第5話 ポカのち大ポカ

 やらかしてしまった……。


 糸地獄から辛くも逃れた後、俺はまたもや身を潜めていた。

 今度は木の上ではなく、森の奥、岩山の中腹に空いた洞窟の天井にぶら下がっている。


 モンスターとしての一番古い記憶、恐らく今の俺が生まれた場所であり、吸血蝙蝠の巣窟となっている洞窟だ。

 辺りを見知らぬ吸血蝙蝠達が飛び交う中、俺が何をしているかというと、絶賛落ち込み中である。


 さっきの戦闘、正直調子に乗っていた。

 ホーンバニーをあっさり倒せてしまったものだから、特に考えもせずフォレストクロウラーに同じ戦法で挑んでしまったのだ。おかげでお手製エクスカリバーをロストしてしまった。


 吸血蝙蝠が素早さ、ホーンバニーが攻撃力に優れているように、フォレストクロウラーは防御力に秀でたモンスターだ。

 言っても所詮は雑魚モンスター。少しレベルを上げれば簡単に対処できる。が、今の俺は勇者レイプレイヤーではなく、相手と同格のモンスターなのだからもっと慎重になるべきだった。


 それに、ある程度偏りがある、といったステータスの兎と芋虫とは違い、吸血蝙蝠は素早さ偏重で他ステータスが死んでいる。

 レベルをいくつ上げればまともな攻撃力を手に入れられるのか……。


 はあ……。仕方ない、愚痴はここまで。切り替えて次の行動を考えよう。


 スピードを攻撃力に変える石器投下作戦は我ながらうまいこと考えたと思ったんだが、それでも色々問題があるな。

 石器を作るのに丸一日掛かる上、俺が持てるサイズだと壊れやすい。

 さっきはフォレストクロウラーに折られてしまったが、そうでなくとも後一匹ホーンバニーを仕留めたら同じように壊れていただろう。


 しかし、失敗と引き替えにヤツは色々な気付きをくれた。


 まず一つ目、やはりここはゲームシステムと現実的な法則が入り交じった場所だということ。

 兎の首狙いと、芋虫の胴狙い。同じ威力の一撃が当たってあの差はゲームではあり得ない。

 やはりというか、ここではモンスターやレベルアップといったゲームの要素と、生物の構造や物理法則といった現実的な要素が混ざり合っている。


 そうなると素早さが高いってのは悪い話じゃない。物理法則が現実的ならスピード=パワーだからな、石器じゃなくとも石を思いっきり投げるだけでも結構な威力になるはずだ。

 まあ、力が弱すぎて重い物持ち上げられないし、体当たりすれば防御力なさすぎてこっちの骨が折れるだろうけど……。


 それと、これでゲームの中に閉じ込められた説はなくなったかな。あとは異世界説と俺の夢説でバトルだ。

 個人的には夢だと嬉しい。魔王との決戦まで見てから目覚めるのがベストだが、何日分の夢になるかな?


 とにかく、兎を一撃で仕留められたのは首という脊椎動物の弱点を狙ったからだ。しかし芋虫は弱点に当てていないので、倒すことができなかった。

 なら弱点に当てればいいという話になるが……芋虫の弱点ってどこだ?

 頭を潰せば死ぬかもしれないが、そんな力は俺にはない。

 大量の石器投下作戦で滅多刺しにする? 一匹倒すのに何日かけて石器を作るつもりだ。


 うーん……いいアイデアが思い浮かばない。

 ただ正直な話、フォレストクロウラーを倒さなければならない理由はない。ホーンバニーを倒すなら現状のやり方でいいし、それでレベルも上がるだろう。

 ただ、手痛い反撃を食らったことと、エクスカリバーを折られたことにムカついているので仇は討っておきたい。せっかく作った相棒をよくも……。


 そもそも、こんな雑魚敵しかいないマップで引っかかっていたら、勇者の旅について行くなんて夢のまた夢だ。

 ラストダンジョンやクリア後コンテンツの一般モンスターなんて、フォレストクロウラーの何倍強いこ、と………………。


 クリア後コンテンツ?


