第十八幕 呪士の戦い

 三日鎚と大鋏が死闘を繰り広げていたその頃……。


 雑賀川畔の珠が捕らわれていると思しき場所の裏手には、人知れず雷童丸がこっそりと姿を現わしていた。


 三日鎚の進行方向とは逆の北側より現れた雷童丸は、兜の上から被った頭巾を歩きながら取り払い、闘いやすいよう、羽織った合羽も前を肌蹴けさせる……。


 すると、その下より現れた黒漆塗りの甲冑の胴部分には、さすが〝鳴神の呪士〟らしく、虎柄の腰巻を捲いて連太鼓を担ぐ雷神の姿が描かれていた。


 それは前後二枚の一枚板(もしくはそう見えるようにした複数の鉄板)を用い、左脇を蝶番ちょうつがいで繋いで胴を作った「仏胴具足ほとけどうぐそく」と呼ばれる甲冑で、表面が滑らかで変化がないため、通常、このように蒔絵や彫金で装飾を施すのである。


 雷童丸は戦闘の準備を整えつつ、歩みは止めずに目的地へと確実に近付いてゆく……。


 鋭く研ぎ澄まされた彼の視線の先には、河原の真ん中に白い陣幕で四角く囲われた奇妙な空間が存在する。


 一見、本陣のように見えなくもないが、それがそうでないとすぐにわかるのは、陣幕の上から天に向かって一本の白木の柱が真っ直ぐに伸びているためだ。


 その白木の柱――それはおそらく神が宿る依代よりしろ……やはり珠は、この陣幕の中に囚われているに違いない。


「急げーっ! 我らも舟で向こう岸へ行くのじゃ!」


「第一陣が柵を越えた! 今が好機ぞーっ!」


 そう雄叫びを上げながら、雷童丸の傍らを織田の武将達が駆け抜けて行く……。


 無論、この界隈にも多くの織田方将兵がひしめき合っているが、皆、川を渡って雑賀の城砦を攻めることに頭がいっぱいで、雷童丸に注意を払おうとするような者は誰一人として見当たらいない。


 いや、それ以前に敵兵がこんな所に紛れ込んでるとは思いもしないのだろう……。


 そんな戦場を悠然と横切り、白い陣幕で覆われたその場所へと辿り着くと、雷童丸は手にした三叉戟の柄を握りしめ、陣幕を上げてその中へともぐり込んだ。


「……!」


 そこには、案の定、珠がいた。


 だが、それはいつもの珠ではない……巫女の正装と化粧を施された彼女は、榊と注連縄で仕切られた聖域の中心に立つ白木の柱に縛り付けられ、白目を剥いた大きな瞳で天を仰いでいる。


 その、神秘的な美しさを持ちながらも鬼気迫る形相は、普段の彼女を知る者にとってはあまりにも衝撃的で、見るに堪え難いものがあった。


「くっ……」


 変わり果てた珠の姿に雷童丸は表情を歪ませる。


「誰だ!? いかなる用があってここに入った?」


「ここへ近付いてはならぬというお達しを聞いておらぬのか!」


 そんな雷童丸に、陣幕の中で珠を囲むようにして立つ警備の者達が、声を荒げて槍を突きつけてくる。いずれも雑兵ではなく侍で、その数は十名にも上る。


「これじゃ、雷を落とすわけにもいかないな……」


 不審がられた雷童丸はその侍達の方ではなく、天高くそびえ立つ珠の縛られた柱の上方を見上げて呟く。


「オンマケイ・シツバラヤ・ソワカ……」


 そして、摩醯首羅天まけいしゅらてん――ヒンドゥー教で云うところのシヴァ神の真言を唱え、三叉戟を天に向けて掲げた。


 そうして雷童丸が獲物にしゅをかけると、その三叉に別れた刃の先端にはいつかの刀と同じようにバジっ…と青白い電流が走る。


 三叉戟は破壊の神シヴァを象徴する武器であり、そのシヴァ神の前身はインドで古くから信仰されていた暴風雨神ルドラであるとされている。


 また、摩醯首羅天の別名を〝大自在天だいじざいてん〟ともいうが、大自在天といえば天満大自在天てんまだいじざいてん――即ち天神さま=菅原道真である。


 奇遇なことに、現在、学問の神さまとして信仰されている菅原道真も本来は雷神であり、いずれにしろ大自在天――シヴァ神は雷と縁の深い神なのである。


「そこをどいてくれないかな? どかないと命の保証はしない」


 雷童丸は三叉戟の切先を侍達に向け、静かにそう勧告する。


「なにをっ…!」


「おのれ曲者かっ!?」


 無論、彼らがその勧告に従うわけもなく、逆に槍を振り上げると一斉に雷童丸目がけて踊りかかった。


 ギン! …ギン! …ギン! …ギン…! 


