第四幕 呪士宿御蔭屋

「――ここが、その呪士宿ですのね……」


 まだ日の高い申の刻(午後四時くらい)ばかりの頃、旅の商人や神宮への参詣者が行き交う慌ただしい宿場の喧騒の中、雷童丸と珠は関宿の呪士宿「御蔭屋おかげや」の前に立っていた。


 その木造二階建ての店構えを珠は物珍しげに見上げる。


 ただし、呪士宿とは言っても外観は特に他の宿屋と変わり映えするものではなく、軒先にかかる「呪」の文字の大きく書かれた木の看板だけが、そこが呪士宿であることを示している。


「そう。伊勢国におけるおいら達の拠点の一つ、呪士宿の御蔭屋さんだ」


 店名の黒く染め抜かれた白色の暖簾を見つめながら、珠のとなりに立つ雷童丸がやや安心したという面持ちでそう答えた。


 鈴鹿の峠を伊勢側に下りた所にある関宿は、古代よりの重要な関所〝鈴鹿の関〟があるばかりでなく、東海道と神宮に向かう伊勢別街道の分岐点「東の追分おいわけ」や、東海道と大和街道の分岐点「西の追分」も存在する交通の要衝であった。


 中世末頃にはすでに宿場としての体裁が整えられていたらしく、呪士達も移動や物資の輸送に便利なこの場所に呪士宿を設け、彼らの拠点の一つとしていたのである。


「旅先で何度か見かけたことはありましたけれど……わたくし、呪士宿の中へ入るのは初めてですわ」


「んじゃ、今回はいい機会だね……さ、いつまでも突っ立ってないで入るよ」


 いまだ店構えを興味深げに観察している珠を促し、雷童丸は先に立って暖簾を潜る。


「ちわーす……」


「いらっしゃいませ~! ……ああ、雷童丸はん。お早いお帰りですなあ」


 すると、白い着物に赤いたすきがけをし、帳場の床を熱心に雑巾がけしていた若い娘が、コロコロと鈴の鳴るような声を上げて雷童丸の方へ顔を向けた。


 彼よりも二、三歳下に見える、クリクリと大きな目をしたこの娘は御蔭屋の女中・お駒である。


「ま、あの程度の仕事なら一日とかからないからね。本当なら昨夜の内に帰ってくるつもりだったんだけど……ちょっと野暮用ができちゃってね」


 そう告げながら雷童丸は、後に続いておそるおそる入って来た珠の方を横目で見やる。


「えっと……旦那さんはいるかな?」


「旦さんでっか? へえ。いやはりますけど。今呼んできますよって、どうぞ足の汚れなと落としといとくれやす。さ、そちらの方もどおぞ」


 店の奥を覗き込むようにして尋ねる雷童丸に、お駒は弾むような声で返事をしながら水の入った木のたらいを二人の前へ差し出す。


「ああ、ありがとう」


「すみません」


 二人がそう答え、店先の土間を帳場の方へ進もうとしたその時。


「グルル…」


 雷童丸の懐から彼の霊獣――三日鎚がちょこんと小さな顔を突き出して鳴いた。


「あら、ウサちゃん……そういえば、今朝から見ないと思っていましたら、そんな所にいましたのね」


 その愛くるしく鼻をヒクヒクさせる小動物を目にし、珠は思い出したかのように呟く。


「なんだ三日鎚? 腹でも減ったのか? 昨夜たらふく鎧や刀を食ったろうに」


「グルルルル!」


「ああ、わかったよ。ちゃんとやるから、そう怒るなって……んじゃ悪いけど、お駒ちゃん。ついでにこいつの餌も用意してやってくれるかな。いつもと同じに古い鉄釘かなんかでいいからさ」


