「いや……その~気を落とさないで聞いて欲しい」と俺は前置きして……

「自分が長身だから……誰も私を相手にしない……小さな女の子にばかり群がって私が無視された……そんな感じだ……」彼女の表情を観察しながら注意深く喋る。

「本当に???それだけ……じゃあ無いよね……」再度、彼女の目が細く鋭く俺を刺す。

「判った、判ったよ……そのまま言うよ……『揃いも揃ってチビッ子ばっか!!『モデルみたいだね……』とか言いながら、私の横の150センチの巨乳ロリばかりと話盛り上がりやがって……』って言って言ったな、後『死ぬ気で初めて合コン行ったのに!!行ったのに!!最初に身長訊かれて……それで終わり……the end……他にも訊きゃ良いじゃない!!おっぱいとかお尻のサイズとか!!』とも言ってた」俺は彼女に一語一句間違えずに伝える……インパクト有り過ぎて覚えたんだ。

「やっぱり……」彼女は呆れ顔、そしてまた机に突っ伏す……くぐもった声が机に反響して聞こえる。

「合コンは控え目に見ても最悪だった……私は居ないのも同じ……人間てあんなにも無節操に成れるんだ……」

『どうやら、相当酷い扱いだったみたい……』俺は感付く

「無視か???……多分……相手は意図して無視している訳じゃない……只、興味がない……だから悪意の無い無視……これが一番堪える……」

「そうだよね……そんな時良く言われる『話し掛けないから話して貰えない……最も積極的に!』なんて……あの私に興味がない事が傍目から観ても一目瞭然な環境でこっちから話しかけろなんて、どんなド根性だよ……私には無理だ……」彼女は口をへの字。

「それが出来るなら、合コンに参加しなくても自分で彼氏探せる……」俺。

「その通り……」彼女。

「まぁ、そんなこんなで私の初合コンは、苦痛だらけの二時間で早々に脱出となりましたとさ……」彼女の自虐、そこからは机の上で組んだ両腕の上に顎をのせて沈黙……

 ……

 ……

「今日はご苦労様、でもまた夜は終わり、憂鬱な朝が来る……」俺。

「hello hello hello how low」彼女。

 二人は見合う。

『おはよう、おはよう、おはよう、どの位(気分は)沈んでる?』グランジを通過した人間には判る。

「最初の洋楽は……」俺が問う。

「……Nヴァーナ……」

「……Nマインド……」ほぼ同時に二人....

 質問の仕方が悪かった……がこれは同じ意味だった。


 ……それでも彼女は口の片方を吊り上げて笑う。

 僕もぎこちなく笑う。

「最初はNマインドが良かった……」と彼女

「けど、聴き込むと、Inユーテロだろ……」俺が後に続く

「その通り……これは、プロデューサーがb・ヴィグから、S・アルビニに代わった事が大きい……」と彼女の結論。

「そうだね……よりヘヴィだよ、けど、あのサウンドはカートの意向も大きよね、彼はもう一度アングラな初期に戻りたかったんじゃない」と俺の推察。

「だから、『Inユーテロ』か……」彼女の独り言。

「そう、『子宮に戻る』んだ……」言ってから恥ずかしくなる俺……

「ふふふ……」彼女は俺の顔を見て笑う。

「最初はスメルズライク……みたいな曲に引かれるんだが……聴き込むと、InユーテロのAll Aみたいなのが良くなる」と言う彼女の言葉に続けて僕が言う「スメルズが悪い訳じゃないんだよ……間違いなく名曲なんだけど、Inユーテロには殺伐として金属的でスルメみたいな曲が多いから……聴けば聴くほど嵌まって行くんだ……」と彼女。


 また敬語が失せて、大抵の人間には意味不明の会話が続く。


 彼女の衣服が乾いていきた。

 それでも会話は続く……

 既に音楽談義がしたいからそこに居る。

 彼女の服が乾いた事……

 俺はその事を彼女に伝えない。

 伝えたら、彼女が帰るかもしれないからだ……

 彼女も服が乾いた事を知りつつ、俺と話したいと思ってくれていると妄想し……

 俺はこの時間が続いて欲しかった。

 あの退屈な日常に戻るまで……


 ……雨音がしない……止んでいる。


 素知らぬ顔で会話を続ける。

 もう少し彼女と話がしたい……

 こんな噛み合う……通じる話を少しでもしたい……


「トゥ.ルルルル」……こんな時間に電話……

 電話の液晶画面を見る。

「あっ、忘れてた……SEC◯M……」俺は呟く。

「どうしたの……」彼女。

「いや、夜間警備の会社に電話忘れてた……多分、深夜になってもセキュリティが掛からないから、心配して電話してきたんだと思う……」俺は電話に出る。

「あっ、はい、すみません棚卸でして、事前にお伝えするべきでした。あっ、はい終了次第電話させて頂きます。」俺は嘘をつく……そして電話を切る。

「帰った方が良いよね……」と彼女。

「大丈夫だよ、棚卸って言っておいたから……」引き留める。

「やっぱり、帰る……悪いし……」彼女は立ち上がりパーカーを着てフロントのチャックを引き上げる。

「ごめんなさい……迷惑を掛けて……」休憩室のドアを開ける。まだ、薄暗い……

 俺も彼女の後を追いかけて休憩室を出る……『言わなきゃ』大事な事……

 彼女は勝手口を開けて、

「深夜に本当にすみませんでした」と言いそそくさと出ていく。

「ちょっと待って」俺は振り絞る様に言う。


 こんな風に女性を呼び止める事は生まれてこのかた無かった。


 振り返った彼女は少し動揺していた。

 俺はその動揺を肯定的に捉え様と頑張る。

 頼むから「うん」と言ってくれ。

 しかし彼女の表情は複雑を極めて……


『もし、良かったら……これからも会わないか、カフェやレストランでも良い……ゆっくり音楽の事を話がしたい……』……本当にそれだけか?音楽の話だけか?そうじゃない……彼女に引かれたんだ……そうだろ……頭の中で妄想する。


「もし、もし良かったら……」俺は話を切り出す。

「もし、良かったら、また店に来てください!お客さんとして……いいCD有るから……」結果出てきた言葉はこれだった。


「あっ、はい……ありがとう……」彼女の何となく不満気な……何となく安堵した様な……


 そして僕達は早朝に別れた。


 お互いの名前も訊かないままに……

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