 突き出される幾本もの槍を、雷童丸は激しい火花と甲高い金属音を上げながら、長大な三叉戟を振り回してすべて撥ね退ける。


 …ズバッ! ……ザスッ! …ガスッ! ……ザシュ…!


 続け様、返した刃先を素早く繰り出すと、襲いかかる侍達の甲冑の隙間を斬り裂き、あるいは鎧ごと叩き潰して次々に打ち倒してゆく。


「うぐぁ…」


 最後の一人が短い呻き声を上げて崩れ落ちる……倒れ伏す侍達の身体には、まるで落雷でも食らったかのように白い湯気の立つ斬撃の痕が残っていた。


「相手を殺そうとする者は殺されたとて文句は言えない……これも因果応報。悪く思わないでくれよ」


 そんな侍達の骸を冷徹な瞳で見下ろし、雷童丸はどこか淋しそうに呟く。


「……雑賀衆に飛礫で織田軍を惹き付けさせ、さらに三日鎚で陽動をかけといて、その間に裏からお珠ちゃんの居場所へとおいらが乗り込む……さて、ここまではうまくいったけど、どうにも見張りの兵が少なすぎるな……てことはいるんだろ? 間見! 隠れてないでとっとと出て来い!」


 それから独り言のように呟くと、辺りを見回しながら声を張り上げた。


「……フフフ。来ると思っていたぞ、鳴神」


 すると少し間を置いて、白い陣幕の背後から平べったい顔にイヤらしい笑みを張り付けて間見が姿を現した。


 今日の間見は雷童丸同様、色は違えど仏胴具足の甲冑を身に着けている。


 その臙脂えんじ色の甲冑の胴の装飾は、海辺で遊ぶ二匹の蟹を銀板に金で描いた非常に雅なものであり、その兜にも間見の性格を反映してか、蟹を擬した装飾が施されている……というより、なんだかカニの被り物を頭に被っているような感じだ。


「せっかく知恵を巡らしたのに残念だったな。呪士といえども所詮はまだまだ若造……貴様の浅はかな考えなどすべてお見通しだ。ちなみに陽動の方にも手は打ってある。今頃、貴様のウサギは我が大鋏のハサミでバラバラにされていることだろうよ」


「フン。こっちだって、お前が待ち構えていることは想定の内さ。それにおいらの三日鎚はウサギはウサギでも鉄をも喰らう狡兎だからね。お前の蟹の方こそ殻ごと食い破られて鍋の具にでもなっている頃だろうさ。絶縁の呪士・間見甲次郎! …いや、お前なんか呪士と名乗るのもおこがましい! 呪士の掟を破り、織田なんかの下僕に落ちたこの外道野郎め!」


 雷童丸は間見の方を振り返ると、怒りを顕わにして負けじと言い返す。


「まあ、なんとでも呼べ。貴様のような若造に我ら・・の崇高な考えはわかるまいて……因果応報の掟に縛られた呪士などに、最早、この乱世を鎮めることはできぬということをな」


 だが、雷童丸の罵声にも、間見は感情を高ぶらせることなく冷静な口調でそう答える。


「黙れ! そういう世の理を歪める奴らがこの乱世を作り出すんだっ! 仮にも呪士だった者になぜその理屈がわからない?」


「フッ…理屈か……その理屈が我ら・・貴様ら・・・とでは違うのだ……ま、いつまで話し合うても平行線であろう。なればまた一つの理――〝弱肉強食〟を持ってこの場の勝敗をつけるとしようではないか。さあ参れ。最年少で呪士になった者の力、どれほどのものか確かめてしんぜよう」


「ああ。どうやらそれしかないようだな。でも、そんなこと言って後悔するなよ? 呪士が因果応報の理を破るは大罪……そんな奴においらは容赦なんかしないからな」


 間見の言葉に雷童丸も頷くと、その童顔を一瞬にして闘う者の顔に変えた。


「それでけっこう。が、後悔するのは貴様の方だ。熟練の呪士の力を甘く見るなよ?」


 言うと間見は左右の腰に差した二本の刀を両手でさっと引き抜き、それを鋏のように交差させて構える……。


「フン! 言っただろ。もうお前なんか呪士じゃなく、ただの外道だってな!」


 雷童丸も対抗して毒づくと、三叉戟を間見に向けて身構える……こうして、呪士対呪士の当代稀に見る闘いの火蓋は切って落された。


「参る!」


 …ギンッ……!