 雷童丸は自分の腹から生えるように突き出た三日鎚の頭と何やら会話を交わし、そんな追加注文をお駒に伝える。


 狡兎である三日鎚は草を食べる普通のウサギと違って、普段は鉄屑なんかをその餌にしているらしい……。


「へえ。ほたら旦さん呼ぶ手間で三日槌ちゃんの餌も用意してきますよって、お待ちになっておくれやす」


 初々しい笑顔でそう答え、お駒は小走りに店の奥へと駈け入って行く。


「ああ、すまないね~!」


 遠ざかるお駒に声をかけると帳場の端に腰をかけ、草鞋と足袋を脱いだ足を雷童丸は水盥の中に浸けた。


 続いて珠もとなりに座り、険しい山道でついた泥をその白い足からきれいに洗い流す。


「呪士宿といっても、普通の宿屋とあまり変わらないんですのね」


 道中の疲れには心地よい冷水に足を浸しながら、珠が店の中を見回して呟く。


「ま、呪士が使うってだけで、ようは宿屋だからね。別に呪士だけに限らず一般のお客さんでも泊めるし……でも、宿屋としての仕事の他に、呪士宿にはもっと重要な役割があるんだよ」


「重要な役割?」


 同じく盥の水で疲れをとりながら、天井を見上げて答える雷童丸に、珠は怪訝な顔をして小首を傾げた。


「うん。おいら達の繋ぎ役・・・だよ。呪士に加勢を求める者は、先ずこうした各地にある呪士宿に仕事を依頼して、それが〝因果応報の掟〟に即して正当なものだと判断されると、適当と思われる呪士に指令が下るんだ。その時、都合よく宿に誰かいればその者に頼むし、もしいなかった場合は伝呪鳩でんしゅばとで一番近くにいる者に伝える……ほら、そこの鳥籠に入っているやつだよ」


「でんしゅばと?」


 再び首を傾げ、珠が示された店先の土間の隅を覗うと、壁には鳥籠が三つほどかけられていて、それぞれ中に一羽づつ白い鳩が入っていた。


「あれは呪士が特別に育てた伝書鳩でね、使い方を知ってれば、自分の思った呪士の所へ飛ばすことができる。だから、どこの呪士宿にも常備されてて、遠く離れている呪士と連絡を取りたい時に使うのさ」


「伝呪鳩ですかあ……初めて聞きましたわ。それじゃ、呪士宿は呪士さん達の伝言役なんですのね?」


「その他にも呪士が使うための武具や馬を用意しといて貸してくれたり、仕事の手間賃の計算をしたり、呪士同志が情報を交換する場所だったりと、とにかく、おいら達、旅から旅への暮らしをしてる呪士にとってはなくてはならない場所なのさ」


「へえ~そうだったんですのね……わたくし達玉依の民も同じく一所には留まらない旅暮らしですけれど、呪士宿がそんな所だとは今まで全然知りませんでしたわ」


 珠は感心したようにそう言うと、改めてこの呪士宿の中を見回した。


「別に秘密にしてるわけじゃないけど、関わりない者にはそんなもんだろうね……ま、何はともあれ、呪士宿の中に入ってしまえば、どんな権力者も手出しはできない。もしそんなことしたら、それは呪士すべてにケンカを売るようなもんだからね。だから今晩の内は安心して休みな。明日からはまた…」


「いやあ、鳴神はん! 女連れで帰って来るとはなかなか隅に置けまへんなあ」


 その時、店の奥からドタドタと何者かの足音が近付いて来たかと思うと、そんな冗談めかした男の声が二人の耳に聞こえた。


「……!?」


 その妙に明るい大声に、雷童丸と珠は二人して後を振り向く……とそこには、線の細い男が一人、飄々とした風情で立っていた。


 歳の頃は二十代後半くらい、馬の尻尾のような髷を頭頂部で結い、大柄だがひょろっとしたその身体には先程のお駒と同じように白い着物と、さらにその上から白い羽織を纏っている。


 だが、それよりも特徴的なのは南蛮渡来の眼鏡を鼻にかけていることだ。


「ハハ、なあに、ちょいと厄介な拾い物をしてしまいましてね……ああ、こちら、この御蔭屋の主人の平四郎さん」


 その上方訛りの男に笑って答えると、雷童丸は彼のことを珠に紹介する。


「御蔭屋平四郎にございますう。なにとぞよしなに」


 紹介された平四郎なる宿の主は、丸い硝子ギヤマンの奥の目を優しげに細めて珠に頭を下げた。


「この御蔭屋さんもね、以前は優秀な呪士だったんだよ」


「まあ! そうなんですの?」


「なあに、そないなもんはもう遥か昔の話ですわ。それに最年少で呪士にならはった鳴神はんなどと違うて、わては凡庸な呪士でしたしな。呪士いうても戦の方はからっきしで、そんで宿屋のオヤジに職変えってわけですわ」


