第21話 需要と供給

 カイズさんに近づく……


 新作コーナーの横……


 ……驚いた……


 フルレンタルだった。全部がレンタル中……

 関連作品も所々レンタル中が出ている。

「カイズさん、凄いっすね……全部貸し出しされましたか」僕は小声で伝える。

「店長、グッドウィルハンティング増やします?」少し笑って彼女は言う……彼女の顔で判る……増やすのは冗談だ……最初から多目に発注したんだ、流石にそれは無い。

「ウチの会社内で、一番多い本数を発注したんですよ……」僕も笑う……

「このコーナーの関連作品数、まだ増やしても良いかも知れませんね」棚を見て僕は言う……まだ面陳列が多い、POPでスペースを誤魔化している部分も多い。

「そう言うと思ってた」カイズさんの後ろ、作業台に追加のDVDとVHSが並んでいる。手書きのPOPも……


『こりゃ、気合い入っている……回るか?回らないか?に関わらず、このモチベーションはかってあげないと……』僕は思う。

「展開任せます……好きにして良いです」と言う、カイズさん顔が更に明るくなる。

「あっ……死霊の盆踊りは駄目ですよ……」僕は思わず釘を刺す。

「……それは、無いです……店長、私……この構成で、その作品は入れません」カイズさんの目が笑っていない。

「……いやいや、あのー、冗談ですよ、冗談」僕は満面の笑みで返す。

「……ホントですか?私、そこまで……」疑いの眼。

「ご免なさい、ホントに冗談です、ここに来る途中の売り場で見たもんだから……カイズさんも死霊の盆踊り押してたじゃないですか」

「それは……映画への情熱ですよ……」彼女から発せられる言葉。

『情熱ですよ』それは裸への???そりゃ無いか……それ以外の情熱???僕には判らない。

「……情熱……ですか……」鸚鵡返しの僕。

「うん、情熱!」丁寧なカイズさんらしく無い、くだけた言い方……けど嫌じゃない。顔をクシャとして嬉しそうに言う。

「まぁ、監督は違いますが、いわばエド・ウッドですよね……」僕は少し齧った知識で答える。

「ええ、あの最低の映画監督……」カイズさんは答える。

「僕の認識では、退屈な映画ばっかり作って酷評されている監督って感じなんですけど、間違っているのでしょうか?」

「……当たってますよ……もし時間有るなら、私の退勤後に話しましす、ここは売り場ですし」と彼女。

『おいおい、店長の僕より店長らしいカイズさん』僕は恥ずかしくなって、「了解です、売り場ヨロシクです」と言い事務所に戻る為、踵を返した。


 ……っと、振り返りカイズさんを見る。

「コーナーに『マイプライベートアイダホ』も入れといてください」と伝える。

「ガス・ヴァン・サント監督作品って事ですよね」カイズさんのサムズアップ。

「R・フェニックスとK・リーブス、超絶イケメンだし良いでしょ」

「了解しました~」とカイズさん。


 これでコーナーは完璧だろう……

 僕が本来目指していた売場だった……派手なヒット作品ではない、小粒な、それでも名作と言われるいぶし銀な作品群を展開するんだ、本当の意味で映画好きな顧客を僕の店に集めたい。

 ……暇潰しの為にパーティームービーばかり観ているライトユーザーもそれなりに大事なんだが、上記の様な真に映画が好きな顧客を囲い混む事を、僕は最重要課題としていた。会社の誰にも言ってないけど……


 来期の予算及び年度方針を考えていた時も想っていた事だ。

 DVD複数枚数で1000円レンタルは、正に映画好きな、レンタルのヘビーユーザーを増やし、囲い混む対策なんだ。


 僕の会社では顧客は以下の数種に分けられる。

 ◼️ヘビー会員

 ◼️レギュラー会員

 ◼️ライト会員

 ◼️ノン会員

 こんな感じ……各種のカテゴリーは月間来店回数に応じてプロットされる。

 ※ヘビー会員は月間の来店回数が複数回ある……

 ※ライト会員は月間の来店回数はほぼZERO、年に数回来店……てな感じ。


 僕は上記とは別のカテゴリーを考えた。

 ◼️廃人さん

 ◼️中毒さん

 ◼️依存さん

 ◼️初心者さん

 ※こんな感じ……各種のカテゴリーは月間のレンタル本数からプロットする。

 ※廃人さんは月間映像レンタル本数15本以上

 ※依存さんは月間映像レンタル本数5本まで ……てな感じ。(音楽レンタルの本数は又、別に設定)

 そこに追加して、我が店舗のコーナーに選定した商品をレンタルしてくれたお客さんを追跡した。

 ※我が店舗のコーナー展開に期待して古い作品(業界では旧作という)を借りてくれるお客さん……これは重要顧客だった。


 旧作は多くの場合、

 導入コストが安価である。

 或いは仕入れ金額の回収が終了している商品が多くなる。


 前者は、古い作品で有る為に、店舗の開店時在庫として購入する時に、比較的安価有ることが多い。


 後者は、ランニングで新作として高価で仕入れした商品であっても、その後のお客様にレンタルしてもらった事で、仕入れ金額を償却していく事になり、レンタル売上が、仕入れ金額を上回って行く事になる……まぁ、不人気でレンタルの回転が悪い商品は仕入れ金額の償却が進まない訳だが……それでも新作で購入したばかりの商品群と比較したら償却は進んでいる。