 ……あああああっ!?


 そうじゃんこの森にはがあるじゃん!

 やらかした! エクスカリバーロスト以上にやらかしてた!

 うわ、何で忘れてたんだ俺……。物語開始直後ってことに意識が引っ張られてたんだとしても、このポカはないだろう。

 だってまさか、……。


 ええい、グチグチ言ってる暇が惜しい!

 思い立ったが吉日、今すぐアレを手に入れてやる……!


 ようやくゲーム知識で無双開始だヒャッハー!!



 ◆




 眼下、というより俺の身体の真横と言うべきか。岩肌が後方へと流れていく。

 洞窟から飛び出した俺は、その場から上へ上へとひたすら飛翔を重ねていた。


 魂の森。そこはプレイヤーが最初に踏み込むマップであり、手に入るアイテムや装備は薬草や木剣ばかりの実入りが少ない場所でもある。

 だが、メインストーリーをクリアした後であれば話は別だ。


 魂の森最奥、木々を押し退けそびえ立つ岩山の頂上にある

 メインストーリークリア後に開放されるその場所の名は『魂源の零域』。


 そこは山の岩肌に囲まれた中、唯一草花が生い茂っている場所であり、中央に小さな神殿のような物が佇んでいる。

 街中のようにモンスターが出現しないそこは、いわゆる結婚イベントというものが行われる場だ。

 何人かのヒロインの中から一人を伴侶に選択し、レイとそのヒロインが冒険の果てに結ばれるのだ。

 ……初期マップにやたらかっこいい名前がついていたり、結婚式場が壮大な名前だったり、SOUL製作者のネーミングセンスってちょっとずれていた気がする。

 ちなみに俺は回復術師ちゃんを選択した。レイと回復術師ちゃんのやりとりが一々尊くて完全に推しカプだったからな……。


 とまあ、レイとヒロインの結婚イベントなので、モンスターである今の俺には関係ない場所なのだが、それとは別の要素があるのだ。


 隠しエリアにある物……それ即ち宝箱!


 魂源の零域にはいくつかの宝箱があり、その中にはラストダンジョンで手に入るものより高性能な装備品が入っている。

 結婚式場にそんな装備が置いてあるなんてどうなんだと思わなくもないが、まあゲームなのでそういうこともあるだろう。馬小屋に宝箱があったりするし今更だ。


 そしてこの魂源の零域、メインストーリーをクリアしないと立ち入れないギミックなのだが、その理由は単純……空を飛ばないと入れない場所にあるからだ。


 足場などないなツルリとした岩肌に、ねずみ返しのように飛び出す岩石。そして岩山とは名ばかりのほぼ垂直な断崖絶壁。いくらファンタジー世界の勇者と言えど簡単に登れるはずもない。

 なのでメインストーリークリア後に手に入る飛行手段を用いないと、たどり着くことすらできないのだ。


 だが、今の俺はそこら辺をまるっと無視できる。だって蝙蝠だからな。元から空が飛べるんだ、岩がどうこうとか考える必要もない。

 レイが初期装備のままだったし、物語開始直後=零域には入れないという図式が刷り込まれていたせいでポカをやらかしたが、そこにある装備を手に入れさえすれば、初期マップどころか物語終盤までの貴重な戦力になる。


 ふっふ……事前知識は活かさないとな……。

 ただ、いずれレイ達が手に入れるはずの装備を使ってしまうことには正直罪悪感がある。

 まあ、宝箱に入っているうちは誰の物でもないはずだ。どうせ手に入れられるのはクリア後だし、それまで借りさせてもらってからこっそり戻しておくとしよう。


 っていうか、結婚という重大イベントが行われる場所なんだ。そんな事情がなくても見ときたいに決まってる。聖地巡礼ってやつだな!


 そんなことを考えているうちに、とうとう頂上が見えてきた。

 さて、サクッと最強装備を借り受けるとしようか!



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