 雷童丸の褒め言葉に珠も尊敬の眼差しを彼に向けると、御蔭屋平四郎は細い首を忙しなく振って謙遜してみせる。


「ま、呪士宿の主なんてもんは、そないな自分の才に悲観して引退したもんや免許もらえなんだ呪士生、年食って隠居した爺婆なんかがやってるもんなんですわ」


「何言ってんすか。おいらがまだ呪士生だった頃、〝念通ねんつうの呪士〟門下の〝念書ねんしょの呪士〟といったら、呪士生仲間の間でもけっこう有名だったんですから」


「あきまへん。あきまへん。そないに人を煽てても宿代は負けまへんで。んな有能な呪士やったら、こないな宿屋のオヤジなんぞしてまへんて。まあ、わては戦よりもやっぱりこうして商いしてた方が性におうてますわ……で、鳴神はん。こちらのべっぴんはんは?」


 それでも褒め称える雷童丸に平四郎は掌をひらひらとさせて警戒する顔を作ると、ここでようやく、その訳ありげな客人の方へと話を振った。


「ん? ああ、ええと、こっちは玉依の民の……お珠ちゃんです」


「お、お珠ちゃん?」


 わずかの逡巡の後、なんとなく敬称に〝お〟と〝ちゃん〟を付けて紹介する雷童丸だったが、あまり親しくもない人間……しかも、自分よりお子さま・・・・だと思っている雷童丸に〝ちゃん〟呼ばわりされ、珠は顔色を曇らせると、そのカエルのこどもか料理道具のような呼称を反復する。


「……珠です。ご厄介になります」


 だが、自己紹介の途中でいろいろ言うのも大人気ない行為だと思ったので、ここは堪えて、何事もなかったかのような顔で平四郎に挨拶を返した。


「へえ……あの噂に聞く玉依の民でっか。それはまた珍しいお客はんを連れてきはりましたな」


「いえ、わたくしにしてみれば、呪士や呪士宿の皆さまの方が珍しいですわ」


 物珍しげに声を上げる平四郎に、珠の方も「それはむしろこちらの台詞だ」といわんばかりに答える。


「まあ、呪士と玉依の民は似て非なるもんとでもいいましょか。同じような力持ってるわりに求められる仕事の内容は違はりますからな。お互い住み分けができてるいうか、そない関わり合いにもならんこっちゃし、呪士宿に玉依の民が泊まるちゅうことも滅多におまへんさかいな」


「そう言われてみれば、そうですわね……旅の途中、わたくし達は大抵ひいきにしてくださった村や町のおさのお宅か、でなければ神社やお寺などに泊まりますから。わたくしもやはり、仲間内で呪士宿に泊まったというような話は聞いたことありませんわ」


「そうでっしゃろ。ま、そやかて、別にお互い仲が悪ろうて関わらんわけでもなし、うちんとこは玉依の民みたいな珍しいお客はんでも大歓迎ですわ。特に、お珠はんみたいなべっぴんはんはな。ハハハハッ!」


 そう言って珠に片目を瞑ってみせると、平四郎は高らかに笑い声を響かせる。


「ま、お世辞がお上手ですこと。ホホホホ…」


 そんな調子のよい宿の主人に珠も顔を綻ばせるが、そのとなりで雷童丸が不意に真剣な表情になって再び口を開いた。


「このをここへ連れて来たのには理由わけがありまして……実は、仕事を頼まれたんです」


 それを聞き、平四郎も不意に笑うのをやめ、訝しげに眉をひそめる。


「仕事って……呪士の仕事でっか?」


「はい。この娘が鍬形の陣中に捕えられていたところを偶然見つけて助け出したんですが、なんでも織田方に狙われてるらしく、安全な所まで護送してほしいと言うんです」


「なるほど……で、その依頼を引き受けたと?」


「ええ……なんというかこう、行きがかり上、止むを得ず……」


 確認する平四郎に、雷童丸は露骨に嫌そうな顔をして頷く。


「しかし、そりゃ掟に照らし合わすとマズいんとちゃいますか? まあ、こないなカワイらしい娘はんに頼まれたら、なかなかいやとは言えへんと思いますけど……せやかて呪士がそこまで一個人の事情に介入するゆうのは…」


