第三幕 二人旅

「――ハァ……」


 その翌日、雷童丸は溜息まじりに、ひどく不満げな顔で鈴鹿峠の長閑な山道を歩いていた。


 彼らの頭上には澄み切った爽やかな青空が広がり、風もなく、日当たりもよい、今日は昨夜と打って変わって絶好の旅日和である。


 それなのに、なぜ雷童丸の機嫌が悪いのか? それは、偶然拾ってしまった巫女の娘――珠を遥か遠方まで送り届けなければならなくなってしまったからである。


 ちょっとそこら辺まで送り届ければいいと思って安請け合いしてしまったところ、そこら辺どころか伊賀国から鈴鹿山脈を越えて伊勢国に入り、さらには伊勢を斜めに縦断して南東の神宮付近まで行かなければならないのだ。


 神宮とは、言わずと知れた「皇大神宮こうたいじんぐう内宮ないくう)」と「豊受大神宮とようけだいじんぐう外宮げくう)」のこと――世俗にいうところのいわゆる〝伊勢神宮〟である。どうやらその近くに珠の仲間である玉依の民の隠れ里があるらしい……。


「ほんとなら、今頃、宿でのんびり風呂にでも入ってるはずなのにな……」


 昨夜、福地の依頼で鍬形信氏らを成敗し、ついでに珠を助け出した雷童丸は、その後、福地の籠る山城に向かい、そこで一晩厄介になった。もともとの予定では福地に仕事の報酬をもらった後、休まず城を発って鈴鹿峠を越え、下ってすぐの所にある関宿の宿屋へ帰るつもりだったのだが、予想外にも変な拾い物をしてしまい、女連れで夜の峠を越えるのもなんなので、やむなく翌朝の出立しゅったつに変更した次第である。


 正直、どこか近くの村にでも連れて行って、それで終りと簡単にいきたいところなのではあるが……どうやら珠の話によると、彼女は織田が必死になって狙うほどの〝ある力〟に関わる秘密を握っているらしく、呪士としてはさすがにそうするわけにもいかない。なので、安全が確かな場所となると、一番近くてもその隠れ里まで行かねばならないのだ。


「まさか、こんな遠くまで付きあわされる羽目になとは……」


 昨夜、偶然にも珠を見つけてしまったことを雷童丸は後悔する。


 いや、それでも初めの内は面倒臭く思う反面、心弾む思いというのも少なからずあった……なぜならば、彼女が稀にみる美貌を持った見目麗しい女子おなごだったからである。


 そんな美少女との降って湧いた二人旅、男子おのことして誰しもうれしくないはずがない。殊に雷童丸のような多感な年頃の少年となればなおさらだ。


 そう。うれしくないはずがなかったのであるが……


「ねえ! ちょっとお待ちになってくださいます? ……ハァ…ハァ…あなた、歩くのが早すぎますわよ?」


 昨夜の巫女装束と違い、淡い藤色の小袖に市女笠いちめがさを被った旅姿の珠が、遥か先を行く雷童丸の背中を息を切らして呼び止める。


 珠本人はいたって速く歩いているつもりなのであるが、それでも気がつくと、かなりの距離が開いてしまっているのだ。


「ああん? そっちが遅いんだよ。ハァ……だから女連れでの旅はしたくなかったんだよ……」


 一方、昨夜同様、真っ黒い頭巾付合羽を羽織った雷童丸は、ものすごく面倒臭そうな顔をして振り向くと、溜息とともに今日何度目かのぼやきを口にした。


「……ハァ、ハァ…何をおっしゃってますの……わたくしだって、いつも旅をしてますから、そこら辺の男なんかよりずっと足が速いんですのよ? …ハァ…ハァ……だから、やっぱりあなたの速さの方がどうかしてるんですわ。まだ、お子さまのくせして……」


