第11話 TURNING POINT
ネタバレしちゃうとあれなんだよね。この事件って、新しい魔王が生まれたせいで起きてるんだよね。
再び森の中を飛びながら思い出しているのは今のストーリーの概要、村を襲ったモンスターとボスモンスターが現れた原因についてのことだった。
魔王。
ちなみにSOULの世界では過去にも何度か魔王が誕生したことがあるらしいが、それは今代の魔王とは無関係なんだとか。単純に世界を破壊する存在のことを魔王と呼称するらしい。
竜剣が世界を守護するワクチンだとすれば、魔王は世界を破壊するウィルスだ。世界を破壊することだけを目的とする、この世の悪意を煮詰めたかのような存在。
世界を破壊し得る力が現れれば、その圧倒的な力の余波だけで世に影響が現れる。誕生前ですら世界は多少なり影響を受けていた、それがついに生まれれ落ちたとなれば、その波は瞬く間に世界中へと波及するのが道理だ。
新たな魔王の誕生は世界に影響を及ぼし、一部のモンスターや魔族が活性化した。それによって引き起こされたのが、暴走したモンスターが魂の森に乱入して暴れ回っている今回の事件。
王国側も事前に何かの異変を察知して備えていたり、魔王が生まれたことを即座に看破したりといった事情があるらしいんだが、悲しいかな後手に回らざるを得ない。
というか、その備えのためにアレスを呼び戻したタイミングで魔王が誕生して事件が起きるとか、あまりにも間が悪すぎるぞ王国上層部。
まあそんなツッコミを置いておくと、魔王の誕生と最初のボス戦が連動しているというのは、物語の始まりとして最高だ。
ボス戦が終わったところにアレスが現れ、魔王誕生の報せと共にオープニングが流れて冒険の旅に出るレイ達が映る……今思い出しても涎が出るほどの良スタートだった。
そんな重大イベントを見逃したくないのだが、レイ達がどこにいるのかわからない俺はあちこちを探し回るしかないのが現状だ。
ゲームだと森の中にある開けた場所で戦っていたんだが、この広い森の中には似たような場所がたくさんあるので特定できない。せめて泉や岩山の近くならわかりやすいんだが……。
このままでは貴重なボス戦を見逃してしまうと焦り始めた頃、不意に遠くから何かが聞こえてきた。
『─oooOOO──……!』
これは……何かの叫び声か? それと連動して
このタイミングで馬鹿デカい獣の咆哮……間違いない、あっちだ!
音がした方向を向き、全速力で飛ぶ。
視界に映る景色とエコーロケーションから周囲の状況を把握し、木々の間をすり抜けるように飛んでいくと、段々と獣の声以外の音も聞こえてくるようになってきた。
硬質な物同士がぶつかる衝突音。木が薙ぎ倒される破砕音に、人間が放つ喋り声。
予感が確信に変わり、期待が早鐘のように胸を打つ。
そして俺はついにたどり着いた。木々の切れ間にある円形の空白地帯。まるで闘技場のようにも見える場所で、巨大なモンスター相手に戦う二人の少年。その光景を見ることができる特等席へと。
◆
大質量の肉塊が、大地を鳴動させながら一直線に駆ける。
その進行方向に立つのは、肉塊に比べるとあまりにも小さな人影。このままでは押し潰される位置だが、衝突の寸前に影がその身を翻した。
大きなサイドステップ。敵が進行方向を調整することができず、己が攻撃を躱すことができるギリギリの距離での回避行動。
今まで目の前にいた的が消えたことで、止まることもできない肉塊は何にぶつかることもなくその場を通り過ぎる。
四本の脚で全力の踏ん張りをきかせ、勢いのまま地に轍を刻みながら制止した肉塊だが、それは全身に力をこめ容易に動けない状態だ。
そんな肉塊へ、もう一つの小さな影が踊りかかる。
影は両手で握った剣を大きく振りかぶると、裂帛の気合いをもって斬撃を叩き込んだ。
巨体に潜った刃は強靭な筋肉を切り裂くが、硬い肉質もあり致命傷を与えることは叶わない。それでも通ったダメージはかなりのもの、肉塊が身を震わせて絶叫を上げる。
攻撃を入れた影はその叫びに合わせるように巨体から大きく距離を取ると、もう一つの影と並び立つ。
鈍色と赤色の二つの影、レイとギリーは肩を並べ、己より遥かに大きなモンスター相手に臆することなく戦っていた。
そしてその光景を離れた位置から見ている俺は、感動のあまり全身の穴という穴から体液を撒き散らしそうになっていた。
は、はわわ……。戦ってるぅ……。本当に剣の勇者レイと赫翼のギリーが目の前でボス戦を繰り広げてる……。
あれ、おかしいな。雨なんか降ってないのに目の前が霞んで見えないぞ。
興奮しすぎたのか息もしにくい。……本当に息しにくいし視界暗くなってきたし頭ぼーっとしてきたけど、これって過呼吸じゃない?
レイ達の戦いと全然関係ないところで勝手にピンチになっていたが、必死に呼吸を整えて目を覚ます。あ、危ねえ……この光景を前にオチるとかもったいなさすぎる。
だけど仕方ないだろう!? ゲームのワンシーンをこの目で拝むことができたんだ。そりゃ嬉ションしそうになるし過呼吸になりもするわ!