 最初に仕掛けたのは雷童丸だった。


 雷童丸は、間見目がけて目にも留まらぬ早業で三叉戟を突き出し、その刃先を間見は二本の刀でしかと受け止める。


 と、その瞬間、三叉戟の刃にはまたも青白い雷電の光がバジッ…とほとばしり、接する間見の刀にも強烈な電流が流れ込む。


 しめた!


 雷童丸は心の中でそう叫んだ。これで間見も感電するはずである。


 ……しかし。


「封雷……」


 何か呟いたかと思うと、間見は電流を物ともせず、交差した刃で三叉戟を弾き、そのまま二手に別けた二本の刀を同時に振り下ろして雷童丸の肩口を斬りにかかった。


「うわっ…!」


 反射的に身を退いた雷童丸は、辛うじてその攻撃をギリギリでかわす。だが、肉体的には無事であっても、今の出来事による精神的な衝撃は大きい。


「な、なんだ今のは……それなら、オン・インドラヤ・ソワカ……地走ぢばしり!」


 予期せぬ出来事に目を見開く雷童丸だったが、それでも間髪入れずに今度は帝釈天の真言を唱え、三叉戟の穂先を地面へと突き立てる。


 すると、バヂバヂ…と地面の中を稲妻が走り、その向かった先に立つ間見の身体を一瞬にして貫いた。


「どうだ!」


「ハッハッハッ…どうした鳴神? 地面など突き刺しても、わしは痛くも痒くもないぞ?」

 

しかし、今度も間見はまったく損傷を被っていない。


「ど、どうして……どうして雷が効かない!?」


 一度目は偶然とも考えられるが、それが二度も続けばもう偶然ではない。なぜか電撃のまったく効かぬ相手に、雷童丸はいつになく驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。


「得意の雷電が通じず、かなり驚いているようだな……だが、別に驚くようなことではない。なに、わしはただ受ける雷難を封じただけのこと。つまりは禁呪きんじゅよ」


「禁呪……」


 訊いてもいないのに自ら説明してくれる律儀な間見に、雷童丸は鸚鵡返しのようにその言葉を呟いた。


 禁呪――それは、ある特定の〝もの〟を気や念の力によって呪縛し、そのものを己が自由自在に操れるようにする道教系(※中国の民間宗教)の呪術である。


 自由自在に操れるため、逆にその影響をまったく受けないようにすることもできるのだ。


 この禁呪の術は特に仙人などがよく用い、例えば火を禁じて火中に身を投じても燃えないようにしたり、水を禁じて水の上を歩けるようにしたのだと云われている。


「くそっ! おいらが雷だけを使うと思うなよ! 雷が駄目ならこれでどうだっ! オン・アギャナエイ・ソワカ……火槍かそう!」


 自身の得意技を封じられ、一度は動揺する雷童丸だったが、気を取り直すと今度は火天――火の神アグニの真言を唱え、呪をかけた三叉戟から火の玉を間見に向けて放つ。


「封火……」


 ドバァァァーン…!


 火の玉は避けようともしない間見の身体に見事命中し、大爆音を上げて弾け飛ぶ。


「やったか!? ……ハッ…!」


 ……だが、その攻撃も火を封じた間見を傷付けることはできなかった。


「利かぬわ! はさみ剣法〝剪定〟!」


 …シャキ! シャキ! シャキ! シャキ…!