 確かに呪士として鍛え上げられた雷童丸の脚力では、並の男でも追いつけないかもしれない。


 それに今朝、福地の山城を出立して以来、ここまでずっと歩きっ通しである。いくら旅慣れているとはいえ、女子の珠にはさすがに酷というものであろう。


「だから、お子さまお子さまって何度も言うなよ。そっちだってまだこどもじゃないか。そもそも歳はいくつになるんだよ?」


女人にょにんに歳を訊くなんて失礼ですわね……ハァ…ハァ……でも、特別に教えて差し上げますわ……ハァ…ハァ……わたくし、今年で十五になります」


 またもお子さま呼ばわりされ、いたく不服そうな雷童丸に珠は必死に追いつこうと息を切らしながら答える。


「十五~っ!? んじゃあ、おいらと同い歳じゃないか!」


「あら? そうでしたの? あなたの方が年下に思えましたけど」


「やっぱ歳変わらないじゃないか。そうとわかったら、もうおいらのことお子さま呼ばわりなんかするなよ?」


 同年とわかり、改めてそう注文をつける雷童丸であったが……。


「いいえ。歳は同じでも、わたくしの方が見た目も言動も大人びていますわ。それに、あなたは女人の扱いにどうやら慣れていないようですし……やっぱり、わたくしよりもあなたの方がまだまだお子さまですわ」


「なっ……くぅ~なんてムカつく女子おなごなんだぁ……」


 相も変わらず〝お子さま〟呼ばわりの珠に、雷童丸は絶句して顔を真っ赤にする。


 本日、彼が不満に感じているのはその歩みの遅さについてのことだけではない。それよりも、もっと彼の心を苛立たせているのは彼女のその物言いである。


 珠という娘はまことに美しく、その言葉使いも一見上品そうではあるのであるが、その言っていることの中身となると高飛車といおうか慇懃無礼といおうか、どうにも人を見下しているようにしか聞こえない。


 特に雷童丸については同じ年齢なのにこども扱いして、完全に見くびっているようにすら感じられる。


 なので、このような絶世の美少女と旅をしていても、うれしいどころか、むしろだんだんと苛立ちが募ってくるのである。


「とにかく! これ以上、お子さま扱いされたくなかったら、もう少しわたくしのことを気にかけて歩いてくださいます? そのくらいの女子への心遣いできなくては、到底、大人とは言えませんわ」


「んぐ……ええい、わかったよ! んじゃあ、ここらで一休みだ!」


 雷童丸は苦々しく投げ遣りにそう言うと、道の脇に逸れて休憩をとることにした――。




「――ねえ、どうしてそんなに急ぐんですの? 今日中にかなり神宮の近くまで行ってしまうおつもり?」


 そこら辺にある木の切り株に腰をかけ、竹の水筒に口をつけて一息入れると、ようやく元気を取り戻した珠が振り返っておもむろに尋ねた。


「いや。峠を越えたら関の宿場で一泊する。そこにおいらが一昨日泊まってた呪士宿じゅしやどがあるんでね。そこから呪士連じゅしれんの本部へ昨日の顛末と今度の件についても報告しときたいし。呪士の仕事を受ける際にはそうする決まりになってるんだよ」


 一方、疲れた様子も見せない雷童丸は立ったまま木の幹に背をもたせ、今後の予定について彼女にそう説明した。


「まあ! それじゃあ峠を降りてすぐじゃないですの! でしたら、そんなに急がなくたっていいんじゃありませんこと? 日もまだ高いことだし、もう少しゆっくり行きましょうよ」


「なに呑気なこと言ってんだよ。伊勢は今や完全に織田の領国だ。鍬形の話し振りからすると、どうやら織田の息のかかってる者のとこにはすでにあんたの手配が回っているようだし、ここら辺にだって探している者がうろうろしてるかもしれない。こんな襲うのに持ってこいな山ん中はなるべく早く抜けた方がいい。とりあえず呪士宿に入ってしまえば、いくら織田の者だって手は出せないからね」


 少々憤慨した様子で文句を口にする珠に、雷童丸も眉根をひそめると口を尖らせた。


 伊勢国はこれより遡ること九年前の永禄えいろく十一(1568)年に織田の侵攻を受け、北伊勢の有力豪族・神戸具盛かんべとももりの跡継ぎに信長の三男・信孝が養子として入り、また、南の戦国大名・北畠具教きたばたけとものりの子・具房ともふさの養子には信長の二男・信雄が入って伊勢の国司を継いだ。


