3日目

第16話 Ziggy Stardust

 案の定……朝は来る……起きて顔を洗う……


 外は冬らしくない暖かい晴天。


 明日からは又、雨が降るらしい……天気予報のお告げ。


 だから冬用のグローブを引っ張り出し、机に置く。


 明日美さん……預言者に居そうな名前……


 二重の俺とは違い、切れ長の一重の瞳、少し三白眼気味……


 朝飯代わりの、いつ買ったのか忘れたスニッカーズを冷蔵庫から引っ張り出して齧る。

 存分に冷えたスニッカーズは俺の歯を持って行きそうな硬度を誇る。

 因みに俺の地元には、『かたやき』という菓子がある。

 忍者の保存食などと言われていた様な……

 堅すぎて実際に食い手の歯を欠けさせる硬度を持つ日本一硬いお菓子。

 軟弱者は付属のトンカチを使って割る……

 だから多分ガンダムのカイはトンカチを使う……

 だけど、実際に食べる事だけ考えたら、トンカチで割るのが正解。

 歯を欠けさせてまで、齧る意味など無い……そして俺も軟弱者で良い。


 まぁ、スニッカーズの硬度はそこまで行かないが、キャラメルの粘着力がヤバい……歯が持って逝かれそう。

 モッチャモッチャと食い進め、チョコの甘味を堪能する。

 咀嚼を続ける事で、満腹中枢が刺激されたのか……俺は結構満足。

『おなかが空いたらスニッカーズ!!』正にCMに偽り無し。

 ジーンズとダウンジャケットを着ながら、歯ブラシを口に咥える。

 今日は、3時出勤だ……

 こんなに早く起きる必要も無ければ、朝食をスニッカーズ1個で終わらせる必要も無い……


 明日は雨……全ては今日バイクで走る為……朝練だ。


 別に飛ばす訳じゃない、ただバイクで走れれば良い。

 俺は早々に部屋を出て、駐輪場まで降りてバイクにキーを挿す。チョークを引いてセルを押す。


 二度の「キュルキュル」という音の後、「ドルルッ」とエンジンが掛かる。

 チョーク引いている為に高いアイドリングを維持する。

 エンジンの調子を診ながら……

 少しずつチョーク戻す……

 少しずつ……

 ……

 エンジンが自律して回るまで……

 待ってあげる……

 ……

 ……

 もういいか……

 チョーク戻しても、いつもの回転数を維持している……走る準備ができた。


 ヘルメットを被り冬用グローブを嵌める。


 エンジンの鼓動と俺の鼓動が同調している気がする……しかし、それは勝手な思い込み……


 スルスルと駐輪場から出て……何処に行こう……

 3時の仕事に間に合う様に行ける場所は?……

 いつも行き当たりばったりだ……

 でもどこでも良いんだ……

 走れれば……少しの遠出……


 R163号線を走り京都へ向かう。


 半日ツーリングの始まり……


 学生時代にコイツに出会ってから、拗らせていた十代後半……音楽・映画・書籍・インドアな趣味が全てだった俺に、唯一アウトドアな趣味に成ってくれた。


 本当に相棒なんだ……


 コイツは俺がゾッコンなのを良い事に、俺の時間の多くを無慈悲に奪い取った……


 それでも俺は歓喜して、僅かばかりの自由時間をコイツに捧げた……


 俺に合っていた趣味……バイク……外に出ているのに、他人に干渉されない、ヘルメットを被り独り……


 家の中で独りぼっちは解り易い『孤独』……

 外でのバイクは解り難い『孤独』……

 往来に人が沢山いて、雑踏の中を走っていても、対話するのは、俺とバイクだけ……他は関係無い。


 だから、俺の趣味に成ったんだ……外界と隔離される、俺と相棒だけの時間……次のカーブを巧く曲がれる事だけに二人で集中するんだ……


 R163号線を京都方面に走る。


 南山城を抜け、笠置に入る。

 途中のコンビニでホットコーヒーを買い、駐車場で冷えた手をエンジンで温めながら、熱いコーヒーを飲む。 

 バイクのツーリングコースなので、数台のバイクがコンビニの駐車場を占拠している。

 各自、話すこともなくバイクの周辺で座ったり凭れたりして自分のバイクを眺めていた。

 俺も自分のバイクを眺める。

 太陽に照らされたエンジンのフィンが美しい……

 なんちゃってフィンじゃない、本当に冷やす事を考えたフィンは美しい……また、錆を研磨して取りたい……鈍い光を湛えたエンジンを見て俺は思う。


「……ん…??」


 1台のYAMAHA SR400が駐車場に入ってくる、ヘルメットが一瞬俺の方を見たと思ったら、スルスルと俺の方まで走って、GBの横に停まった。


 カフェレーサーにカスタムしたSR、

 セパハン

 ダブルシート(ここだけカフェらしくない)

 バックステップ

 生のアルミのロングタンク


 停まってからまた俺を見る……

 Bellのヘルメットだった、クラシカルな造形。

 日本人の頭の形に合っていないからオーバーサイズを被っているのが判る……頭でっかちだ……対して俺はショウエイの実用的でベーシックなヘルメット。


 そして、こんなくそ田舎で高価でいけ好かないヘルメットを被って、ここら辺を走っているヤツ……多分あいつだ……


 プロテクター入ってないピチピチの革ジャン(黒色)

 寒いの我慢でスリムなジーンズ(黒色)

 足元はエンジニアブーツ(黒色)


『都会でしか似合わないだろう、そんな格好』俺は心の中で思う。全身黒くて細い手足、ロッカーズ気取りが……しかしどちらかと言えばB級映画のクモ型宇宙人……


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 『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』

 デビットボウイ、5枚目のアルバムタイトル


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 直訳すれば、

『火星から来たジギースターダストとクモ達の繁栄と没落』

 こんな訳で良いのか?

 このアルバムはお気に入りだ……coolだ……コンセプトアルバム……無駄な曲が無い。

 そしてデビットボウイはメチャクチャ格好良かった。

 俺は彼の左右が異なる色の瞳(オッドアイ=虹彩異常症)見て、この人は選ばれた才能の持ち主なんだと痛感した……そして俺もこんな目に成らないかと願った……が、当然成りはしなかった……

 回想を終えて、SR乗りの方を見る……


 黒ずくめのロッカーズもこっちを見る……そして思う……


 少なくともお前はZIGGYじゃない……脇役の蜘蛛だろ……俺はヘルメットを外して俺に向かって笑いかけるソイツに、


「もう火星に帰れよ」と言った……


「はぁ~お前は頭沸いてんのか?」蜘蛛はヘルメットのチンガードを鷲掴み、俺近付きながら言う。


 俺のバイク仲間だ……田舎では浮き気味のSR乗り……ヒロユキだった……

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