第7話 用法用量をご確認ください
色々と考えて動いてを繰り返していたら腹が減ってしまった。
望んだ成果を得たとは言い難いが、腹が減っては戦はできぬと言うし、また下に降りて飯にするか。
神殿の入口から飛び立つ。それにしても、見れば見るほど記憶との違いが目立つ場所だ……。
このケミカルな色の木とかなんなんだよ。実がついてるみたいだが、いくら腹が減っててもメタリックに輝く木の実とか食おうとは思えない。
こんな見た目の植物があるとはまさにファンタジーだ。
それにしてもこんな場所に生えるなんて、いったいどんな生態なんだか。……ん?
あの木の実、よく見ると単色じゃなくてうっすら模様が入ってるような……。
気になったので近付いてみると、確かに何かの模様が入っていた。
魔法陣のような、幾何学模様のような、まず自然界で見ることはないだろう不思議な模様。
だけどこれ、どこかで見たことある気が……。
あっ。
思い出した。
この木の実、基礎ステータス上昇アイテム、『解魂の果実』だ!
ゲーム内では木の実だけしか見たことなかったから気付かなかったが、こんな見るからに危険そうな色の木に成ってるものなのか……。
解魂の果実。さっき言った通り、キャラクターに使用することで、七種の色に対応した基礎ステータスを上げることができる。
赤は攻撃力。
青は回復力。
黄は防御力。
緑は素早さ。
白は魔法攻撃力。
黒は魔法防御力。
銀は器用さ。
HPとMPを強化したいなら別のアイテムが必要だが、基礎ステータスの強化ができるとあって貴重なアイテムだ。
しかし、本来ならストーリーが進行するごとに与えられる、いわばボーナスアイテムだったはず……。何故こんなところに?
そもそもこの場所は色々なことがおかしいし、今さらな疑問なのか? まさかここで取れた木の実が報酬になってた、みたいな話だったりするんだろうか。
いや、それより重要なのは、今これがここにあるという事実だ。
強化アイテム……強くなるためのアイテム! 装備強化で躓いた今の俺に一番必要なものじゃないか!
何故こんなところにあるかはわからないが、これを逃す手はない。ありがたく使わせもらうとしよう。
欲を言えば防御力や攻撃力を上げたいところだが、器用さだって重要だろう。この脚は細かい作業に向いていないし、もう少し器用さがあれば戦闘の幅だって広がるはずだ。
やったぜ。ニストライクニアウトからのサヨナラ逆転ホームランだ。
いやー、やっぱり日頃の行いがいいとこういう時に出るんだよな。何? 本当に日頃の行いが良かったらまず躓かないんじゃないかって? うんうん、いい質問だね。バケツ持って廊下に立ってろ。
とりあえず木に近付いてみたが……改めて見ると本当に毒々しさを感じる色だ。銀色の果物という時点でおかしいが、自然の色というよりペンキをぶちまけたかのようなムラのない原色。
強くなるためとはいえ、これを食べるのは躊躇してしまうが……ええい、男は度胸!
躊躇いを振り払うように勢いをつけ、果実に触れようとした瞬間、
どろり、と果実が融けて俺の身体に染み込んだ。
………………。
……………………?
…………………………!?!?!?
遅れて事態を呑み込んだ時にはもう遅く、身体中を何かが駆け巡り始めた。
レベルアップの時に感じた力の奔流。あれと似ているが、別種の何か。
レベルアップの感覚が爆発だとしたら、これは水流とでも表現するべきだろうか。俺の中を指向性を持ったそのナニカが流れていく。
それは俺という存在の内を隅から隅まで流れ終えると、不意にその感覚を途絶えさせた。後に残ったのは、果実に触れようとした状態のまま硬直した一匹の蝙蝠だけ。
……えーっと。
えっ、何何何何!?
何今の!? 水銀みたいに融けて翼に当たって、消えたと思ったら身体の中に入った!?
えっ、何それ知らない。恐っ。これ大丈夫なんだろうな、爆発とかしない!?
解魂の果実、ゲームじゃ使うコマンドで強化してたから食べるものだと思ってたんだが、まさかこんな使い方するなんつ思わないだろ! っていうか今の本当に正しい使用方法だった!? 服用書はちゃんと同梱しておこうぜ!
慌てて融けた果実が当たったところを確認しても、特に変わった様子は見られない。が、身体中から妙な感じがする。
レベルアップ、ではない。あれは力が溢れるような感覚を覚えたが、今感じているのは別の感覚だ。
なんというか、言葉では説明しづらい感覚なのだが……俺という存在が、拡張されたかのような……。
レベルアップが力の増幅だとすれば、これは増幅ではなくて容量とか上限とかの……うーん、駄目だ。言語化するのが難しい。
とにかく、今までに味わったことのない感覚だった。レベルアップはトレーニングや成長で身体能力が上がる感覚が、ごく短時間で実感できるという感じだったんだが、これは人間だった時には経験していないものだ。
拡張。そう、最初に思い浮かんだ拡張という表現が一番しっくりくる。
今できることが増えたんじゃなくて、可能性が広がったとでも言うべきなのか。
なんというか、不思議な気分だ。今何かの恩恵があるわけじゃないのに、何かが変わったことが本能的にわかるなんて。
試しにと、その場でくるりと宙返りしてみる。身体能力が上がったという感じではないが、確かに変化を感じ取れる。
今までの動きは蝙蝠としての本能に基づくものだったが、今はそれに加え、反復動作で格闘技の型を修めたかのように、どこをどう動かせば正確な動作になるかがなんとなくではあるがわかるようになっている。なるほど、これが器用さというステータスの影響か。
これだけ器用に動けるようになったなら、あの芋虫相手にもやりようがあるだろう。
やれやれ、一時はどうなることかと思ったが、何とか目的は果たせたようだ。
そういえば、もういくつか木の実が成ってたし、なくならない程度にもらっておこう、か……。
……えっ?
振り返って、思わず絶句した。
つい先ほどまでそこにあったはずの解魂の果実が、その実をつけていた数本の木が、跡形もなく消えている。
山頂を見回しても神殿しか目に入らない。宙返りをして目を逸らしていた数秒間で、そこにあった大質量の物体が葉の一枚すら痕跡を残さず消え去ってしまったのだ。
ほ、本当に一切痕跡がない。さっきまで目の前に木が生えてたはずなのに、根を張っていた痕も、掘り返した痕跡も何もないのに。
え、まさか幻だったとか……。いやいや、じゃあこの強化は何なんだって話になるし。
………………。
こ、こわ~!!
◆
あまりにも不可解な状況が恐くなった俺は、魂源の零域を下りて再び魂の森を探索していた。
本当に何だったんだあそこ。不可思議現象のオンパレードじゃないか。
大丈夫? 軽い気持ちで踏み込んじゃったけど、呪いとか持ち帰ってない? このままだと肝試しで心霊スポットに入った後変死するパリピみたいになりそうなんだけど。
何度も振り向いて後ろを確認しながら進むが、白い服の女とか謎の足音がついてきていることはなかった。
ええーい、今起きていないことを心配しても仕方がない!
よし切り替えた。今夜は灯りのある場所で寝ると決めたけど切り替えた。
ともかく、当初の目的であった自己強化はある程度果たせたんだ。ならばこれからやるべきことはリベンジマッチ!
俺が得たのはステルス性と器用さの補正……ならば戦い方は決まっている。
さあ、暗殺の時間といこうか。
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