 眼前を塞ぐ爆炎の中から勢いよく飛び出した間見は、交差させた二刀を鋏のように素早く開閉させ、加えてそれを超高速で突き出してくる。


「…んぐっ……」


 咄嗟に雷童丸は顔を覆うようにして身構えるが、二本の刀で作られた無数の鋏はまるで庭木のように全身を切り刻み、纏った甲冑の表面とその裏側に収まった彼の肉体を間髪入れずに傷つけてゆく……鎧のおかげで致命傷は免れたが、一瞬に全身創痍だ。


「…………ん、んな、バカな……」


 三度みたび、完全に攻撃を無効化され、なんとか跳び退いて間見の間合から逃れた雷童丸は、血の滲む体で片膝を突き、見開かれた瞳で間見を見つめながら唖然とする。


 このような相手とはこれまでに一度も闘ったことがない……やはり、自分と同じ呪士が相手ともなると一筋縄ではいかないらしい。


「どうだ、鳴神? これが絶縁の呪士たる我が最大の奥義ぞ。ハッハッハッハッハッ!」


「ちっくしょう!」


 勝ち誇ったバカ笑いを上げる間見に、それでも雷童丸は攻めの手を止めず、三叉戟で陣幕を斬り捨てて川端へ駆け寄ると、次なる攻撃を仕掛けようとする。


「ナウマクサンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ……龍吐水りゅうどすい!」


 川の水に足を踏み入れた雷童丸は、水天――諸龍の王・??陀ばるだ龍王の真言を唱え、三叉戟で水面を掻き上げる。


 ザパァァァァァーン…!


 すると、まるで龍が水中から飛翔するかのように、強力な水流が間見目がけて吹き上がった。


「封水……」


 だが、それも間見は難なく封じてやり過ごしてしまう。


「オン・ハリチベイ・ソワカ……地吹雪!」


 続けて雷童丸は地天の真言を唱え、三叉戟で大地を叩いて土塊つちくれの散弾を間見に浴びせかけてみるが。


「封土……」


 やはり、間見は無傷。


「オン・バヤベイ・ソワカ……旋風つむじ!」


 さらに風天の真言を唱え、三叉戟を振るって発生させた空気の刃を間見に飛ばして食らわそうとするも。


「封風……」


 風までも間見は封じ、またも雷童丸はかすり傷一つその身に付けることはできなかった。


「そんな……」


「鋏剣法〝蟹鋏かにばさみ〟!」


 …ジャキィィィーン…!


 その上、驚く雷童丸の隙を突き、今度は交差させた刀を大きく左右に全開し、それを巨大な鋏に見立てて彼の身体を上下に切断しようとする。


「…くっ……うぐあっ…!」


 危機一髪、またも跳び退くと仰け反る雷童丸であるが、わずか避けきれずに彼の胴鎧は真一文字に切り裂かれる。一瞬遅れていたら鎧だけでなく、その後にある腹もパックリと裂かれていたに違いない。


「…ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


「ハッハッハッ! これで互いの力量は充分に見極められたろう? ……が、さすが最年少で呪士になっただけのことはあって、なかなかに筋はよい。鳴神、古臭い呪士の掟など捨てて我らの仲間にならんか? 今ならばまだ間に合うぞ?」


 まるで歯が立たず、肩で息をしながら自身を睨みつける雷童丸を、間見は優越感に満ちた顔で見つめ、自分達の側に引き入れようと誘いの言葉をかけてくる。


「…くぅ、バカにしやがって……呪術が効かないなら武術で勝負だっ!」


 無論、そんな誘いに雷童丸が乗る筈もなく、三叉戟を握り直すと呪術を用いての攻撃は諦め、今度は純粋に〝腕づく〟での勝負を挑んでゆく。


 いくら呪術を封じていても、物理的に刃物で突き刺されれば無事ですむわけがあるまい。


「せやあっ!」


 雷童丸は渾身の力を込めて三叉戟を間見目がけ突き出す。


「封刃……」


 ガッ…!


 その鋭利な刃先は仁王立ちする間見の胸に物凄い勢いで突き刺さる……が、それでも間見に効いている様子は微塵もなく、カニに似た扁平な顔を不気味に歪め、ニヤリとイヤらしい笑みをその口元に浮かべた。


「……フハハハ…」


 見れば、三叉戟の切先は間見の甲冑の表面にぶつかっただけで、そこで動きを止めてしまっている。


「そ、そんなぁ……」


 雷も、火も、水も、土も、風も、そして刃の攻撃までもが封じられ、雷童丸は手にした三叉戟を思わず手放すと、わなわなと力なく後退りする。


 ……最早、闘う術は何も残っていない……もう、自分に勝ち目はないのだ……。


 何度攻撃を無効化されても果敢に闘いを挑み続ける雷童丸だったが、ここに到り、ついに彼の強い心もへし折れると、その戦意を失った。


 ……絶縁の呪士・間見甲次郎……禁呪をここまで使いこなすなんて、さすが熟練の呪士だな……呪士成りたてのひよっ子のおいらじゃ、やっぱぜんぜん敵わないや……。


 外道に落ちたとはいえ、大先輩たる呪士の見事な腕前に、心の中で雷童丸は溜息混じりにそう呟く。


 禁呪かあ……まさか、そんな唐土もろこし伝来の術まで間見が心得てるなんてな……あ、でも、間見の呪士号は〝絶縁〟だよな? こんなすごい技使えるのに、なんで〝禁呪の呪士〟じゃないんだろう?


