第10話 悪・即・射
日が沈み、薄闇に包まれた木々の合間を縫うようにして飛ぶ。あちこちに生えた光苔が照らす森は、昼間とはまた違った趣を見せていた。
音と光、二つの感覚で捉えた世界はあっという間に後方へと流れ去り、身体は更に前へと進む。
ふと、木によって遮られていた視界に切れ目が見えた。そこを目指してより一層羽ばたきに力をこめる。
僅かな間を置いて、俺の身体がその切れ目を突き破る。そこは今までの景色とまるで違う、月明かりに照らされた見渡す限りの平原。
魂の森に生まれ落ちて数ヶ月、俺は初めて外の世界へと飛び出した。
おお……! 外の空気……!
見渡す限り木木岩木みたいな場所からようやく抜け出せたことに感動する。わーい見晴らしがいいー。
さよなら魂の森。世話になったな、ろくな思い出ないけど。
さーて、早速レイを探しに行こう。村はどっちの方だったかな。
羽ばたく先を水平から垂直に変更し、地上数十メートルの位置から辺り一帯を見渡してみる。
こういう動作の一つを取ってもスピードやパワーが吸血蝙蝠だった頃とはえらい違いだ。進化様々だな。
レイが住んでいる村、アルファストは確か岩山から見てこっちの方角だったと思うんだが……。おっ、あれじゃないか?
森から数キロほど離れた所に、明かりが密集している場所がある。遠くてよくは見えないが、位置的にもあそこだろう。そう当たりをつけて再び移動を開始する。
あー緊張してきた。昨日は偶然遭遇しただけだし記憶が戻ったゴタゴタでろくに反応できなかったが、原作主人公に会うなんて一大イベントだ。心臓がうるさすぎる。このままだと口から飛び出すかもしれない。
ストーリー開始直後っていう最高のタイミングだ。レイについて行けば全てのイベントを見られるんだからな。
……あれ? 何だか様子がおかしくないか?
やはり村で間違いはなかったが、近付く最中異常に気付く。
遠くからでも見えた灯りは家の中から漏れたものではなく、村のあちこちを移動しているものだったのだ。
ある程度村から離れた位置で滞空し、上空から中を確認してみるとやはり様子がおかしかった。
大勢の村人が、夜だというのに松明やランタンを持って村中を駆け回っている。その顔には明らかな恐怖と焦りが浮かび上がっている。
何をしているのかと観察していると、村を囲う頑丈そうな柵を更に補強したり、若い男衆が女子供に老人を大きな建物の中に集めるなど、どう見ても尋常じゃない、災害に備えるような緊迫感を持って行動している。
というか、俺はこの光景に既視感がある。これはどう考えてもあのイベントシーン……レイが旅立つ直前に起きる、一番最初のボス戦に関するイベントだ。
森の様子がおかしいと調査していたレイ達の村に、ついに数匹のモンスターが襲い掛かる。モンスターはレイとギリーによって撃退されたものの、このままではいつ次のモンスターが襲撃してくるかもわからない状況。二人は異常の原因を探るべく夜の森へと踏み込み、本来なら森にいるはずのないボスモンスターと遭遇するといったシナリオだ。
マジか。一番初めのボス戦が今日このタイミングだったのか。
昨日記憶を取り戻してなかったら、今日進化できていなかったら、危うくこんな重大イベントを見逃すところだった。ナイスタイミング、 記憶の統合。
ってことはレイとギリーは今からボス戦に挑むわけか、二人はどこにいる? 探してついていかないと、せっかくのイベントを見逃してしまう。
そう考えて村の外周を更に外側からなぞる円を描くように飛び、村の中を覗いてみるもレイの姿もギリーの姿も見当たらない。
もしかしてもう森に行ったのか? せっかく好タイミングで記憶が戻ったのに、肝心のボス戦を見れなかったら意味がないんだが……。
しかし、半周ほど村の周囲を回ったところで見覚えのある人間を見つけた。とは言っても、俺が探していた二人ではないのだが……。それと同じくらい、
艶のある金髪を後ろで束ねて背中に垂らし、白金の鎧で全身を覆った美丈夫が村人へと指示を出していた。
理知の輝きを秘めた碧眼はまっすぐに前を見据え、剣・槍・弓・盾など、多種多様な武器を背負った姿は武の象徴のよう。
その男の名はアレス・G・アムドレッド。『
お、おお……。めちゃくちゃかっこいい……。
ゲーム画面でもイケメンだと思っていたが、生で見るとますますイケメン、だと? この距離からでも顔の良さが滲み出てるって、顔面偏差値どうなってんだ。
ブロンドの髪に青い瞳、線が細く整った顔は百人中百人が想像する理想の王子様像と一致することだろう。もっとも、彼は王子ではなく貴族だが。
どの武器を扱わせても高い能力を叩き出すアレスは、多くの敵に対応できるオールラウンダーとして俺の
アレスが正式にパーティーメンバーに加わるのは物語後半であり、その初期レベルは驚きの50。その頃にはプレイヤーのレベルもかなり上がっているが、それと比較しても随分と高い数字だ。
その強さときたら、レイとギリーが二人がかりでようやく倒した最初のボスモンスター、実は二匹いたというそいつを、二人の元へ向かう片手間に一人で倒してしまうほどだ。
プレイヤーが苦労してボスを倒した所に、「私も倒して来ました」とケロッとした顔で登場し度肝を抜いていく。初登場シーンがそれなもんだから、そのビジュアルと圧倒的な強さでもって一気にファンを獲得した最強の師匠である。
というか、アレスがここにいるってことは二人はもう森に入ってるってことだよな。
このシナリオでは、森に踏み込んだ二人と入れ替わりで王都に召集されていたアレスが村へと戻ってくる、という状況が発生する。つまり、アレスが今ここにいるということは逆説的に二人はいないということになってしまう。
おお……一足遅かったか、気絶してる時間さえなければ間に合っていただろうに!
