第3話 これはエクスカリバーです

 俺に気付くことなく草を食んでいる背中を、 暗がりからじっと見つめる。


 周囲に他の生き物はいない。正真正銘ヤツと俺、二匹だけの状況は実におあつらえ向きだ。

 息を潜めて待ち続け、その時が来る。

 草を食べていたヤツが、食事の手を止めて大きく欠伸をする。


 来た! 気が緩んだ瞬間、それが一瞬だろうが野生の中では命取りになり得る!


 その隙を逃すまいと、掴まっていた木の枝から音もなく飛翔、持ち前のスピードと音のない滑空によりヤツの背後へ一気に迫る。

 背後を取られたことでようやくヤツも俺の存在に気付いたようだが、もう遅い。


 未だに無防備な首、生物としての弱点であるそこへ勢いよく牙を突き立て──




 毛に邪魔されて、ほんの少しか牙は肉に刺さらなかった。




「チチチチチ!?」

「キィーッ!」


 クソッ! わかっちゃいたが完璧な不意打ちでも倒せないのかよ!


 浅かったとはいえ、首筋へと牙を突き立てられたホーンバニーがめちゃくちゃに暴れだす。

 繰り出される後ろ蹴りや角による頭突きに巻き込まれてはひとたまりもない。


 俺は即座に見切りをつけて、本日三度目の逃走を開始した。




 ◆




 うーん、わかっちゃいた。わかっちゃいたが、いくらなんでも弱すぎる。


 ホーンバニーにアサシンキルしかけて盛大に失敗した後、俺は木の上で果物を食べていた。

 この果物、見た目は林檎みたいなのに味はキウイっぽいとはこれ如何に。これがファンタジ 一味ってやつか。


 随分減っていた腹を満たして一息吐くと、さっきの戦闘とも呼べない戦闘を振り返る。

 そもそも何でホーンバニーに喧嘩を売ったのかっていうと、食料確保っていう目的と、俺の戦闘力がどの程度のものか確かめたかったっていうのがあるんだよね。

 食料確保は生命線だ。この森には色んなところにこういう果物が成ってるけど、吸血蝙蝠は雑食で、けどどちらかといえば肉が好き。食えるんなら肉の方がいい。


 そこら辺にいる普通サイズの芋虫とか、カナブンっぽいやつを食べてもいいんだけど……。

 記憶を取り戻す前の野性的な俺ならともかく、一般的な日本人の記憶を取り戻したあとだと躊躇するものがある。まあ記憶を取り戻す前に散々食べてるから今更なんだけど、気分の問題だ。

 ま、まあ虫肉はタンパク質が確保できなかった時の最終手段として取っておくとしよう。


 そして二つ目の理由、俺の戦闘力確認の方。

 と、いうのも、実際吸血蝙蝠がどの程度戦えるのかを知らなかったから試そうと思ったのだ。


 今までその身体で過ごしてきたくせに何で知らないんだと思われるかもしれないが、それは吸血蝙蝠の戦闘方法が原因で。

 というのも、吸血蝙蝠が自分と同格の生物に対してとる戦法、それは数の暴力によるシンプルな圧殺だ。


 さっきのホーンバニーのような相手に一〇匹以上の群れで襲い掛かり、数と素早さで撹乱しながら牙や爪で細かい傷を刻んでいく。哀れ獲物は失血から衰弱し、動けなくなったところを俺達が食らう、と。

 随分陰湿な戦法だが、これが弱肉強食だ。勝った方が正義なのである。


 まあ、そんなヒット&アウェイで擦り傷だけつければいいような戦法を繰り返してちゃ、自分の強さなんてわかるはずもない。

 だからRPGで新しいマップが開放された後、そこのモンスターがどの程度の強さなのか一戦試してみるというのと同じようにしてみたのだ。

 ちなみに俺は、一戦やって苦戦しそうなら前のマップでレベルと装備を整える派。


 ……実はその前に、ここがゲームの世界ならステータスを確認できるんじゃないかと思って、色々試してみたりもした。

 頭の中で念じてみたり、声に出して(鳴き声だが)ステータスと言ってみたり、翼でウィンドウが出せないかやってみたり。

 けど駄目だった。黒歴史が増えただけだ。


 っていうか発声が必要なら不可能じゃねえか。こちとらキーキー鳴くだけだぞ。

 これがバグなら運営に怒りのメールを送ることも辞さない勢いだわ。覚悟の用意をしておいてください、いいですね!

