第15話 祭りの後、後の祭り
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《魂格規定値突破》
《■因子保有体討伐、■因子獲得》
《条件達成》
《魂源接続》
《適合種選定──》
《Search:アサシネイト・
《条件確t──》
《Error:■因子増加、魂格超過》
《改変中──》
《Clear:アサシネイト・
《条件確定》
《──進化開始──》
▲
目蓋の裏側で光を感じた。
朝の日射しがカーテン越しに顔に当たっている。深い眠りから意識が徐々に浮上する。
今は何時だろうか、わからないが学校に行くには早い気がする。
身体の上に毛布を乗せたまま身体を起こす。寝ぼけ眼で欠伸をすると、腹が大きく一つ鳴った。
寝起きだというのに妙に空腹を感じる。早く朝飯を食べたい。
どこかから良い匂いがする、母さんが料理を作っているんだろうか。ベッドから出て、その香りを求めてふらふらと歩く。
食卓の上に湯気を立てる料理が並んでいた。その前には父さんが座っている。
部屋の入口に立っている俺の横を、とっくに身支度を整えている妹が追い越す。それに釣られて歩みを再開した。
台所に立っていた母さんも食卓について、家族四人でテーブルを囲む。朝食のメニューはご飯と味噌汁、鮭の塩焼き。いつも通りのなんてことないメニュー。
誰かがいただきますと口を開いて、全員がそれを復唱する。
父さんと話して、母さんに今日の予定を伝えて、妹と他愛ない言い合いをして。
いつも通りの朝に何故か嬉しくなって、箸を伸ばして食事を口に運ぶ。
そして、口の中に広がる血の味で目を覚ました。
突然のことに動揺していると、その間に目の前に広がっていたはずの光景が霧散する。いいや、元から広がってなどいなかったんだろう。
今のは、ただの泡沫の夢だ。
カーテンから差し込んだ朝日は、鬱蒼と茂る木の葉から零れた日射し。
柔らかいベッドと身体を包んでいた毛布は、短い下草と血で汚れたスカーフ。
湯気を立てる料理が並んでいた食卓は、とっくに冷えきった大きな屍。
その屍の上で、俺は肉を貪っていた。
ネメアタウロス、あれほどの暴虐を振るっていた存在も、命を喪えばただの肉塊になってしまう。そしてその腹には食い千切られたような乱雑な穴が開いていた。
そして俺の腹は目の前の穴とは逆にいつの間に満たされている。状況から見るに俺がやったんだろうが……意識を失った状態で食欲に突き動かされていただなんて、まるでゾンビみたいだ。
徐々に頭が回り出して、思い出したのは戦いの顛末。俺はこの小山のような怪物を倒したのだ。
あの時は無我夢中で動き回っていたし、死にたくない、死なせたくないということ以外考えていなかったからか、達成感や爽快感といったものは感じない。傷とアドレナリンでハイになっていたということもあるだろう。
そうだ。俺の身体はボロボロだったはずなのに今はまったく違和感がない。下手すりゃ死んでもおかしくなかったはずなんだが……。
そう思って自分の身体を確認して見ると、細かな傷が消えている。それだけでなく大きく裂けていたはずの右翼や、完全に曲がっていた右脚もすっかり元通りだ。
いや、これは元通りなんかじゃなくて……。
もう一度確認する。すると明らかに今までと違う部分がいくつもあった。
翼。黒一色だったそれは前面、翼手の部分が銀色になっている。見るからに切れ味がありそうな、風どころか肉を切り裂くような刃物の翼。
脚。元から節くれ立って猛禽類のようになっていたのだが、今はそれが更に太くなり、大型の爬虫類、恐竜などを思わせる見た目になっていた。
頭。自分では見えないが違和感がある。刃翼が当たらないよう気を付けて触ってみると、額の中央から短い突起が生えていた。恐らく、というか間違いなく角だろう。
他の部分に大きな変化はなさそうだが、死にかけたはずの身体に不調などなく、むしろ今までよりずっと調子が良い気がする。
この感覚には覚えがあった。吸血蝙蝠からミストバットになった時と同じ感覚、即ち進化。
恐らく、ネメアタウロスを倒した時にレベルが上がったんだろう。ゲーム通りの強さだったとすれば、二人がかりで倒す想定のボスを一人……いや、一匹で倒したことになるんだ。得られる経験値も多かったはずだ。そして、そのレベルアップでまた進化していたと。
どんな不思議パワーかは知らないが、進化したことで全ての傷が癒えている。身体の構造すら変わるんだ、その時に傷を負っていようが更に大きな変化で上書きされてしまうんだろうか。
そんなことも考えるが、考えたって結論は出ない。命拾いした、そのことだけわかればいいだろう。
死体の上から飛んで、木に止まって空を見上げる。生きている、そのことが喜ばしい。
前世ではできなかったことだ。何も守ることができずに血溜まりの中で息絶えたあの日、あの場所で望んだことだ。
今さらになって達成感がやって来る。死なせず、死ななかった。これは誇っていいことだろう。だから……。
だから、今くらいは下を向いてもいいよな。
さっきまで見ていた夢を思い出す。かつての日常、なんでもない朝の光景。
その日常は、この世界のどこにもない。
一緒にいた家族は、この世界のどこにもいない。
俺が知っている誰かも、俺を知っている誰かも、どこを探したっているわけがない。
当たり前の話だ、俺は死んでいるんだから。
今度は成功したからって、一度目の失敗が、あの時失ったものがなかったことになるわけじゃない。俺はあの日助からなかったし、助けられなかった。それは変えようのない事実なんだ。
今度はそうなるのが嫌だったから、死に物狂いで頑張った。そのことに後悔なんてしてないし、我がことながらよくやったと思ってる。
だけど、これをすぐに切り替えるのは難しそうだった。いいや、もしかしたら、この先ずっと。
自分の脚を見つめていた視線を上に上げる。水平線から昇る朝日が目に眩しくて、視界がぼやけてしまう。そう、これは眩しいから前が見えないだけだ。決して、目の奥から流れ出る何かのせいじゃない。
そうして俺は太陽が完全に昇りきるまでの間、自分の上にだけ降る雨に打たれていた。この世界で生きる、その産声として上げた最初の叫びと共に。
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