第2話 弱肉強食は全世界共通

 さて、レイの冒険を陰から見守るストーキングするという目標が決まったわけだが……一つ問題がある。


 木漏れ日が差し込む森の中、その光を躱すように、俺は大きな木の枝にぶら下がっていた。

 足二本で枝を掴み、逆さまになってぶら下がるいかにも蝙蝠らしい格好だ。


 地球の蝙蝠よりずっとデカいということさえ除けば可愛らしく見えるかもしれない。これでストラップとか作ってもいいのよ。


 けど、こんな所にいるのは別に可愛さを狙ったあざとい思想からではない。むしろ血なまぐさい理由だ。


 鬱蒼と茂る葉の陰に、黒い体毛を溶け込ませる。有り体に言えば隠れているのだ、俺は。


 何から隠れてるのかって? ……からだ。


 隠れている理由もその問題から来るもので……問題、それは俺がとんでもなく弱いということだ。


 ……いやわかってる。わかってるよ他にも山積みの問題があることくらい。

 人間と意思疎通できないこととか特に致命的だ。レイ達PCに限らず人間NPCに見つかったら即駆除されてしまう。

 レイのファンなのに見つかったら死ぬとはこれ如何に……いや、普通にストーカーだし人間だったとしても叩き斬られるかもな。


 だけど一旦その話は置いといて。

 とにかく、俺は……吸血蝙蝠というモンスターは弱いのだ。


 吸血蝙蝠が出てくるフィールドは物語序盤、というか今この場所、レイプレイヤーが最初に立ち入る森林系のフィールド、『魂の森』が中心だ。


 なんだかかっこいい名前がついてる森だが、所詮初期フィールドは初期フィールド。レベル1の勇者が踏み込んだところで問題ないような場所でしかない。


 SOUL内において魂の森の概要は至ってシンプル。ただ広いだけの森、以上。

 流石に分かれ道なんかはあるが、言ってしまえばそれだけだ。罠や迷路なんてものもない。モンスターさえ出なければ本当にただの森だ。

 一応、メインストーリーをクリアした後に立ち寄れば見つかる隠し要素なんてものもあるが、物語序盤ならそれも関係ない。


 そしてこれが本題だが、勇者が最初に立ち入る場所とあって……モンスターが軒並み弱いのだ。


 今俺の眼下を通るモンスター達がそう。


 草陰にいるのはまんまデカい芋虫な『フォレストクロウラー』。芋虫な癖に肉食。分厚い皮で打撃を軽減する上に死体を食べるが生き物だって食べる。ただしアホ程遅いので危険性は低い。


 何匹か木の間を跳ねているのは角が生えたウサギみたいな『ホーンバニー』。こっちは見た目のまんま草食だが、気性が荒くて縄張りに入ると角を使った突進攻撃を仕掛けてくる。ただし角以外で攻撃してこない上にその角が短い。


 ゲーム内のモンスター図鑑によれば、群れで襲われない限り一般人すら対処可能な雑魚ばかり。


 そしてその雑魚モンスターの中には当然『吸血蝙蝠』、つまり今の俺も含まれている。


 ふふふ……しかもただの雑魚じゃあないぜ。


 SOUL内最弱のモンスター……それこそが俺、吸血蝙蝠!


 いやふざけんなよ! 転生するならもうちょっとマシな先があるだろ! 人間として文明的な生活させろや!


 二度目の生だ。百歩、いや万歩譲ってモンスターになってるのはいいとして、いやよくないけど。異世界転生と言えば普通生まれつき強いもんじゃないのか!?

『七大竜王』とまでは言わないけどさ、最低限強キャラやこの森でエンカウントする最初のボスくらいの強さは欲しかった……!


 いかん、取り乱した。

 ないものねだりをしても仕方ない。今は状況を整理しなければ。


 そう、吸血蝙蝠はSOULというゲームにおいて最弱のモンスター。


 吸血蝙蝠。体長は五〇センチほどの真っ黒な蝙蝠。

 サイズ差さえなければ地球にいる種と見分けがつかないような、本当にただ大きい蝙蝠といったモンスターだ。


 そのステータスは初期のモンスターにしてもあまりに脆弱。なんせレベル1勇者の攻撃でも一撃ワンパンで死ぬ貫禄の紙装甲とHP。

 攻撃力も貧弱。レベル1プレイヤーかつ裸装備で戦闘になろうが、プレイヤーが受けるダメージは最低値1ダメMISS0ダメだけ。なんとクリティカル攻撃が出ようが全部これだ。

 かといって特殊能力はなし。行動パターンは通常攻撃噛みつきモーションのみ。


 しかもなんと驚き、名前に吸血なんてついてるわりに、吸血スキルなんか持っていないのだ。

 何でも口元に血をつけてる個体が多いことからそんな名前がついたらしいが、それは死体を漁る時についたものだ。吸ったわけでもないし、野生動物らしくただ食い意地が張ってるだけ。