 それ以来、実質、伊勢は織田の領土となっていたのである。


「それに鈴鹿の山といえば昔から山賊が出ることでも有名だからね。いずれにしろ、とっとと麓まで行っちまった方がいいってことさ」


「まあ、確かに用心に越したことはないんでしょうけれど……でも、だからって少し用心しすぎじゃありませんこと? こうして巫女装束を着ていなければ玉依の民だと気付かれることもないでしょうし、それにもし山賊に襲われたとしても、呪士のあなたならがいれば平気だと思いますけど……あ! もしかしてあなた、山賊が怖いんじゃないですの?」


 小袖の袖を広げてよく見えるようにし、訝しげな表情で反論をする珠であったが、不意に目を細めると疑わしそうに雷童丸のことを見つめる。


「なっ! …誰に向かって言ってんだよ! おいらは呪士だぞ? んなわけあるか! 別に襲われたってどうってことないけど、なるべくなら騒ぎは避けたいんでこうして用心してるんだ。騒ぎになると織田に居場所を突き止められる可能性もあるからな」


 珠の無礼な発言に雷童丸は再び顔を紅潮させるが、それでも彼女は疑いの目を向けたままである。


「……そもそも、あなた本当に呪士ですの? 昨日は誰も他に頼る者がいませんでしたし、暗がりで見せられた免許状についつい騙されてしまいましたが……やっぱり、あなたのようなお子さまが呪士だなんて、どう考えてもおかしいですわ」


「騙されたって……っていうか、またおいらをお子さまって言ったな!」


「それに一人当千いちにんとうせんの力を持つと云われる本物の呪士でしたら、山賊が何人来ようが織田の兵が何万来ようが全然平気なはずですわ。なのにこの過剰なまでの用心のなされよう……やっぱり、あなた偽物ですのね?」


「……ハァ…」


 いまだに呪士であることを疑って信じてくれない珠に、今度は怒るでもなく、雷童丸は深い溜息を吐いた。


「あのね。災いってものは往々にして自身の油断から生じるものなんだよ? つまりはこれも因果応報。その災いを招いた原因は油断していた者の方にもあるのさ。だから、いくら織田の者や山賊が大したことなくたって、こうして慢心せず、最善の備えをして事に当たるのが真の呪士道ってもんなんだよ。己の力に過信し、用心を怠るような呪士がいたら、それこそ偽物ってもんさ」


「一応、正論ではあるようですけれど……なんだか逃げ口上のようにも聞こえますわね……」


 疑いを晴らすべく、懇切丁寧に説明する雷童丸の話にも珠の疑念はなかなか解けない。


「ったく、疑り深いなあ……とにかく、そういう訳なんでそろそろ行くよ」


「え!? もう行くんですの? もう少し休んでいきませんこと?」


 仕方なく、そんな珠の疑念を解くのは諦め、再び歩きだそうとする雷童丸の足をまたしても彼女の声が止める。


「ハァ……だから、こんなとこに長居は無用だってさっきから言ってるだろう? いつまでものんびりしてるとほんとに山賊が……」


 ほとほと嫌になった様子で、そう言いかけた雷童丸だったが、なぜか最後まで言い切らぬ内に彼はその口を噤んでしまう。


「ん? ……どうかなさいましたの?」


「ほら、言わんこっちゃない。噂をすればなんとやらだ。怖い怖い鈴鹿の山の山賊さま達のお出ましだよ」


「えっ!?」


 その少々冗談めかした雷童丸の言葉に、珠も彼の視線が指し示す方へと慌てて顔を振り向ける。


 すると、何やら毛皮の袖なし羽織を着た小汚い男が五人ほど、木々の間をゆっくりこちらへと歩いて来るのが見えた。


「もしかして、本当に……山賊…さん?」


「へっへっへっへっ……こんな山ん中にガキの二人連れとは不用心なこったな」


 近付いて来た男達の一人が、むさ苦しい髭面にイヤらしい笑みを浮かべながら言った。


「んなとこでチチクリあってっと、この山を根城にしてる山賊達に襲われちまうぞ? ま、その山賊ってのは俺達のことなんだけどよ。ヒャッヒャッヒャッヒャッ!」


 それより少し離れた所に立つ目の血走った男も、そんな笑えない冗談を言って下品な声で笑う。どうやら、もしかしなくても彼らは本当に山賊のようだ。


「まあ、銭と金目の物すべて差し出しゃあ、おとなしく逃がしてやるから安心しな」


 また別の、坊主頭をしたガタイのいい山賊がドスの利いた声で告げる。


「いや、こっちの娘の方はなかなかの上玉だぜ? こいつを見逃すのはもったいねえ。まずは俺達でたっぷり味見したあと、遊女あそびめとして売っ払うってことにしようぜ? ペロリ…」


