La musique

Aurea Mediocritas

1日目

第1話 夜長1 小市民は逃げる術を知らない

 冬の夜は物理的に寒いだけでなく、

 数々のイベントで僕を心理的にも寒くする。


 クリスマス

 大晦日

 正月

 etc


 全てが、相手が居れば素晴らしいイベントに成る事だろう……

 その相手が僕には居ない……生まれてこの方居たためしが無い……いつも一人だ……独り……


 身長 170センチちょい

 体重 62キロ 

 年齢 25歳

 眼鏡 服装のセンス無(夏:ジーンズ+Tシャツ 冬:ジーンズ+パーカー+ダウンジャケット)※ボトムスはジーンズ以外持ってない……


 まぁ、モブキャラの様な服装と体格、犯罪を犯したら、なにも変哲のない中肉中背の人物と言われるだろう……

 特徴の無いのが特徴……

 当然カッコ良くはなく、整形が必要なほど不細工でもない……

 映画のエキストラに丁度良い。

 最近想う……不細工よりも印象に残らない僕みたいな人物の方が不利なんじゃ無いかと感じる様になった……

 何せ名前も顔も一度で覚えて貰えた試しが無い……


 そんな僕は、大きな量販店の一区画を借りて営業しているレンタルビデオ店の雇われ店長だ。

 大して友達も出来ず、大学の往復だけで終わった4年間……そこからそのまま就職先を探したが、第二次ベビーブームとか言う時期に産まれた僕は、中々就職先が見つからず、何とか採用されたのがこのレンタルビデオ店だった。

 昼過ぎに出勤して、日付が替わる頃、アルバイトも帰った事務所で独り本日の売上を計算する……そんな時いつも僕はさっきの冬のイベントを考えるんだ。

 世の20代は今頃、合コンしたり、彼女へのプレゼントを選ぶのに苦心したり、或いは、僕には未経験の、ラブホテルなんかに行って、彼女と××していたりするんだろう……

 そんな事を思いながら……

 硬貨を数える……

 売上金を計算する……

 案の定、合わない……

 現金が120円少ない……

「うえぇ、マジかよ……無いわ、帰りてぇのに……」

 一人きりの事務所に僕の声が響く....それ程大きな声で叫んでいないが、BGMの消えた店内ではめちゃくちゃ響き渡った……


 ……突然、店の自動ドアをガンガン叩く音がする……

「ひゃい....」僕は変な声をあげてしまった。

 何だよ、ここら辺は夜中騒ぐバカが多い……

 ヤンキーってヤツだ。

 自分と正反対の陽気なヤツラ……相容れない。

 店にああいうヤツラが来ると嫌だった。

 大抵バカそうな映画の返却品が無いかとか、取り置きしておけとか、バカなりの悪知恵を働かせて、僕と押し問答になる。

「お客様だけ特別扱いは致しかねます……m(_ _)m」能面の様な顔で言うが、ヤンキーは馬鹿なので僕の敬語では怯まずに、「良いから取り置きしろよ!」と凄む……凄んでも変わらない、僕は只のサラリーマン店長だ……

「申し明けございません、当店では無理でございます、お取り置きをして頂ける他の店舗様でお願い致しますm(_ _)m」満面の笑みで言った……

「お前シバくぞ!!」ヤンキーは捨て台詞を言いながら自動ドアを蹴飛ばし出ていった……珍しい大喧嘩だ……今日の昼間の事だ……


 ……アイツが仲間を連れて戻って来たんだろうか……

 僕は真っ先に『警察』が頭に浮かぶ……が、ここに配属されて間も無くの頃、警察を呼んだ記憶がフラッシュバックした……同じ様に深夜、犬が店内に紛れ込んで来た、コイツは店内を縦横無尽に走り回り商品に傷を付けた為、僕は思わず警察を呼んだ事を思い出した……向こうは半笑いで、

「ご自分でなんとか出来ませんか!」と話を切ろうとしてきた……こちらは犬が苦手なのだ……散々の押し問答の挙げ句、僕らが電話中に結局犬は飽きたのか自分から出ていった。

「犬が出ていったんで、もう来て頂かなくて結構です」と僕が言うと、

「はぁ~( ´Д`)、どうも……」いい加減にしてくれと言わんばかりの横柄な態度で電話は切れた。

 僕はその一件から、再度警察に電話をするのを躊躇った、また電話して押し問答になるのが耐えられなかった。

 出入口の自動ドアはもう施錠しているから、僕が出ていかない限り、開くことはない。

 店はほぼ長方形を成していて、その長辺の1面が全面ガラス張りで、丁度真ん中付近に出入口の自動ドアが有る……残りの3面は反対側が量販店の店内の商品棚と面していることもあり、出入口は無く完全な壁となっていた……また非常口は有るのだが、先程の構造から自動ドア横数メートルの場所に方開きの扉があり、そこが非常口兼勝手口になっており従業員はそれを利用し出入りする。

 勿論僕も本来ならば、営業終了すれば勝手口から出て、量販店の無人の保管ボックスに店舗のマスターキーを返却しないといけない……だから帰ろうと思えば自動ドア近くに行かなくては成らず、もし見つかって自動ドアのガラスを割って入ってきたら……と思うと気が気でない、謂わば袋小路な店なのだ。

 僕は消していた、防犯カメラ用のTVをONする……スイッチでカメラを切り替えて、自動ドアを写しているカメラの画像をTVに映す。


 ……なんだろう……何も居ない……


 ……ん……閉店しているのに駐車場にスクーターが1台が停車している、閉店時には無かった筈だった……只、僕の店の駐車場は24時間営業のカラオケボックスと共有であり、その為、駐車場は施錠もされないので車両が停っていても不思議では無い。

 ただ、営業してないレンタルビデオ店の近くに置く意味がないだけだ。

 歌いに行くならカラオケボックスの前に停車すれば良い。

 こんな時間だ、駐車場は基本がら空きだった。

 怪しい……

 そして店の自動ドアのガラスの下半分はデカデカと店名と営業時間を書いたステッカーが貼られているのだが、そこに人影らしき陰影が見えるがステッカーが邪魔で詳細は分からない。

 けど自分で見に行く勇気もない。

 もしヤンキーなら一大事だ……営業中なら複数の目もあり余程で無ければ無茶はしないだろうが、こんな人気の無い深夜は何をされるか分かったもんじゃないと、気の弱い僕はもう少し事務所に立て籠っても良いと、ネガティブな覚悟を決めた。

 事務所の冷蔵庫には僕のお気に入りのカップ麺と1Lの炭酸飲料を入れてある……


 どうせ明日、僕のシフトは休日だった……

 自動ドアの防犯カメラを睨みながら、1口コンロでお湯を沸かす。

 アルバイトが休憩室に置いていったポテチの残りを頬張る……湿気ってる。

 お菓子は他にもザルに入れて置いてある、皆が持ち寄ったお菓子。


 夜は長い……長期戦だが兵糧攻めされても我が城は十分な食料を備蓄している……問題無しだ。


 僕の一夜の長丁場が始まる……非日常にホンの少しのワクワクと大半の恐怖心……

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