阿子(1)
阿子、という名前にべつだん違和感を覚えたことはございませんでした。祖父も両親もわたくしを阿子阿子とかわいがり、ごく少人数の下男下女は阿子さま阿子さまと親しく呼びかけてきました。
名前は単なるラベル。祖父が飲むビールにぴたりと貼られたラベルのシールのようなもの。そのようにぼんやりと思っただけで、阿子という自分の名前そのものには興味など微塵も湧かなかった。わたくしも自身の名前の由来や名づけ親くらい訊けるほど知恵の回った子どもでしたら、いえ、しかしそれでしたらあるいは薫子さまはわたくしを目に留めなかったやもしれん。
わたくし、すえはこのような醜女でも、幼いころはまあ見れたものではあったようです。お世辞でかわいいと言われたこともございました。不細工犬でも仔犬であれば愛嬌のひとつもございましょう。
だが小学校も後半となってくるとお世辞でさえもかわいいと言われなくなり……おじいさんに似ているねえ、と褒めてるんだかけなしてるんだかわからない言葉をちょうだいすることが多くなり、しかし愚鈍な少女のわたくしは、そのときだけはあれと思ってあいまいにはにかんでも、そのことを妙だなどと思うほどの知性さえも持ち合わせていなかったのです。
ああ、恥ずかしい。薫子さまと出会う前のわたくしは、ほんとうに、ただの不細工犬でしかなかった。しかもしつけもなってないから意思疏通さえできないレベルね。
……薫子さまとの出会いはそんなわたくしの片頬を高笑いとともにビンタされたようなものだ。ビンタ、して、いただいたのだ。
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