『VARORORORORO!』
と、そんな馬鹿なことをやっている間に、二人が相対している巨体が再び雄叫びを上げて突進の構えをとった。
その姿をなんと形容したらいいだろうか。全体のシルエットとしては闘牛が近いが、地球の大型草食獣を混ぜ合わせた、と表現するのが一番適しているかもしれない。
象のような圧倒的な巨躯、犀の如き分厚い皮膚、馬のような長く鞭じみた尾など、まるで獣の強い部分を集めてできたような姿。
実際に象並とはいかないまでも、日本ではまずお目にかからないような見上げるほどの赤錆色の体躯。犀や河馬のように全てのパーツが太くたくましい身体は、大抵の攻撃をものともしない強靭さを感じさせる。
頭から伸びるのは水牛のそれのように湾曲した二本の角。頭と比較しても大きなそれは、人体に刺されば穴が開くどころか上半身と下半身が泣き別れになることだろう。
そして顔だが、他の部位が草食動物のそれなのに対し、口元から覗く牙の鋭さが尋常じゃない。首から背中を覆う鬣と合わせて、俺の知識から例えるなら狛犬が近いだろうか。
そのモンスターの名は『ネメアタウロス』。魔王の目覚めによって狂乱状態にある、今回のボスモンスターだ。
最初のボスらしく特殊攻撃なんかはないが、見た目の通り物理に特化したステータスを持ち、そのタフネスさで新米プレイヤーの前に立ちはだかる最初の壁。
俺がプレイした時もその攻撃力と防御力の高さが厄介だった。まだ竜剣の能力も使えないし、レベルが低いしでそこそこ苦戦した覚えがある。
まあ言っても最初のボスなので、薬草で回復しつつ殴り続けたら倒せる仕様にはなっていたのだが……実際にこの目で見るととんでもない迫力だ。小山が走ってるようなもんだぞあれ。ゲームとはいえよくあんな怪物を倒せたな……。
だが、目の前で戦っている二人はそんな怪物相手に一歩も引くことをしない。
ネメアタウロスが反転して再び突進の構えを取ると同時、ギリーがその鼻先へと身を踊らせる。両手に握ったナイフをひらひらと見せびらかす挑発の動き。
『GOAAAA……!』
それは知性のないモンスターにも通じるものだったらしく、ネメアタウロスは苛立ったように咆哮するとギリーへと突っ込んでいく。
だが、ギリーはそれを余裕で回避する。そうすると当然、先の光景が繰り返されることになり……再現映像のように、またしてもレイの攻撃が怪物の身を切り裂いた。
それも今度は一撃ではない。振り下ろした勢いを利用して、その場で身体を回転させてのニ連撃。ネメアタウロスの横っ腹に深々と十字の傷痕が刻まれた。
素人目にもわかる連携が取れた動きだ。ギリーが陽動、レイが攻撃。シンプルな分担だが、実に効果的で隙のない仕事っぷり。
というか、あの二人強すぎないか? いくら小回りの利かない巨体だからって、ここまで一方的に戦いを運ぶなんて……かっけーなあ!
ハッ。駄目だ。感動から何見てもかっこいいしか言えなくなってる。
でも実際にかっこいいんだから仕方がない。ゲームの中からそのまま出てきたかのような戦い、いつまでも見てたいなあ……。
けれど、一つだけ不満な点がある。というのも、戦闘中にもレイとギリーが会話しているんだが……。
「■■%△■麁■、ギリー!」
「&■、■■纏■@■!」
……これだ。何を言ってるのかさっぱりわからん。
かろうじてギリーという単語だけは聞きとれたが、他の言葉は発音も意味も全然わからない。
おっかしいな、俺は日本語を選択してプレイしてたはずなんだが……運営さーん。選択できてないよー。
マズイな。このままだとイベントの会話を楽しめずにストーリーが進行してしまう。吹き替えじゃないなら字幕つけてくれよ。
そんな悩みを他所に戦いは進んでいく。数分が経過した頃、そこには全身傷だらけのネメアタウロスと無傷のレイ達が立っていた。
ネメアタウロスはもはや虫の息、あと数発攻撃が当たれば倒れるだろう。
レイ達も疲労から息が上がっているが、回避する時にできた擦り傷程度しか怪我はない。どちらが有利かなど考えるまでもない状況だった。
ついに、ついに夢が叶った。言語問題以外は期待に違わない素晴らしいボス戦だったと言えるだろう。
だけど本番はここからだ。このボス戦が終われば、物語は真のスタートを迎えることになる。
激闘の末に倒れるボス。唐突に現れる師匠。魔王誕生の報せ……。今から考えるだけでワクワクが止まらないぜ!
そろそろアレスが迎えに来る頃じゃないかな。村でのこともあるし俺どっかに隠れてた方がいい気がする。
どこか隠れられる場所は………………は?
俺がそれに気付いたのは、隠れる場所を探して辺りの様子を窺っていたからだ。
だが、レイ達はそうもいかない。何せ戦闘の真っ最中、一撃食らえばそれまでな攻撃の渦の中、他所に意識を割く余裕などないのだから。
そして、それは来た。
『GOGYAAAAAAAAAAAA!!』
二匹目のネメアタウロスが、空白地帯を囲む木を薙ぎ倒しながら現れた。
物語は、捻れて曲がる。
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