第4話 別離は突然に
あの後、もう一匹のホーンバニーを同じくエクスカリバー(石製)投下戦法で仕留めることに成功。その結果、一匹目を倒した時と同じ感覚を味わうことになった。
エクスカリバー()を掴んだまま翼を勢いよくはためかせ、一直線に真上へ上昇する。劇的な変化、というわけではないが、いつもより少しだけ速度が出ている……気がする。エクス(略)を掴むのも少し楽だ。
それに、心なしか身体が楽になったような。小さな傷なんかも消えている。
ここまで確認すれば間違いないだろう。これはレベルアップだ。
この世界で始めてのレベルアップ。しかし腑に落ちないのは、今までも何度かホーンバニーを仕留めていたのに、たった二匹倒しただけで二回もレベルアップしたことだ。
ゲームと同じシステムがこの世界にあって、モンスターを倒すと経験値がもらえるのだとすれば、何故俺は今までレベルアップしなかったのだろう。
ホーンバニー相手なら、少なくとも一〇匹は倒したことがあったと思うんだが……。
もしかすると、こちらの数の問題か?
今までは一匹の獲物に対して一〇匹以上で襲いかかり、袋叩きにして倒していた。
もしSOULと同じシステムで経験値……経験値でいいのか? まあ暫定で経験値と呼ぶことにしておこう。
同じシステムで経験値が入るのなら、それは戦闘に参加した全員に等分される。
一五匹で一匹のホーンバニーを倒したとしたなら、その経験値は一匹で倒した時の一五分の一……。俺が今まで群れで倒したホーンバニー、その数を仮に一〇匹だとしても、一匹分の経験値にも満たないことになる。
つまり俺、今まで経験値を得るチャンスを棒に振ってた?
………………ッハァ~~~!?!?!?
これはアレだ。効率よく周回していたと思ってたら、実は非効率の極みだったことを知った時の気分。
ビギナーズラックでドロップしたレアアイテムをその場で探し続けてたら、実はもっとドロップ率が高い場所が近場にあった、みたいな。
苦労してアイテムを集め終わった後に、次の街に進んだら普通にショップで売ってるのを見つけた時は、思わずコントローラーをぶん投げそうになったものだ。
……よし。ちょっと心が折れかけたが、切り替えていこう。
記憶が戻っていなかった頃の本能のみで生きていた俺をしばき倒したいが、今の俺は理性的なのでそんなことはしない。これからソロで経験値を荒稼ぎすることで憂さ晴らししてやらあ。
何はともあれ、レベルアップだ。俺はついにレベルアップを果たしたのだ!
これはホーンバニーを倒したこと以上に大きな成果だ。何せ俺は強くなることができる、という証明が成されたのだから。
俺がSOULをプレイした時、この森のボスを倒したレイとギリーのレベルは8程度だったはず。
プレイヤーとモンスターではステータスに差があるだろうが、俺のレベルが10を超せば、恐らく次のマップに出ても即死するような展開は避けられる……はず。
ついに光明が見えて来た。このままレベルを上げていけば、エンディングまで冒険を見届けることも不可能ではあるまい!
そうと決まれば早速経験値稼ぎを……って、アラ?
急に頭がフラッときた。空中で姿勢を崩しそうになったのを慌てて持ち直し、ゆっくりと降下して地面に降りる。
貧血みたいな感じだが……これは単純に腹が減ったから起きた現象だ。
一回目の時もそうだったが、レベルアップ後は異様に腹が減るのだ。
仕留めたまま置いておいたホーンバニーに近付き、一心不乱に肉を貪る。
正直、今まで生きていた形そのままの肉を食うのはキツい。これは記憶が戻った弊害だな。
これは二匹目なのでまだマシだが、一匹目を食うのは相当に度胸がいった。蝙蝠として食った記憶はあるが、高校生が兎を解体することなんてそうそうないだろう。
けれど命を粗末にしないため、俺が生き残るためには、狩った命は食わねばならない。
全力で噛んでようやく肉を齧り取れるくらいなので顎が痛い。口内を生臭さと血が満たす。
人間だった時なら吐きかねないゴア描写だが、野生動物として何度も見た光景だから、なんとか手をつけることができた。こういうところは野生の記憶様々だ。
明らかに俺より大きい兎の身体が、あっという間に腹に収まっていく。
別に俺は大食いではない。普段なら一回の食事なんて、果物一つと虫数匹くらいで十分だった。
なのにレベルアップ直後はこんな量の肉が食える。しかも短時間で食うのは二匹目、明らかにおかしい。
結局丸二匹の兎を胃に収めたことで、ようやく空腹が満たされた。目の前に残っているのは、角や骨など俺が食えないところだけ。
うーん、質量保存の法則とか完全に無視した現象だ。あれだけの肉を食えば普通腹がはち切れると思うんだが。比喩表現ではなく。
レベルアップにはエネルギーを使うのか? レベルアップが身体が急速に成長する現象なのだとしたら、それもありえる話かもしれないが。
レベルアップについてまとめると、
・僅かではあるが身体能力が上がる。(これは想定通り)
・疲労や傷なんかもある程度回復する。(ゲームと同じ仕組みだとすると、HP上限値が上がったことによる疑似的な回復か?)