 そんなわけで一匹でどの程度やれるかを計ってみたわけなんだが、結果は御覧の通り、散々なものだった。


 まさか全力の噛みつきが、ちょっと出血させるだけの結果に終わるとは……。あの兎、毛が生えてるだけで特に防御とかないのに。

 しかもこっちの攻撃が通らないのに、マグレだろうがあの角や後ろ蹴りが俺にヒットすれば一撃で死ぬ。ソースは他の吸血蝙蝠がそうなったから。


 それでもスピードだけなら圧倒的にこちらが速いのだし、相手の攻撃を躱し続け、時間をかけてチマチマ攻撃を当てれば倒せるかもしれないが……それでは今までと何も変わらない。

 あくまで俺が欲しいのは勇者の旅について行っても死なないための強さであり、今までと同じでは意味がないのだ。


 長々と言い訳を連ねてしまったが、要するに俺はやっぱりすごく弱かった。


 ……悲しくなる結果が出てしまった。


 うーん、既に群れで狩りをしていた頃が懐かしい。今頃レイ達に全滅させられてると思うけど。

 あ、仮にも同じ飯を食って育った仲間ではあるが、俺に同族意識みたいなものはまったくない。生存のために群れていただけで、全員で狩った獲物を我先にと奪い合うような関係だったからな。それで食い方が汚くなって吸血なんて言われちゃ世話ねえや。


 吸血蝙蝠としての一番古い記憶は、気付いたら森の中の洞窟の天井に張り付いていたというものだ。

 誰が親かなんてことも知らず、食欲以外の意識が一切統一されてない集団の中にいたのだ。今なんか、キーキーうるさくなくて逆に清々しい気分。

 流石に同族を殺すのは気が引けるのでやろうと思わないが、他の吸血蝙蝠に対するスタンスなんてそんなものだ。理性ないし言葉通じないからな。


 おっと、思考が脱線してしまった。


 改めて俺が弱いということが証明されてしまったが、ならばどうするのか……。

 決まってる、暴力が駄目なら知力に頼るんだよお!




 ◆




 という訳で完成しました。知性溢れる暴力装置、その名も石器!


 森の中を流れる川にて、いい感じの石を探すこと一時間。

 いい感じの石を見つけたので、他の石に擦りつけて原始的な砥ぎを行う途中で割ってしまってまた探すこと二時間。

 今度こそ慎重に石を砥いで、気付けば翌朝。俺の足には今、確かな輝きが握られている。


 黒く薄い石を砥いだことで鋭さを得た、一五センチほどのナイフめいた石器。

 いいや、こいつはもはや石器とは呼べないな。石剣とでも呼んでおこうか!

