第8話 おや、蝙蝠のようすが……?
正面に見えるのはフォレストクロウラー、その背中には半ばで折れた鋭い石が突き刺さっている。間違いなくさっきの個体だ。
さて、エクスカリバーの弔い合戦を始めるとしようか。
しかし……すごいなこれは。
目と鼻の先、一歩前に踏み出せば触れられる距離をのろのろと進むフォレストクロウラーは、目の前にいる俺に一切気付いていない。
数分前、朝と同じ辺りを飛び回っていた俺は、糸だらけの場からそう離れていない位置を進むこの芋虫を見つけた。
幸いにして周りに他のモンスターもいなかった。そこで逃げることが簡単な芋虫を実験台に、戦闘前に装備のステルス性能を試してみることにしたのだ。
木陰に隠れた状態から始まり、離れた位置から正面を飛ぶ。後ろから近付いてみる。至近距離を素早く移動するなど色々試していたのだが、 最終的にこうして、正面僅か数センチの場所まで接近することに成功した。
いや、本当にすごいぞ
相手が低レベルのモンスターだからってのもあるんだろうが、ここまで近づいて気付かれないのは脅威的だ。今俺の見た目どうなってるんだろうな、透明で認識できないとか?
マジかよ、これさえあれば生き残る確率がグッと高くなるぞ。なんせ敵から見つからないんだ、攻撃のされようがない。
疑ったりして悪かったな。これからは敬意を込めて
そして、この位置で気付かれないのならこんな悪だくみができてしまう。
俺はフォレストクロウラーから一度大きく距離を取り、ここに来るまでの間に拾ってきた、頑丈そうでいて細長い枝を脚で構える。
解魂の果実・銀が強化するのは器用さの基礎ステータス。高レベルになってからこそ真価を発揮するが、低レベルな今だって強化自体はされている。
実際、今握りしめている枝も以前より持ちやすくなっている。比較対象がエクスカリバー(石製)なのでその差もあるだろうが、今までよりずっと細かい作業も可能だろう。
一度目の戦いの時、俺はこいつに石器を叩き込んで失敗した。
何故失敗したのか、それはあの石器に鋭さが足りなかったからだ。
所詮は素人が不器用な脚で砥いだ代物、切るというより突き刺さる打撃と言った方が適したような攻撃だっただろう。
そしてそれは兎の首を刈ることができても、芋虫の胴を断つには力が不足していた。
ならばどうするか……。古来より、物理攻撃が効きにくいモンスターにダメージを通す方法は決まっている。
即ち、急所狙いの一撃必殺! 兎の時と同じ要領で、そのやり方をアレンジする!
よっしゃ行くぜ! 正々堂々、真正面から奇をてらわずのアサシンキル!!
的の正面かつ未発見という最高のアドバンテージを得た俺は、よく狙いを定めて一直線に奇襲を仕掛けにいく。
尖った枝の先端を槍に見立て、ニ〇メートルはあろうかという距離を一気に翔け抜ける。
初期装備はひのきのぼう、お約束だがこの木の枝は……いいや、おまえは今日からグングニルだ。打つんじゃなく、貫いてくれよ軍神の槍!
兎の時とは違い、直前で枝を手放すことはしない。
強化された器用さで最後まで狙いを逸らさず進み、グングニル(木製)はフォレストクロウラーの口内へと狙い違わず突き立った。
口。厄介な糸の発射口であり全生物の弱点。どれだけおまえの皮膚が固かろうが、ここなら俺の力でも問題なく、ただの枝であっても十分突き刺さる柔らかさだ。
この攻撃を耐えて仮に生き残ったとしても、糸さえ吐けなくしてしまえばただのノロマに成り下がる。
攻撃を受けたことで芋虫野郎が今更反応を見せたが、もう遅い。
口内に侵入した切っ先は、唯一の長所であるスピードに乗り勢いのままに肉を掻き分けて体内を進む。ついには障害を食い破って反対側から飛び出した。
反撃があるかもしれないとグングニル(木製)を離して飛び退るが、串刺しにされたフォレストクロウラーは苦悶するように数度痙攣した後、その場に身を横たえ動かなくなった。
少し時間をおいて、足先で軽く小突いてみたが反応はない。
すなわち、俺の完全勝利である。
それを実感したことで、肩にこもっていた力が抜ける。
ハッハー! 見たかこの野郎! 兎に引き続いてリベンジマッチ成功だ! 二回とも初戦は負けてることは気にするな。最後に立っていればそれでいいのだ。
本当にすごいぞこのスカーフ。これさえあれば暗殺し放題じゃないか。
器用さ強化も予想以上に効果が高い。今までならここまで正確に狙い撃ちなんてできなかっただろう。
この二つがあればここらでの狩りなんざ苦でもない。どこからでも奇襲を仕掛けて、目や口なんかの弱点に攻撃を叩き込めばそれで事足りる。
そうしてレベルアップを重ねていけば、死ににくくなるしそのうち森の外にだって……って、おっと。
そんなことを考えていたら、熱い感覚が身体を満たす。どうやらフォレストクロウラーを倒したことでレベルアップしたらしい。
やったぜ、これでまた一歩勇者おっかけの道へ近付いた。
それにしても、雑魚モンスター三体倒しただけでレベルが三つも上がるとか……レベルアップの必要経験値少なすぎない? 吸血蝙蝠が弱いから相対的に取得経験値が多くなって……る……。
あ、あれ?
