第6話 音楽討論1:ぶちキレる小市民と罪悪感....

 僕は大いに不満だ……

 彼女は大いに満足そう……

 そりゃ、暖かい事務所でラーメン喰って、炭酸飲んで……僕を下僕状態……

 満足だろう……


 そして視線の先にあるCDプレイヤーを彼女は引き寄せる。


 トレイを開ける。

 あぁ、まあそりゃ、開けるよね。

 僕は諦めの境地……

 開けて彼女の顔が固まる。そしてボソリ……

「マジかよ……ナンバガじゃん……あんた聴くの……」と聞いてきた。

携帯にステッカー貼ってる彼女からしたら当然の質問か……そしてその言葉の内に『どうしてあんたみたいなのが……聴いてんだよ……』という刺が含まれてるのを感じる。

「何んだよ、悪いか……」俺は思わず下僕の立場を忘れて……反論する……熱くなった……俺を否定された気になった……周りにこれを聴く人は誰もいない……GL○YやL'Arc~○n~Cielなんかが多かった。

コイツを聴くのは俺だけだった……俺の名盤……それを今、会ったばかりの彼女に否定されるのは納得がいかなかった……

「悪かない……悪かないけど……」彼女は少しの酔いが覚めた様に、冷静な口調になる。

 僕は熱い気持ちのまま、口が勝手に言葉を紡ぐ。

「俺が、自分で探して見つけたんだ……俺と似たのび太みたいなヴォーカルが絶叫するんだ……俺が聴いて何が悪い……」

「お前、ホントはそんなしゃべり方なんだな……」彼女は少し驚いたようだ。

「声そんなに低いんだな……」

 そう、俺は商売柄、他人と話す時いつも声のtoneを上げて話している。

実際、俺の声は『バス』と言って良いほど低い。

 彼女は「そっちの話し方の方が似合ってる……」と言い笑う。

 俺は今までの怒りが消沈して、逆にオタオタする。

「なんだよ急に、俺は自分の声がキライなんだよ……」こんな声誉められた事が無かった。

合唱の際はその他大勢いの声……「ぼぇーー」と低い声で他のテナーやソプラノの引き立て役、水面下の仕事……好きになる訳が無かった。


「なんで、Nガール好きなの……」彼女は尋ねる。

「だから、ヴォーカルが俺と似て……」俺の言葉を手で遮って彼女は訊く。

「それ以外無いの???」彼女の質問に、少し考えて……

「……疾走したり止まったりのSound、男勝りな女性guitar、直線的なbase、隙間を埋める様な手数の多いdrum、そして威力だけはある意味不明な歌詞を唄うVocalと彼の弾く金属的なguitar」僕は一気に捲し立てた。

俺はこの時を振り帰って思い出す。

我ながらキモい……

 それは、同じ嗜好を共感できる人物を見つけたから……

 ここぞとばかりに僕は自分が如何にNガールの事を理解しているかを語る。

「渋谷でのliveCDは必聴だ!mcから曲まで全てが完璧なんだ……」俺は早口で話す....

「私も持ってるよ……」彼女は笑いながら同意する。

『最高だ……Nガールも彼女も……このSoundが分かるなんて……』僕は先程までの彼女への憎しみが180度回転し、親しみに変わる。

 都合の良い事だ。そして……

「あんたこそ何で知ったんだ……」僕も質問を返す。

「えーと……私は元々、洋楽をメインで聴いてたんだ……」

「俺もだ……」彼女の言葉を最後まで聞かずに俺は同意する。

「Nガールの疾走感と金属的なSoundは今までの邦楽では図抜けてスゴい……Pクシーズの影響を感じるね……」僕は彼女なら判ると思い気持ち悪いくらい持論を述べる。

「透明Sは凄かった……イントロで沸騰する……」彼女はボソッと言う。

「……エイト○ーターも良くない?……俺は、定番かも知らんがやっぱりomoide in my ○eadかな……」

「……確かに、エイト○ーターは初見、何言ってんのか訳判らん絶叫が好き……」

「そうだね……んで単調なリフなんだけど、反復にヤられるんだ……」


 ……その後も彼女とNガールの曲について一頻り話した。


 先程までのご主人と下僕の様な関係性は消え失せ、タメ口で話し合う。


 ……訳の分からない夜は、音楽談義で過ぎて行き……

 彼女の服が乾くと同時に……

 彼女の酔いが覚めて行くのがわかる……


 赤らんだ顔は戻り……

 そういえば呂律が悪い喋りも普通になってきている。


 ……

 ……


「あのー私……もしかして」彼女は少し恥ずかしそう……

『はい、貴女は相当の乱痴気騒ぎを繰り広げました』と思いつつ……

「どう?酔い覚めた……」僕は自身が大変な紳士である事を自覚する……これだけの事件を起こした彼女になんて寛大な僕……

 胸ぐらい揉ませろと言いたい。

 言わないけど……

「ごめんなさいm(_ _)m....私お酒呑むと……どうなって……初めてなのお酒……」急に粛々として話す。

『おいおい、初飲酒かよ……そして暴君誕生と……』僕は段々可笑しくなってくる。

「えーと、今ここが何処か判る……」僕は尋ねる。

「事務所……」答える。

「何処の?」尋ねる。

「判らない」答える。

「N市のレンタルビデオ店の事務所……」解答。

「えっ、私来たことある……○イタニック借りに来た!」彼女はビックリ。

「すっみません……」頭をブンブン○テライツ……いやブンブン振る。滴が僕に当たる……

「ペッ……いや仕方無いけど、貴女はドア前でベロンベロンだったし……」僕は顔を手で拭う。

「かっ帰りまう……」滑舌がおかしい。

「いや、けどまだ服ベチョベチョだよ……」僕は止める……風邪でもひかれたら堪らない……雨はまだ全く止む気配がない。

「ポケベルとか無い?ご両親に連絡して迎えに来てもらったら……」僕は提案する。

「私一人暮らしなんです、親は他県……流石に迎えには来れない」彼女はばつが悪そう。

 僕の落胆が顔に出たらしい。

「やっぱ、帰ります…….悪いです……」彼女は言うとパーカーのフードを頭から被り出ていこうと事務所扉を開ける。

「待って……」僕は彼女に言う。

「せめて乾いてから帰りなよ……それに今出ていったら、ずぶ濡れどころじゃ済まない……今12月だよ……」

 僕は結局、彼女の服が渇くまで面倒を見ようと覚悟した。最初と気持ちがコロリ変わったなと自分でも思う……


 音楽で繋がった時のあの想いが……

 彼女と一瞬でも想いを同じくしたと……

 そんな思いが僕の気持ちを変えさせたと……


 早く帰りたい僕の前に表れたお邪魔虫だった彼女が、少しずつ僕の心を浸食する……

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