 さらにもう一人の太った山賊もイヤらしい目付きで珠を見つめながら舌舐めずりをする。


「ああん、それがいいわね。ついでにそっちの坊やの方も売っちゃいましょう? なかなかカワイイ顔してるから、男娼なんしょうとしていい値で売れるわ。衆道しゅどう好きな大名や坊主んとこに持ってってもいいし。なんなら、あたしのものにしちゃってもいいわん?」


 最後の一人、顔に白粉おしろいを塗って口に紅を引いたカマっぽい山賊も、そう言って艶めかしい目で雷童丸のことを値踏みしている。


 衆道とは男性による同性愛――いわゆる男色なんしょく、現代風にいえばBLのことだ。


 当時の日本では公然と行われており、武家や僧侶の間でもその辺の事情は変りなく、大名が美系の家臣と関係を持ったり、寺院にも稚児(ちご)というそれ専門の弟子がいることは珍しくなかった。


 また、宿場町などにも男娼を置いて客を取らせる店があったりなんかしたのである……まさに、腐女子天国な時代だ。


「ま、俺達に遭っちまったのが運の尽きだ。かわいそうだが覚悟を決めるんだな」


 髭面の山賊が再び口を開いてまた一歩、二人の方へと近付く……と同時に残りの山賊四人もじりじりと距離を縮めてくる。


 いつの間にやら雷童丸と珠は、その五人の山賊達にぐるりと周りを取り囲まれていた。


「ハァ……だから早いとこ峠を降りちまおうって言ったんだよ。ったく、面倒臭いなあ」


 雷童丸はそれまでもたれかかっていた木の幹から身体を起こすと、ぶつくさ文句を言いながら、珠を庇うかのように彼女の前に歩み出る。


「ハン! 小僧、いっちょ前に女を守ろうってか? やめといた方がいいぜ。ただ痛い目に遭うだけだからよう。ヒャッハッハッハッ!」


「ああん。痛い目なんてかわいそうよん。お兄さんが優さ~しく、優~しく、弄んであ・げ・る?」


 その行動に目の血走ったのとカマっぽい山賊が脅しをかけてくるが、雷童丸はまったく動せず、ただただとても面倒臭そうな表情を浮かべたままだ。


「お前らみたいなクズには雷を落とすのももったいない。クズにはこいつで十分だ……あ、いや、この長船兼光おさふねかねみつ業物わざものを使うのももったいないな」


 そして、山賊達にそう告げると、合羽の下に差していた刀をスラリと静かに引き抜いた。


「んだと、コラ!」


 当然、山賊達はそれを聞いて頭に血を上らす。


「ガキの分際で俺達とやるつもりか? そんなら容赦しねえぞ?」


「仕方ねえ。おい、小僧! 腕の一本や二本、折られるのは覚悟するんだな!」


 しかし、そう凄む坊主頭と太ったやつの他、怒りに鼻息を荒くする山賊達をさらに怒らせるような台詞を雷童丸は口にする。


「いや、少しでも生き延びたいと思うんなら、ほんとに殺す気でかかってきた方がいいよ? せっかくこっちが手加減して、剣で勝負してやろって言ってるんだからさ」


「くっ…このクソガキがあっ! 甘くしてりゃあ調子に乗りやがって!」


「かまわねえ! 男の方は殺っちまえっ!」


 そのなぜか上から目線な少年の言葉で、ついに山賊達はブチ切れた。全員、髭面の男の合図で荒っぽく刀を引き抜くと、怒りに任せて一斉に雷童丸へと斬りかかる。


「……ま、返り血を浴びたくないんで、多少、呪術は使わせてもらうけどね」

 

 だが、そんな危機的状況の中にあっても、雷童丸は口元に薄らと笑みを浮かべてなおも嘯く。


「掛けまくもかしこき建御雷神たけみかづちのかみ……」


 バヂ…。


 続けて、出雲の大国主命おおくにぬしのみことに〝国譲り〟を迫った武神であり、霊剣「布都御魂ふつのみたま」とも同一神とされる雷神・建御雷神の名を口にすると、右手に提げた刀の刃に青白い電流を走らせる。


「死にくされや、このガキっ!」


 ギン! …ギン…!


