つぶやき
事後ですか、と。いえ。事後といえば、事後なのでしょうけれども。それももしかしたらとても激しく互いの体液でさえも濃くなるセックスの事後よりも、濃厚な、朝なのでありましょうけれど。
未来さまとコロは、キングズベッドの上でふたり、抱き合うようにしてすやすやと眠っていました。コロはときどき脚を大きく動かします。未来さまをまあ派手にキックなんかしてしまって。そのたび未来さまは小さくううんと言いますが、起きるわけではなさそうです。檻に閉じ込めていたからわからなかったけど、コロはもしや寝相の悪い子なのやもしれん。
とても、自然な、光景でした。
爽やかな朝でありました。きょうは、晴れです。天気予報のアナウンサーは朝から国民が無意識で気持ちよく心地よくなれるよう適度な知的レベルを演出している。おつとめご苦労さまということでございましてね。
わたくしは柄にもなく思う。……この子たちは、そんな世界で、生きていく。これから。
そんな感情はおくびにも出さずにわたくしはシュッと遮光カーテンを開けました。まぶしくなる。ぱあっと。
ベッドの上の未来さまは上半身を起こし、目をこすった。わたくしは引き続きシャッシャッとカーテンを開けていく。カーテンを開けるといった程度のことだって部屋が広いですので一瞬で終わるというわけでもないのです。
「……んー、あ、飯野おばさ――あっ」
「なんでございましょ、坊ちゃま。おはようございます」
「あの、えっとね、これはね」
「坊ちゃま。朝のごあいさつは」
「おはよう飯野おばさん、それでね、あのね、これはね、違うの、僕の話を聴いて」
「……なんのお話なのか飯野にはとんと見当もまったくわずかもみじんもわかりませんねえ? 説明くださいまし」
「コロは僕が乗せてやったの。ベッドに。あのね、檻から出したのも僕。あのね、そのね、んっとね、えっとね、そう、僕が命令したんだ。コロをしつけなきゃいけないって思ったの。だから僕なの、僕がベッドに乗せたの。無理やりしたの。コロじゃないの……」
「はあ。それがなにか?」
「だからコロは悪くないの」
未来さまは毛布にうつむき、ふたたび目を上げた。……コロはまだ、寝ている。ふだんなら眠りが浅くてすぐに物音に気がつくのに。裸の腹が深く上下している。……眠っているのだろう。この家に来てからはじめて、休んで、いるのだろう。
「コロは、良い子だから、コロのせいじゃないんだよ」
「……いえ。それはわかりますがね坊ちゃん。それがなにか問題ですか?」
わたくしはカーテンを留めていく。もちろんわたくしはすべてわかったうえで、言っている。
「ベッドの上に乗せてあげましたんでしょ、コロを」
「……うん。でもね、」
「いえ。なにが問題であるのか飯野にはとーんとわかりませんねえ。……たまにはペットと寝るのも一興でしてよござんしょ」
「いっきょー?」
「それもそれでよろしいでしょうということです」
カーテンを開け終わり、まぶしくなった部屋で、わたくしはさりげなさを装って部屋から出て行こうとする。
キングスベッドの上では、――子犬がすやすやと、――しあわせそうに、眠っている。
「朝ごはんのおしたくもうできますからね。お休みの日だからといって二度寝してはいけないのですよ。……コロもちゃんと起こして連れてきてくださいな」
「はい、はい」
未来さまは子どもらしい生意気な口調で言った。
わたくしは後ろ手で、ぱたむ、と扉を閉めた。
じわり。感じるのは、朝に似つかわしくない、素直な劣情。
……ねえ薫子さん。私、がんばりましたよねえ。こんなのずっとずっと、見せられるほうの気にもなってくださいよ、傍観者、嗚呼、かくもつらく哀れで惨めで、ほんとうにそうなのはきっとあの器量よしの子でなく私なのだ、あの子は才能が、ある、ずっとずっと道を歩いて行けるだろう、はてしない道を。
わた、し、だって。
……私だって、かなうのであれば、
公子のように、運命づけられたかった。
私は……自分で自分をこのように運命づけるしかなかったのに。
「……自分を、なぐさめる」
わたくしはそのように自分をあざ笑った。カーペットの赤色はきょうもとても強烈に赤い。そしてわたくしは、歩き出す。お味噌汁を仕上げなくちゃね。朝はそうやってはじまっていくのですからね。
うまくやった。こんかいも。
だから、薫子さん。……ききにいこう。
こんなせつなすぎる仕事をさせておいて放置してばっかりのわたくしの欲望なんかいったい、どうして、くれるんですか、と。
(おわり)
はてなき道よ、続け愚かしくも 柳なつき @natsuki0710
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