 ふうむ……このフォルム、実にスマートかつエレガント。苦労した甲斐があったというもの。


 いや、人の手じゃなくて蝙蝠の足だから砥ぎが大変だったのなんのって。途中から熱中しすぎてつい徹夜してしまった。

 っていうか正直楽しかった。河原で石を探すのなんか小学生の時以来だったし、石を砥いで尖らせるのが思いの外無心になれて気持ち良かった。


 こういうとこは人間だった頃から変わってないなー。プラモを組み立ててたらいつの間にか朝だったこととかあるし。

 正直眠いのだが、今の俺は徹夜テンションで一周回ってアゲアゲだ。このまま行動に移るとしよう。


 人の手ではなく蝙蝠の足なので石は持ちにくい、が持っていくしかない。これがないと始まらないのだ

 石剣という重りを握っていることで若干飛びにくいが、それでも俺は空へと飛び立った。朝の陽ざしが眩しいぜ。


 そういえば俺、蝙蝠だけど全然夜行性じゃないな。耳はいいけど目も見える。元の世界の蝙蝠には詳しくないけど、やっぱりモンスターだから微妙に生態が違うのかな。


 はい、というわけで蝙蝠としての必須スキル、エコーロケーション。


『Ki──……』


 俺の口から出た甲高い音が、朝焼けに照らされた森の中に響く。そして反射した音が、辺りの様子を教えてくれる。

 これめちゃくちゃ便利なんだよな。今まで俺が生き残ってこれたのはこいつの恩恵が大きい。


 飛ぶこともそうだけど、人間だった頃は絶対に使えなかった技能を普通に使えるのは変な気分だ。蝙蝠としての生活では普通に使っていたんだけどな。


 そんな考え事をしながら飛んでいる中、跳ね返った音が、木々の奥に小さな生き物がいることを教えてくれた。


 反応を頼りにそこへ近づいて見ると、目視で確認できる位置にホーンバニーがいる。

 草を食べているそいつの首元には赤い汚れがついている。おいおいマジかよ、昨日のやつ じゃないか? 早速リベンジマッチできるとは、幸先がいい。

 それじゃあ一丁、知性の輝きを見せてやるとしよう。


 昨日と同じく俺に気付いていないそいつに対し、今度は一気に襲い掛かるのではなくその真上へ陣取る。


 この辺り……いや、もうちょい右か?……よし、この位置でいいだろう。


 ホーンバニーの直上、約一〇メートルの上空に待機した俺は、それまでの静かな動きから一転、 翼を荒々しくはためかせ、地上へと一直線にダイブする!


「……チチッ!?」


 腐っても兎の聴力か、翼が空を打つ音でこちらに気付いたらしいホーンバニーだが、気付いた時にはもう遅い。


 吸血蝙蝠唯一の長所であるスピードに、重力まで味方につけたダイブだ。おまえが動く前に、全ての行動は完了する!


 瞬きの間に彼我の距離を食い潰した俺は、ホーンバニーに激突する直前、石剣を離して地面スレスレで滑空する姿勢を取る。


 そうすると当然、ホーンバニーに直撃する位置には、勢いをつけた石剣だけが取り残される形になって。


 ドスッ! と、あまり聞きたくない音とともに石剣がホーンバニーの首へ突き立った。


 悲鳴を上げる暇もなく、さっきまで生きていたものがただの物体へ変わる。

 後に残されるのは無傷の俺と、 俺の食料になった物だけ。


 曲線を描くように飛ぶことでスカイダイブの勢いを殺した俺は、ホーンバニーだったものの前に着地すると、改めて戦果を確認する。

 ……よし、ちゃんと仕留められている。


 ……ふっふ。


 ふわーはっはっはっはー!!


 よっしゃ見たかオラァ! 誰が最弱のモンスターだ。一匹でホーンバニー倒してやったぜ!

 よーしよしよし。やはり知力は偉大だ。自分に力がないなら外付けで攻撃力足せばいいじゃん、という単純極まる思考でやってみたが、まさかこんな簡単にホーンバニーを倒せるとは。


 最初は原始人より更に前の段階、猿よろしくただの石を上から落とす、という手も考えたのだが、丸くて持ちづらい上に重すぎて持ったままでは飛べなかった。

 故に重量オフかつ威力をあげるために石器を作ってみたのだが、いいね、実にいい。


 これは石器最強説来たんじゃないか? 実に知性的インテリジェンス暴力的バイオレンスだ。

 石器、いやさ石剣……いいや! もはや俺とこいつは無二の相棒、今日からおまえはエクスカリバー(石製)だ!

 よっしゃ、ここから俺とエクスカリバーで、この森に石器最強伝説を刻み込んでやるぜ……!


 言ってこいつも雑魚モンスターではあるが、これは大きな前進だ。やり方次第じゃ自分より強い敵を倒せると証明できたのだから。

 とは言ってもやはり素の力があるに越したことはないんだけどね。森の外にはこれよりヤバいモンスターが五万と……!?


 今、何かが俺の中に入る感覚があった。


 目に見えない無色透明な何かは、俺の中に入ると即座に全身を駆け巡り、そのエネルギーを爆発させる。

 全身に力が漲る、眠気で動きが鈍くなっていた頭が活性化した。

 その爆発は一瞬の内に終わったが、俺の身体には確かにその影響が残っている。


 思考が冴えて、妙になっていたテンションから解放された俺はしかし、冷静になったはずの頭を停止させるしかない。


 ……えーっと、体調は問題ない。むしろさっきより良くなってる気がする。

 鈍ってた頭もシャキッとした。八時間くらいぐっすり寝たような爽快感。

 っていうか、なんだか力が強くなったような……この身体を駆け巡る熱い奔流、気のせいではあるまい。


 モンスターを倒した後のこの感覚、身体で味わったのは初めてだが……。




 今のってもしかして、レベルアップってやつ?



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