 だが、いざ戦意を失ってみると、勝負への執着がなくなったせいか、意図せず敵のことをあれこれ冷静に分析できるようになる。


 ……呪を封じる術――禁呪……絶縁……ん? そうか、そのもの・・・・と〝縁を切る〟ことによって、間見はその影響を無効化しているのか……それが間見の使う禁呪の正体なんだ……。


 そして、逆説的にもたらされた心の余裕は、図らずも彼に間見の術の本質を見抜かせることとなった。


「あんたの場合は、おそらく悪霊や悪癖なんかを封じる〝封じ物〟を使った〝縁切り〟の呪法を応用し、そのもの・・・・との縁を絶つことによって完全にその影響をなくすというもの……ということは即ち、その攻撃を受けてもぜんぜん平気だけど、反面、自分もそのもの・・・・を使っての攻撃ができなくなる。だから次々においらの呪を封じ、とうとう刃物による攻撃まで封じてしまったあんたにはもう、何も攻撃する手段が残ってはいないのさ!」


「………………」


 雷童丸の語る禁呪の秘密に、動揺したのか間見は一瞬、口籠る……どうやら、その推理は間違っていなかったらしい。


「……だが、それがわかったからとてなんとする? どれほど理屈がわかっても、わしを倒すことができぬのに変わりはないのだぞ?」


 それでもわずか後、その変わらぬ事実に自信を取り戻してそう言い返す間見に。


「いや。だから別にあんたを倒す必要はないって言ってるんだよ」


 雷童丸はニヤリと口元を吊り上げて、不敵にそんな言葉を口にした。


「いいかい? おいらの一番の目的はお珠ちゃんを救い出し、この理不尽な暴風雨を止めることにある。ま、呪士としてあんたを許すわけにはいかないが、今の状況に限って言えば、別にあんたを倒すかどうかは二の次だ。っていうか、こうして邪魔してくれるから闘ってるだけの話さ。つまりね、攻撃してくる恐れがないんだったら、ちょっとの間、どっかに行っててもらえばそれで事足りるっていうわけだよ」


 笑顔でそう告げると、雷童丸はつかつかと間見の方へ歩み寄って行く。


「な、何をするつもりだ!?」


 戦場には相応しくない、愉しげな表情で近付いて来る雷童丸に、間見はそれまでと一転、ひどく動揺した様子で声を上げる。


 だが、いくら警戒して刀を突き出してみたところで、刃物との縁を切ってしまった今の間見には相手を攻撃することができない。


「クソ……止むを得ん。ここは一旦、封刃を解いて…」


 しかし、そのわずかな時間も雷童丸は与えない。


 相撲を取るぐらいに間合を詰めると、若干太くなったように見える両の腕で間見の身体をがっしりと掴み、彼に最後の質問をする。


「水遊びは好きかい?」


「な……」


「うおりゃああああああーっ!」


 そして、やはり太くなった両の脚を踏ん張るやいなや、気合いもろとも間見の身体を雑賀川目がけて放り投げた。


「うわあぁぁぁ…!」


 手力男神の腕力で投げ飛ばされた間見は、白い陣幕の上を悠々飛び越えて、見事な放物線を描きながら曇天の空を飛んで行く。


 ……ボッシャアアアァァーン…!


 わずか後、その茹でた蟹のように紅い色をした物体は大きな水柱を水面に噴き上げ、増水した雑賀川の濁流の中へと姿を消していった。


 水との縁を絶っているので溺死することもないだろうが、反面、そのために泳ぐこともできず、これでしばらく上がってくることはできまい。


「フゥ……これで邪魔者は消えたと。後はいよいよ本命だな……」


 あえなく間見が水底に没すると雷童丸は大きく一つ溜息を吐き、休む間もなく珠の縛られた柱の方へと向き直った。




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