身体を満たす熱い感覚がいつまでも消えない、どころかどんどん熱量が増していく。
さっきまでは暖炉に当たるくらいの温かさだったのが、今じゃ暖炉に放り込まれてるんじゃないかってくらいの凶悪さを持っていた。
しかも、悲鳴の一つでも上げたい状況にあって、熱量が増すほど俺の意識が薄れていく。
な……んだ、これ……。
ああ、クソ。目の……前が、暗く……。
そして俺は身を灼く熱に意識を溶かされ、暗闇の中へと落ちていった。
▼
《魂格規定値突破》
《条件達成》
《魂源接続》
《適合種選定──》
《Search:ミストバット》
《条件確t──》
《Error:■因子保有個体、魂格超過》
《改変中──》
《Clear:ミストバット・
《条件確定》
《──進化開始──》
▲
どこからか、ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
意識の隙間に差し込まれたその音に誘われるように、俺は重たくてたまらない目蓋を持ち上げた。
うっ……。身体が重い、頭がガンガンする。記憶が統合された時ほどじゃないが、ずいぶんとまあひどい気分だ。
何が起きた? レベルアップしたと思ったら意識が遠くなって、そのまま気を失ってたのか?
っていうかさっきからぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃとうるさいが、いったい何の音が……。
まだ痛む頭を振って気付け代わりにして、何の音かと辺りを見回す。
と、音の発信源は意外なほど近くにあった。
目の前、グングニル(木製)で串刺しになったフォレストクロウラーの周りに数匹のフォレストクロウラーが集まってその肉に牙をってうぉおおおおおおおおおおい!?
寝ぼけ眼に映ったショッキングな光景で一気に目が覚めた。反射的に翼で空を打ち、力加減を間違えて背後へと弾丸のように吹き飛ぶ。
空中でなんとか姿勢を制御して地面に着地。そんな俺の様子には一切目を向けず、芋虫達は同族の死体に集っていた。
と、共食いしてる……! うわぁ、グロぉい……。
イソメって知ってる? 魚釣りの餌に使う虫なんだけど、こいつら身体は芋虫なのに口だけそんな感じなんだよ……。
水音の正体は貪られているフォレストクロウラーの身体から溢れた体液の音だったようだ。最悪のモーニングコールだ……。
すっかり冷えた頭でもう一度状況を確認する。気を失う前は昼下がりだったはずが、森の中を照らすのは燃えるような赤い日差しになっていた。真昼から夕方まで気を失ってたのか。
それだけ時間があって、手付かずの肉があればそりゃ何かが集るわな。
っていうか、その目の前で気を失ってた俺も普段なら食われていたはずだ。あ、危ねえ。謎に気絶して一歩間違えたら命を落とすところだったとか……。
俺が無事だったのは、十中八九
意識がない時も効果が持続するとか、本当に神装備だ。これさえあれば、寝込みを襲われるという危険極まる状況を回避できる。スカーフ様々だな。
感謝の気持ちを込めてスカーフを見た時、違和感に気付いた。
あれ? なんかスカーフちっちゃくなってない?
俺の身体に対してマントくらいのサイズがあったはずなのだが、今は長めのマフラーくらいになっている。
う、うん? っていうかこれ……俺の身体が大きくなってない?
違和感がなさすぎて気が付かなかったが、今までの比じゃない変化が俺の身体に起きている。
身体の大きさが違う、翼や脚の形が違う、身に満ちる力が違う。
さっきバランスを崩したのは驚いたからという理由だけじゃない、急激に上がった力を制御できていなかったからだ。
えっと……。
これ、何が起きたの?
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