・経験値は恐らく、戦闘に参加した全員に等分される。(正直クソ仕様だと思う)
・レベルアップ直後は異常な空腹に襲われる。(
ってところか。
う~ん。ゲームのシステムに現実的な現象が微妙に混ざっているような……。ますますこの世界の仕組みがわからなくなってしまった。
まあいい。とにかくレベルアップできることはわかったんだ。
ならば後は生き残るため、そしてレイをストーキングするために成長あるのみ!
今、波が来ている気がする。この勢いで次行ってみよう!
◆
エクスカリバーを携え、森の中をエコーロケーションで探りながら飛び回ることしばらく。
俺以外の吸血蝙蝠や、複数体で固まっているモンスターを避けて進む。一匹なら問題ないが、何匹も同時に相手取るのはまだ避けておきたいからな。
そして見つけた、群れずに一匹で行動しているモンスター。
今度は兎ではない、芋虫だ。
フォレストクロウラー。地球ではお目にかかれないような、馬鹿デカい肉食芋虫。体長は五〇センチほど。俺とほぼ同じくらいの大きさか。
緑色の体表をしたそいつは、まんまアゲハ蝶の幼虫といった見た目をしている。背中のところどころにトゲが生えているが、まだ普通の生物の範疇だろう。
さて……。こいつの特徴は糸を吐く攻撃だけで、ホーンバニーと違って素早く動くことはない。
動かない的なら、戦闘も楽に終わるはずだ。
先ほどと同じ動きで相手の上を取る。よし、まったくこちらに気付いてないな。
というわけで喰らえ、エクスゥ……カリバァー!
再びの高速ダイブ。激突の寸前で放したエクスカリバーは、狙い違わずフォレストクロウラーの背中に着弾し、
ブスン、と先端が僅かに刺さったところで動きを止めた。
………………。
What?
おいおいおいおい。嘘だろ、俺の宝具がヤツには通用しないっていうのか!?
とはいえ流石にダメージはあったのか、グニョングニョンと形容しがたい動きで悶えるフォレストクロウラー。
そのうちぐるりと身体を回転させて、
ポキリと、ヤツの身体と地面でサンドされたエクスカリバー(石製)が折れた。
…………エッ、
エクスカリバァアアアアアアア!?!?!?
哀れ黒い刃は先端を芋虫野郎の背中に遺したまま折れ、その刀身を無惨に野へ晒す。
脳裏を流れるのは相棒と過ごした記憶。
河原で見つけた相棒。砥ぐうちにどんどん美しくなっていった相棒。数々の戦い(二戦)を共に潜り抜けた相棒……。
ゆ、許せねえ……!
よくも俺の相棒をやってくれやがったな! こうなりゃ徹底戦争だ。相棒の墓前にウォッカとおまえの挽き肉を供えて……うん?
さっきまで悶えていたフォレストクロウラーが妙な動きを見せ始めた。
頭を引いてー? 勢いよく振り下ろしてからのー? 口から勢いよく糸をぉおおおおおおお!?
ブシャーッ!! と本体の緩慢な動作とは似ても似つかない速さで、大量の糸が宙を舞う。
慌てて躱した後、さっきまで俺がいた場所を粘着質な糸が通過し背後の木にベタリと貼り付いた。それでは止まらず糸が乱射され、フォレストクロウラーを中心に辺りを白く染めていく。
いやどうなってんだこれ! いとをはく、ってもっとおとなしめな技じゃねえのか、周りの木ベッタベタになってんぞ!
少なくともゲームじゃこんな技じゃなかった! プレイヤーの素早さを低下させるだけの技だったが、こんなもんが顔に貼り付いたら窒息して死ねる!
顔だけじゃない。もしもこの糸に絡め取られたなら、吸血蝙蝠の貧弱な筋力では到底抜け出せまい。そしてフォレストクロウラーは大量の糸を辺りに撒き散らし、今も包囲網を広げている。
この状況で、俺が取れる行動は……。
戦略的撤退! 通算四度目の逃走!
俺は即座に判断すると、踵を返して飛翔しこの場を高速離脱した。
相棒の仇討ち? 拾った石のために命賭けられるかぁ!
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