 雷童丸の小柄な身体に幾本もの凶刃が降りかかった瞬間、金属と金属が激しくぶつかり合う音が静かな山中に木霊する。


 ドス! …ガス! …ガッ! …ドシ! …バス…!


「うぎゃああああーっ!」


 そして、重く鈍い打撃音とともに絶叫する男達の悲鳴が聞こえたかと思うと、直後、その場には五人の山賊達全員が白目を剥いて横たわっていた。


 地面に投げ出された彼らの大きな図体は、ピクピクと小刻みに痙攣して脈打っている。


 そんな物言わぬ木偶人形と化した山賊達を見下ろしながら、時折、電流の輝きを纏う刃を右手に提げて雷童丸がぽつりと呟く。


「安心しろ。峯打ちだ……と言っても、感電死する分には責任持てないけどね」


「………………」


 その一瞬の内に起きた出来事を、珠は座ったままの状態で呆然と見つめていた。


「あ、あなた、ほんとに強かったんですのね……しかも、その雷の走る刃は……もしかして、本当に呪士ですの?」


「ハァ…今さらかよ……だから昨日から何度もそうだって言ってるだろ?」


 目を大きく見開き、まさに今さら訊くまでもないことを尋ねる珠に雷童丸は深い溜息を吐く。


「で、でも、今の目にも留まらぬ早さの見事な剣捌き……呪士って、呪術で戦うだけじゃなく、剣の腕の方もなかなのものなんですのね!」


 一方、童丸が戦う姿を初めて目の当たりにし、ようやく信じる気になった珠は素直に感嘆の声を上げる。


 そう。昨夜は助けられた後に出会ったため、彼の呪士としての面を見るのはこれが初めてなのだ。 


「ああ。呪士ってのは武士とまじない師の中間に位置する存在だからね。呪術だけじゃなく、剣や槍、組み打ちの技なんかもそれなりに使えるようには仕込まれるのさ」


 これまでには絶対、口にしそうもなかった珠の称賛の言葉を聞くと、雷童丸も一転、コロっと気をよくして、少々得意げに胸を張って彼女に答えた。


「ふーん。そうなんですのね……ですが、そうなると軍師なんかとはどう違いますの? わたくし、どうもよくわからないのですが、軍師も同じように占いや呪いをしたりしますわよね? それに忍の者なんかも不可思議な術を使ったりなんかすると思いますけれど……」


「まあ、確かに似か寄った存在ではあるかもしれないね。兵を動かすための軍配兵法も呪士に必要とされる術の一つではあるし、中にはそっちに職変えする者なんかもいたりするしね」


「では、ますます区別が難しいですわね」


「でも、軍師が戦だけではなく調略やまつりごとの場でも活躍するのに対し、おいら達呪士の活躍の場はあくまで戦の中だ。呪術を用いて戦う武士……それが呪士なのさ。一方、忍も時には警護や暗殺なんかをしたりもするけど、その主な役割は敵情を探る間諜だし、忍の技は呪術というより、人の心を惑わす幻術や体術、火薬を使ったものなんかの類だからね」


「なるほど。そういう違いがあるんですのね……今まで曖昧にしか理解していませんでしたけど、そう言われるとなんだかわかったような気がしますわ。つまり、呪士というのは呪いを行えますけど、戦うのが専門のご商売なんですのね?」


「ま、簡単に言ってしまえばそんなところかな。ただ、その呪いや薬草の知識を用いて、日頃は呪い師や医師をして暮らしてる人もいるにはいるんだけどね……さて、思わず長話しちゃったけど、早いとこここから離れよう。こいつらに仲間がいたりなんかしたらまた騒ぎだ。そうなったら今度こそ織田がこちらの居場所を突き止めるかもしれない」


 珠の質問に懇切丁寧説明していた雷童丸だったが、不意に思い出したかのようにそう告げると、さっさと踵を返して峠を下る道の方へと戻って行く。


「あ、ちょ、ちょっとお待ちになってくださいます!」


 そんな彼の後を追い、初めて実際に会う本物の〝呪士〟という存在に俄然興味をそそられつつ、珠も慌てて坂道を走り出した。

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