ボス戦を見るため森に戻ろうかとも考えたが、しかし判断に迷って動くことができない。
だってレイ達の戦いも見たいけど、ここにはアレスがいるんだぞ!? ゲーム内では見ることのできない、イベントの裏側を見ることができるかもしれない状況……どっちを見るべきなんだ!
ボスモンスターが別のタイミングで現れてそれぞれの戦闘を見ることができたらいいな、なんてことを考えてしまうが、それが無理であることを俺は知っている。
当たり前だろう。俺はSOULをクリアしていて、全てのイベントを見たことがあるのだから。
何故森の様子がおかしいのか、何故二匹のボスモンスターが現れたのか、何故アレスが王都に召集されたのか、全ての原因は同一なのだ。
その原因は── ん? 今一瞬、アレスがこっちを見なかったか?
気のせいか? ここからあそこまではかなり距離があるし、
ゾワリと、背筋を襲った悪寒に従い、俺は全力で落ちた。
一瞬の間を置いて、今まで俺がいた空間を焼き焦がすような一矢が貫き、天空へと昇っていく。
矢は身体にかすりすらしなかった。だというのに矢が通過した余波だけで空気がたわみ、下へ飛んでいた俺の身体を強く押して地へ叩きつけようとする。どう考えたって弓矢の威力じゃない。これなら大砲と言われた方がまだ納得できる。
避けられたのもほとんど運だ。元々の素早さ、進化の影響、 回避率を向上させる装備。ほんの少しでも条件が整っていなければ、俺の身体はとっくに串刺しになっていただろう。
落ちるように全速力で飛びながら、態勢を立て直す最中にちらりと村の方を見る。そこには先ほどまで背中に担いでいたはずの弓を、既に撃ち終えた姿勢で構えているアレスの姿があった。
嘘だろ……。構える瞬間も、弓を引く瞬間もまったく見えなかった。俺はアレスから目を離していなかったにも関わらず、だ!
ゲーム知識と勘に従っていなければ撃たれたことにすら気付かなかっただろう早撃ちに、改めて背筋を冷たいものが伝う。
いやそもそも、どうして気付かれた! 暗い中、あの距離で、
マズいマズいマズいマズい! まだ二射目に手をかけちゃいないが、レベル50の
敵意がないと説明しようにも、喋れない上にこの身体は人類にとっての敵であるモンスター、姿を見られた以上どう足掻いても殺される!
今までとは比較にならないほどの死の恐怖、モンスターと比べて尚怪物と言える存在のプレッシャー。本能も理性もひっきりなしに警報を鳴らしていた。とにかく逃げろ、と。
もはや限界まで翼を酷使し、僅かばかりでも回避率を上げようと《黒霧》をありったけ噴出させながら、流星のように地へ落ちる。
そこからは夢中だった。狙われにくいように平原に点在する茂みや岩を遮蔽物として利用し、地面スレスレをジグザクに飛行して必死に逃げ惑う。
そうして俺は、命からがらアレスという名の化物から逃走した。
◆
に、逃げ切ったか? 逃げ切ったよな?
あー、死ぬかと思った!
あれからめちゃくちゃに逃走した俺は、さっき出たばかりの森の中へととんぼ返りしていた。
不幸中の幸いと言うべきか、何故か最初の狙撃以降の攻撃はなかった。けど外に出てすぐ命の危機に晒されるとか、やっぱファンタジー半端ねえ……。そとのせかいこわい。おれ、おうちかえる。
まあ、アレスという存在がここら一帯におけるバランスブレイカーであるというだけのことなんだろうけど……。レベル差がありすぎてステルス効果が発動しなかったんだろうか。うわー。ストーリーが進んだら、あのレベルがゴロゴロいる場所にも行くことになるんだよな。生き残れる気がしないんだけど。
ふー……。よし、切り替えろ。何にせよ生き残ってるんだ。反省は次に活かすべきだ。
当たり前だけど、もうアレスには近寄らない方がいいな。あんな奇跡二度と起きない。次は確実に蜂の巣だ。
じゃあどうするかって言われたら、そりゃもうレイ達の方を見に行くしかないだろう。
正直まだ心臓はバクバク言ってるし、恐怖も頭に残っている。安全のことを考えるなら洞窟にでも隠れているべきだとも思う。
けど俺は、どうしても勇者の戦いを見てみたい。まだ、俺の胸に灯る憧憬は消えていない、消してはいけない。
息を整える。さて、またレイを探さなければ。
そうして俺は、再び森の探索を始めた。
……今の俺には、これしかないのだから。
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