阿子(3)

 先輩方へのご挨拶が一通り済みますと文芸部の部誌を頂戴して新入生は帰宅と相成りました。肌のハリまでパツパツな同級たちといわゆる歓談をするよりは、この先輩がた、いえ――部長を、もっと見ていたかった。だがそれは道理に合わぬ。わたくしは頭を下げて部室を後にしようとしました。


 わたくしの背中に部長の声がかけられる。


「ああ。あこさん」



 わたくしは、勢いよく振り返ってしまいました。


「あなたはちょっと残ってくださる? お話があるの」


 そのときのわたくしはさぞ間抜け面をしていたことでしょう。なんの話だかとんと見当もつかぬ。私だけ入部してはいけない、とか。だが、どうして。私はいまなにか粗相をしただろうか……と。しかし十二歳のわたくしのうまく回らない頭ではそれが限界でした。いえむしろ、そんな程度の頭にしてはずいぶんと思考をめぐらしたのですからがんばりましたほうでしょう。恥ずかしながら、ヒートアップいたしておりました。悪い理由なのか、はたまた良い理由なのか。いえ、私が粗相をしてしまったのでしょうけれども万一もしかして、わたくしだけが、ああ、あなたのような新入生を待っていたのよ、と……。


 馬鹿馬鹿しい。まあ無知というのはおそろしいものです。ひとを醜く仕立てる化粧です。


 ほかの新入生たちはちら、ちらとわたくしを気にしつつも、部室の外に出て行きました。ぱたぱたぱた、と上履きの立てる音が遠ざかってゆく。



 ……部長さんは薄くにこにこしていて、好きな殿方でも口説くように、言いました。



 部長さんはわたくしのたったひとつ上の学年であるはずなのに、唇が、信じられないほど桜色。

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