 話を聞いた平四郎はこれまで通りの軽妙な口調ではあるものの、困惑した様子で腕を組むと、呪士の理に則って苦言を呈する。


「あ、いえ。それがそういうことではなくてですね、どうやらもっと大きな話らしいんですよ……そのことでちょっと相談したくてお呼びしたんです。あと、昨日の鍬形の件の報告もありますし……」


 だが、雷童丸の方もよりいっそう難しい表情を作ると、奥歯に何か引っかかってるような調子で彼にそう言って返す。


「ああそいえば、それもありましたな。すっかり忘れてましたわ……よっしゃ。なんや知らんが、いろいろ立て込んだ事情がおありのご様子。ほな、こないなとこで立ち話もなんですし、先ずは旅支度を解いてもろて、それからわての部屋ででもゆっくり話しましょ。ああそうや! 道中お疲れやろし、先にお湯なと使うとくれやす。今、用意させますよって…ああ、お駒、ちょうどええとこ来たわ」


 平四郎がそう切り出したところへ、ちょうどお駒が店の奥より戻って来る。


「へえ、なんでっしゃろ? 旦さん」


「鳴神はん達を部屋にお連れしてから湯殿にご案内して差し上げて。あと、風呂焚きのもんに湯加減ちょうどええようにしとけ言うといてくれるか」


「へえ。わかりました。ああ、雷童丸はん。三日鎚ちゃんの餌、持ってきましたよ」


 素直な返事を主人に返し、お駒は手にした数本の錆び釘を雷童丸の方に差し出す。


「こないなもんしかおまへんけど、これでよろしか?」


「ああ充分だよ。なあ、三日鎚?」


「グルルル…」


 雷童丸の問いに嬉しそうな鳴き声を上げ、三日鎚は彼の懐から飛び出すと、お駒が土間の上に置いた鉄釘目がけ一目散にかぶりついた。


「ガリガリ…」


 門歯が鉄を噛み砕く微かな音が、硬く突き固めた冷たい土の床の上に響く。


「ウサちゃん、ほんとに鉄を食べるんですのね……」


 珠は目をまん丸くして、その世にも珍しき狡兎の食事風景を好奇の眼差しで見つめていた。


 ウサギが鉄を食らう姿など、よくよく考えればなんとも奇怪で驚くべき光景のはずなのであるが、普通のウサギと寸分違わぬ、ふわふわモコモコのカワイらしい容姿をしているせいか、その仕草を見ているとなんだか自然と和んでしまう。


「さ、ほんならお二人さん、どうぞこちらへ」


 そうして三日鎚の餌やりをすますと、平四郎は帳場の奥の方へと進み、雷童丸と珠にもついて来るよう促す。


「そんじゃな、三日鎚。おとなしく飯食って待ってるんだぞ? 湯殿へ行く時に拾って一緒に連れてってやるからな」


 その声に、雷童丸も相棒に断りを入れ、立ち上がって帳場の板床へと上がる。


「あら、ウサちゃんも湯に入るんですの?」


 同じく帳場に上がった珠は、また少し驚いた顔をして声を漏らす。


「ああ。こいつはけっこう湯に入るの好きだぞ? それも熱い湯にね」


「熱いお湯? そのままウサギ汁になってしまいそうな……なんだか、いろいろと珍しいウサちゃんですわ」


「いや、まあ、珍しいウサギというか、狡兎・・なんだけどね」


 そんな少々変わった世間話を交わしつつ、お駒について廊下を店の奥の方へと進んで行く二人……。


「そういえば、この前からずっと気になっていたんですが……」


 途中、どうやら好奇心旺盛らしい珠が、またしても何か訊きたいという素振りで雷童丸に声をかける。


「ん?」


「その〝鳴神〟というのは一体なんなんですの? 〝鳴神の呪士〟だとか〝鳴神はん〟だとか……鳴神って、雷さまのことですわよね?」


「ああ、それはね。呪士号じゅしごうといって、おいらの呪士としての通り名っていうか、屋号みたいなもんかな? 呪士生から呪士になる時に各々の持つ力に相応しい号を師匠からもらうんだ。んで、おいらは雷に関する呪術が得意なんで、雷の別名を採って〝鳴神の呪士〟なわけさ。ちなみにおいらの師匠・鬼城兵庫之介おにしろひょうごのすけは〝剣鎧けんがいの呪士〟、御蔭屋さんの現役だった頃の通り名がさっきも言った〝念書の呪士〟だね」


