たったひとりのお孫さま

「えっ! 犬、届いたの!」



 天王寺未来みらいさまは、わたくしの報告を聞くとすぐ、子どもらしく、ぱあっと顔を輝かせました。机で絵本を読んでいたようですが、すぐにばたむと絵本を閉じて、無理して座っていたダイニングテーブルのおとな用の椅子からこれまた無理してすとん、と床に降り立ちます。



 天王寺、未来さま。薫子さまのたったひとりの孫で、おそらくこれからも、たったひとりの孫でしょう。薫子さまの娘、未来さまの実の母の良子さまは、ご自分の跡継ぎがほしくてもとから男子を望んでいた。どうも、なぜでしょうかね、女子ではいけないと考えていたようです。まだ若いうちにさっさと婿養子を迎え、専門のクリニックの女性医師のにこやかな指導のもと、さっさと妊娠を成功させ、さっさと出産を済ませた。男子でなかったらあるいは第二子を、と望んだのやもしれません。だが、健やかな男子であった。良子さまはこれ以上の出産を望まないでしょう。あのかたは根っからのクールな商売人だ。出産にかかるコストを具体的な金銭として計算できる、それは専門家の指導費とか出産の入院費とかそういう規模の小さいレベルではなく、良子さまが一年近く身体的に行動が制限されることによる天王寺グループ規模の巨大な規模の話であります。


 わたくしはじつを申しますとまあそれでよかったなと思っています。……薫子さまの孕んだ子が女児であるとわかったとき、わたくしはどれだけ絶望したか。ああ薫子さまが母などになってしまう、それだけできゅっと心臓が縮んだのに、ああ、女児! ……わたくしはどれだけ嫉妬に狂うかと空恐ろしくなったものです。


 だが、それは、杞憂であった。……良子さまはたしかに外見やもの言いなどは薫子さまによく似、知性にも存分に恵まれた日本頂点レベルの才女となりましたが、それだけだった。薫子さまの、跡継ぎには、なりえない。……良子さまの幼いころにわたくしにはもうすでに、そのことがわかった。わかるのです、わたくしには、……わかる。



 そして、懸念していた良子さまのお子さまは、男児でありました。



 わたくし子どもはとくに好きでも得意でもございませんが、未来さまには、お仕事として素直にお仕えすることができる。また、薫子さまのお孫さまとしても、自然な情を感じることができるのです。


 利発で愛らしい健やかな男子。……ああ。薫子さまのたったひとりのお孫さまが、かくのごとしで、ほんとうによかったと……。



「……飯野おばさん?」



 未来さまはふしぎそうに首をかしげました。ああ、ああ、だってわたくしはこの子どもらしいあざとらしさをかわいいなどと素直に思うことができるのだ。


「ペット、届いたんでしょう? いつのまに来たのか、僕、ぜんぜん気づかなかった。ずっとここで宅配便待ってたのに」


 この、いかにも子どもらしいとんちんかんに対してさえも、わたくしは、苛立つことはない。……この子、なら。


「あら未来さま。ペットは宅配便では届きませんでしょ。段ボールなどに詰めたら窮屈でかわいそうです」


 未来さまは意味がわからなかったようでまたしても首をかしげます。

 男児、だから。



 ……こんなにも醜い大型犬のくせにわたくしの心はもうどうしようもなく乙女でそんなの単なるグロテスクだと、自覚はある。

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