 ただ、それなら、新作で劇場公開で大ヒットみたいな商品は仕入れ金額の回収は早いだろうけど、その他のB級作品、C級作品、果てはZ級作品みたいなビデオ発売のみの映画はどうやって高額な仕入れ金額を回収して利益を出すのか???という問題が出てくる。


 実は、その様なヒット作品以外の商品を、店舗は購入していない……購入せずに安価で借りている……


 謂わば、レンタル商品をレンタルしているのだ……なんか又貸ししているような書き方に成ったけど、そう言うこと。


 回転が見込めないB級C級を『購入』するのは店舗経営に際してリスクだ……仕入れ金額を回収出来ない可能性が高い商品群だからだ……しかし、劇場公開作品だけで毎回数点程度しか商品が入荷しない店舗と、映画館でも上映されないマニアックな映画まで入荷する店舗……どちらが映画ファンにとって良い店か???

 答えは判っている。


 1:僕の考える良い店

 ミニシアター系映画や、英語圏映画以外の作品も扱っており、ヒット作品の本数も多い。

 総じて品揃えが豊富であるという事だ。


 2:利益のみを考えた店(短期的には……)

 ヒット作品のみでレンタル回転至上主義。

 品揃えはトップクラスのSランク若しくはAランクまで仕入れ、その他の低回転商品は導入しない。


 上記の2つの経営スタイルは真逆だ。

 その時の利益だけを追い求めるなら……2だ。

 不良在庫は極力少なく、高回転商品で埋め尽くす。


 僕の考える1の店は、低回転商品を多く含んだ店になる。

 それは、所謂『在庫回転率の悪い』店となる……あくまで2と比較してだが……

 しかし、『売上至上主義で2で良いじゃん』と映画に興味の無い人達なら考えそうなんだけど、そうは問屋が卸さない。


 ……人は飽きてしまうのだ……特に頻繁にレンタルする様になった中毒者は……ヒット作品だけだと直ぐに見終わってしまう……そして映画に興味を持ち始めた人は思い始める……もっと他に面白い映画が在るんじゃないかと……


 あの頃、時代はパソコン通信からインターネットに移行し始めた1990年代後半……未だ、書籍は情報のメイン媒体であり、書店に情報収集としての存在意義が合った……

 そして、そういう映画雑誌(スクリーン・ロードショーetc)からマイナー映画の情報を得た、自称映画マニアと呼ばれる方々からは……『この店!品揃えとサイテーーー!』と陰口を叩かれる事になる。


 まぁ、上記の様なお客様の希望と、店の利益追求の折衷案として、先程のB級、C級作品を安価に借りる事で、商品の品揃えと仕入れ金額の低下を狙っている訳だ……


 借りれば、B級、C級、果てはZ級でも投入が出来る。

 買うなら到底、仕入れれない作品でも……

 こうして、うちの店は大手のフランチャイズという事もあり、多種多様な作品群を買いながら、借りながら、幅広い客層に対応できる品揃えとコーナー展開で、お客さんにアピールしていくことになる。


 そして、その豊富な品揃えか?カイズさんのコーナー展開の努力か?は判らないけど……我が店には、少数だが映画中毒、映画廃人という様なお客さんが、今日も未公開映画や漁りにやって来る様になって来た。


 こんな人達を増やしたいと思うんだ……彼等はまるで日課の如く店に来店し、ヒット作品には目もくれず、棚の隅で背表紙陳列になっている作品を手に取る……今の流行や、テレビCMで流れる大作映画を鼻で嗤い、今日も自身の嗅覚を信じて当たりの作品を探す。


 ……多分……僕が大阪ミナミまで行って、地下1階のCD販売店で、聴いた事も国内盤も無い海外のCDを、博打の様に買うのと同じなんだ……


 ……自分が見つけた最高の作品……マイナーならマイナーな程……更に輝く……そして其れを共有できる仲間が居るなら更に……それはもうテレパスの様に相手の想いを理解出来る……とても美しい、そして儚い瞬間……又訪れて欲しいと切に願う……


 アスミさん……そう……あの瞬間……


 ナンバーガールが繋いだ……


 そんな、想いを映画や音楽を通じて体験できるなら、『そりゃ廃人にでも成るでしょう……』と僕は想うんだ……店の安定した利益確保の為にもそんな人達を増やさないとイケないのは当然なんだけど……僕はそれ以上に、大それた事だけど、作品を通じて皆が話し合い、お互いの感動を分かち合えたら、ココがそんな人達のコミュニティと成れたら……

 この店が深夜まで営業している意味も在るってもんだと……


 本当に大それた事だけど……その時、想ったんだ……そして其れを叶える事が出来るんじゃ無いかと、このメンバー(従業員)なら……


 僕の働く意味……

 僕の居場所……

 仲間の笑顔……


 そんなスペシャルな空間を僕は作り上げる事が出来るんじゃ無いかと……

 何度も言うけど、それでも僕は、願いだけじゃなく……

 実現可能じゃないかと……そんな甘い……人生で初めて感じる……仲間と共に夢に進む喜びを感じていた……


 とても小さい夢だけど……けど、僕の人生で初めての誰かを喜ばせる事が出来る。

そしてそれを自分の喜びとする……


そんな甘い自己肯定感……

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