「へえ~…そういう意味だったんですのね。呪士って、知っているようでまだまだ知らないこといっぱいですわ」


「こちらのお部屋になります」


 珍しい呪士の話に珠はまたも感嘆の声を上げるが、そうこうする内にもどうやら部屋についたらしく、お駒が振り返って二人に告げた。


 そこは、枯山水の中庭に面した六畳ほどの部屋であった。室内はこざっぱりとしていて、なんだか京の都の禅寺にでもいるような風情があり、泊まるには申し分のない部屋だ。


 ただ、一つ。そんな素晴らし部屋ではあるのだが、雷童丸には申し分があった……それは、なぜか一部屋・・・だということである。


「荷物置いたら、あたしについてきておくれやす。湯殿にご案内しますさかい」


 特に気にする様子もなく、その部屋だけを案内して終りにするお駒に、雷童丸がおそるおそる尋ねる。


「あの、お駒ちゃん。ちょっと訊きたいんだけど……もしかして、おいら達二人でこの一部屋?」


「へえ」


お駒はやはり何も問題はないというような笑顔であっさりと頷く。


「二人、別々じゃなく?」


「へえ。もちろんです」


 もう一度、念のため確認するが、やっぱりお駒は明るい声で微塵の躊躇もなく答える。


「もちろんて……いや、それは問題あるでしょう? その……なんとうか……年頃の男女が一緒の部屋っていうのは……」


 雷童丸は眉を「へ」の字にして、なんだかモゴモゴと口籠りながらお駒へ文句をつけるが。


「あら、あきまへんでした? てっきりお二人はそないな関係かと思うて。あえて気ぃ利かして一部屋にしたんですけど……」


 お駒はまだ幼い無邪気な顔をして、そんな大人びたことを言ってくれている。


「いや! 違う! 違う! 君はとてつもなく大きな勘違いをしてる! おいら達はそんな関係でもこんな関係でもなく、昨夜偶然あったばかりのただの呪士とその仕事の依頼者だ! だから、二人同じ部屋というのは……ねえ、お珠ちゃん?」


 雷童丸は首をふるふると振ってお駒の誤解を慌てて否定し、同意を求めるように珠の方へと顔を向ける。


「わたくしはかまいませんわよ」


 だが、珠は澄ました顔で、さらりとそう言って退けた。


「え……?」


 その意味深長な発言に、雷童丸は口をポカンと開けたままいろいろな邪推をしてその場で固まってしまう。


 しかし。


「あなたのようなお子さまでは、手込め・・・にされるような心配もなさそうですものね」


 ポカン顔の雷童丸を他所に、珠は人を小馬鹿にしたような口調でそう言葉を続けた。


「んな……なんだとっ! またおいらをこども扱いしたなっ! おいらだって一人前の大人の男だ! その気になればなあ、おいらだって夜は野蛮な狼に……って何を言わすんだあっ!」


 またも自分をこども呼ばわりする彼女に逆上し、雷童丸は勝手に一人ツッコミを入れて自爆した。


「と、とにかく! おいらは呪士だ。呪士たる者、たとえ邪な気はなくとも女子と一夜の宿をともにするなどもっての他! お駒ちゃん、是が非にも二部屋用意して!」


「さよか? なんや、つまらんお人やなあ……仕方おまへん。ほな、お珠はん。こちらのとなりのお部屋へ」


「はいはい。無理して大人の振りなんかしてみせて……ま、そんな背伸びをしたいお年頃なのですわね」


 独り声を荒げて騒ぐ雷童丸に娘二人はいたく冷静な態度で対応すると、彼の前を通り越して、となりの部屋へと向かう。


「んが……自分達だって、そんな歳は変わらないくせに……ってか、お駒ちゃんはおいらより年下だろう!? ったく、女子っていうのはどいつもこいつも……」


「まあ、こちらも素敵なお部屋ですこと」


「そうでっしゃろ? 湯殿の方もなかなかええですよ」


 女子二人にすっかり小馬鹿にされている若干十五歳の最年少呪士・雷童丸は、最早、彼のことなど眼中にない彼女達を見つめながら、廊下の真ん中でただただ呆然と佇むことしかできなかった――。

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