 地球の蝙蝠も勘違いで牙を刺して吸血する危険生物だと思われてたと聞いたことがあるけど、異世界でまでそうじゃなくていいだろ。ファンタジーなんだから夢見させてくれ。

 吸血なんて攻撃と回復ができる神スキルじゃねーか。回復薬が使えない野生動物にとっちゃ、喉から手が出るほど欲しいものだぞ。


 唯一の長所は速さで、何故か飛び抜けたそれは拳闘士速さ特化系ジョブのレベル20程度までならタメを張れるほど。

 だが……先に説明した通りのあまりに低い他ステータス。

 先手を取ろうが全ての行動に意味がないので、戦闘に入れば死は確定。


 以上の理由と安全に初期の経験値を稼ぐために設置されたとしか思えない、確実に群れ三~五体でエンカウントする性質から、吸血蝙蝠は駆け出し勇者の経験値、最弱のモンスターの名を欲しいがままにしているのだ!


 どうしろってんだこんな雑魚っぷりでよおおおおおおおおおおおおおお!!






 閑話休題。


 しばらく現実逃避してしまったが、とにかく俺が弱いということが問題なのだ。


 なんせゲーム内最弱。弱すぎてモンスターどころか野生動物蛇や鳥に食われることすらある。っていうか今まで目の前で食われたやつが何匹かいた。


 そんな状態でレイを追って森の外に出たら、あっという間にがめおべらー、だ。

 いや、それどころか森の中ですら危ない。

 記憶を取り戻すまで俺が死ななかったのは、群れの数の多さという肉盾があったことと、単に運が良かったからだ。

 その群れからはさっき離れてしまったので今は一匹。なんなら今他のモンスターに襲われたら死ぬ。


 故に俺は、何としてでも死なない程度の強さを手に入れなければならない。


 だって趣味云々以前に生死が懸かってるからね! クソが!

 畜生、こんな所にいられるか! 俺は元の世界に帰らせてもらう!


 はあ……。うだうだ言ってても始まらない。


 ぶらぶらと、風に合わせてブランコのように身体を揺らしながら思考を切り替える。

 切り替えの早さが俺の特技……だった気がする。前世の記憶がややおぼろげで頼りないけど。


 まあいい。吸血蝙蝠が弱いということは変えられない事実だ。

 けど弱いままならあっという間に死ぬ。それは短い蝙蝠生で嫌というほど実感した。


 だから最低限、生体ピラミッドの底辺から抜け出せるくらいの強さが欲しい……んだけど、強くなるって言ってもどうしたらいいのかわからないんだよな。


 前世の記憶が戻るまではぼんやりした思考で生きてたから、正確なところはわからない。だけど、俺が生まれてから少なくとも数ヶ月は経ってるはずだ。

 その間、身体こそ成長したがレベルアップを経験したことがない。


 群れで襲いかかって数の暴力でタコ殴りしたとはいえモンスターとの戦闘自体は何度かこなしてる。

 もしかしたらレベルアップ自体はしているけど気付いてない、というパターンかもしれないが、明確に力が上がったと感じたことすらない。ずっと非力なままだ。


 経験値が足りてないのか、モンスターはレベルアップできないのか……最悪の場合、ゲームと違ってこの世界にはレベルアップという概念がない場合もある。


 そもそもこの世界ってなんなんだろう。

 レイが居たし俺自身が知っているモンスターになってるからSOULの世界だと思っていたが……。


 コンピューターの中? ゲームによく似た異世界? それともこれは俺が見ている夢?


 ウゴゴゴ……考えるだけで頭が「シュルルル……」ってなるな……。いやシュルルルってなんだよ。


 …………うん?


 音がした方を見ると、俺より遥かにデカい蛇が鎌首をもたげて隣の木から飛びかかってくるところだっうおおおおおおお!?


「シャアアアアアア!」

「ギィイイイイイイ!?」


 あっぶねえええええええ! ギリギリで飛んだけどさっきまで掴まってた枝が絞め砕かれたぞ!?


 クソ! 一瞬も油断できない弱肉強食の世界め!

 てめえこの野郎俺が強くなった暁にはおまえで蒲焼き作ってこの世界に広めてやるからな!?そしたらおまえ、絶対絶滅するぜ! 日本人の味への執着舐めんなよ……まあ今の俺日本人どころか人間ですらないけど!


 心の中で捨て台詞を吐くと、バラバラになった枝ごと地面に落ちていく蛇へ背を向け、全速力でこの場を離脱した。




 この短時間で二度目の逃走。逃げ足だけは早い身体に温情感じちゃうな! ぺっ!





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