第20話 sellout
月ヶ瀬から伊賀市そして名張市と信号の少ない道を俺は走る。
タマちゃんからは、夕方まで居なくても大丈夫とは言われたが、それに甘えるのも嫌だった……飛ばす気はないが、それでも早く店に出勤したかった。
この信号のほぼ無い山中の道は、そんな俺の要望に、おあつらえ向きだった。
ただし、道の両脇には民家が立ち並んでいる……
飛び出しには気を付けないと……先程の事件が俺を慎重にする。
……あっ、飛び出し……
……電柱の横からにょっきと飛び出す2頭身~3頭身の子供……
ぐるぐる黒く塗られた黒い目玉……
足をポーンとほりだした走り方……
そして何故か、子供なのに七三分け?の髪型……
雑というか、手作り感満載の子供を模した看板……
繁殖地である滋賀県に行けば嫌と言うほど見る『飛び出し小僧』……
三重県でも伊賀市北部に行けばそこそこ元気に飛び出してる……
どなたが造るのかは知らないが、事故を少しでも防ごうと車両に注意を呼び掛ける看板。
デザインは様々で、たまに流行のキャラクターを模した飛び出し小僧もいらっしゃる。
……割りと俺は好きだ……飛び出し小僧……デキの悪さも含めて可愛い。
今時は『ゆるキャラ』とでもいうのかな……隙の在るデザイン……
……ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。
河川と並走しながら道を名張へと進む……名張に入ると交通量が増える、店まであと少し。
店が入ってる大型量販店が見えて来た。
大きな駐車場に入り、店舗裏側の社員駐車場に停車する。
ハンドルロックをしてグローブとヘルメットを脱ぐ。
早足で、店に向かう……自動ドアが開くのが遅い……
僕が入れる隙間を見つけて、店内に入ると、「いらっしゃい……まーせー」とタマちゃんの声……途中から挨拶が失速した。
『なんだ、店長か……がっかりやわ』という顔と共に発声したのが「まーせー」の部分。
「露骨すぎるよ、タマちゃん」僕は思わず忠告する。
「……早いね、事故は良かったの?」タマちゃんは僕の忠告を無視して質問する。
「えぇ、何とか終わりました、僕が事故した訳でも無いですしね……」僕は事務所に向かいながら返答する。
「カーちゃんが話したい事有るみたいよ」タマちゃんが僕の背中に言う。
僕は親指を立てて了解する。『何だろう?』
事務所の扉を開けると、モリさんと目が合う、モリさんは電卓から顔をあげて走り近寄ってきた……。
「あなた、大丈夫???怪我は無いの!!!……事故ったって聞いたけど……あれ……全然大丈夫そうね???」モリさん怪訝な顔……
何か、内容が変わっているみたい……僕は思う。
「モリさん、僕は事故してませんよ、僕の前を走っていたバイクが事故ったんです、それで救急車や警察とのやり取りで遅くなっだけです」僕は大袈裟な身振りで話す。
大体こういった伝言ゲームになる場合は、最初の人間が既に間違った情報を次の人に伝えているが事が多い……タマちゃんだ。
いや、彼女の場合は更にタチが悪い事に、意図して違う情報を伝えているがフシがある。
彼女が、わざわざそんな事をする意味は何かと言うと、その方がオモシロイから……それに尽きる。
「……あぁ、そうだったんだ、まぁ、怪我が無くて良かったわ」モリさんは胸を撫で下ろす。
ドスンと自分の椅子に座るモリさんに僕は早速仕事の話をする。
「何か引き継ぎは有ります?」
「……ん、えーと何も無し、今日も平和です、店長」モリさん珍しく敬語で返事する……
「着替えたら売り場観てきても良いですか?」
「どうぞどうぞ、見ておいで、カーちゃん訊きたい事有るみたいよ」もう敬語が消えた。
「えぇ、タマちゃんからも言われました」と言いながら事務所から出てDVD&VHS売り場に向かう……おおよそ想像はついている、昨日のコーナー組のレンタル状況が悪いのだろう。
グットウィルハンティング……
地味だもん……観ないと良さが判らない……観る為にはお金が要る……
お金を払ってまで面白いかどうか判らないDVDもしくはVHSを観る顧客が居ない。そう言うこと……
ドタンバタンのアクション超大作はパッケージからも面白い内容が透けて見える……まぁ、それが誇大広告である可能性も多大に含んでいるのだが……それでも顧客の興味は引かれレンタルされる……視聴後に「全然オモロないわ……」という感想と引き換えでも……
1回観て貰える……その1回も無ければ、よい映画でも口コミも無く、不良在庫予備軍となる。
ただ、僕はグットウィルハンティングを多く発注した。通常よりも多く……
理由は、初動が悪くてもよい映画なら、スルメ的にロングセラーに成ると思ったからだ。
僕やカイズさんが昨日コーナー組に追加した作品群……
どれも地味だけど……ベストセラーと呼ばれる映画達……
時間の経過を経ても尚、色褪せず観賞される作品群。
レンタルビデオショップの新規開店時の基本在庫として用意される彼等。
レトロ、古典、クラシックとか呼ばれる作品は言わずもがな、2000年目前の今、1980年代の映画でも時という淘汰を乗り越え観賞されている。
そういう映画こそ真に愛される作品なのだろう……時の経過の中で埋没せず、今も人の目に触れる機会を待つ……
カイズさん待つ新作コーナー横に向かう……その時壁面の商品棚、一番下で背表紙で刺さっている商品に目がいく。
◼️死霊の盆踊り 1965年公開の映画
一般的には駄作……
カイズさん的には『アリ』らしい……
中身は、テキトー演技と、辻褄会わせの脚本、躍り狂う裸の女体←何故、踊るのかの説明無し←いやいや、そんな事考えてはいけない……ただただ、きれいな女性の大根演技とヌードを観賞し、こんなに股間に響かないヌードの見せ方も在るのだと、菩薩の境地に至る、そんな映画。
『おいおい、それならコイツも、皆から観賞される可能性が在るって事か……』
凡そ30年以上の淘汰の時間を掻い潜り……
この極東の島国……
田舎町のレンタルビデオショップ……
その最下層の棚で……
むしろ一番その場しのぎの大衆受けを狙う為に、おねぇちゃんの裸を写してしていた筈だろ……
もっと早く時に流され消えていても良かった筈だろ……
正にセルアウトな商品だった筈だろ……
違うのかな……
前に観た惑星Solarisは生き残っても然るべきだと思う。
けど、コイツはどうして生き残ってる……
情熱があったのか……裸体への情熱は有ったと思うけど……そんな事を思いつつ、お客さんが一番多い新作コーナーに辿り着く……お客さんに邪魔に成らない様に商品棚の横什器の柱付近で彼女は居た。
……スレンダーな体を柱にへばりつけて、出来るだけ通路幅を確保しようとしているのが可愛い……
年上に可愛いとか失礼かも知れないが……
本当に真面目な人……普通にそこそこの企業で正社員で働けるポテンシャル持ってるだろう。
何故こんな低賃金のレンタルビデオショップで嬉々として働いているのか?謎の人……
それがカイズさんだった……
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