第19話 宣告
「ナイフに、弓矢、剣も勿論、あとあればで良いが…防具、そして食料もあったら助かる、あと携帯用の寝台があるならそれもだ、あ、お前あと馬も忘れるな、自分の馬持ってるか?」
ウヌリスが、自分の天幕の中を整理しつつ荷物をまとめるタッゲに声をかける。
「俺の馬なら…あぁ、勿論、俺用の馬がいるぜ、じゃあ鞍と鐙ももっていかねぇとな…」
そう言いつつタッゲは手を動かし続けたが、時折、なにかを考え込むように止まってしまう事があった。そして、今、ウヌリスにさえぎられた天幕の出入り口の隙間からまたその手が止った事がみてとれた。
「悪いが、感傷に浸る時間はないんだ、一度俺たちについていく決心をした以上、心変わりをされても困るしな」
タッゲの背中は少し揺れる。そしてウヌリスのほうを振り返る。
「すまねぇ…」
「ふぅ…まぁ無理もない、一人で落ち着いて準備しながら心を固めたほうが良いだろう、俺はこれ以上準備の邪魔はしない」
そう言ってウヌリスは天幕の入り口を上げていた右手を下ろし、自然に任せた。こちらを振り返る。耳元に顔をよせてくる。
「ふぅ~、罪な男だな…昔っから女の気配が少しもなかったが、まさか、会って少ししかしていない男をここまで惚れさせるとはな」
びっくりしてウヌリスを見る。惚れこませる?
「ははは…そんな顔で見るな、勿論分かっているさ女に向ける愛のような事を言ってるんじゃねぇさ…友情の話さ」
そういう事か…。確かに、新しい友情であったにも関わらず直ぐにそれは親友に向けるものと言っても過言でない物になった。いや、もっと近いようにも感じる…。
「暫く、あいつを待っている間、今の状況、俺が今何をしているのか、この先どうするのか話をしよう、お前も知っておきたいだろう?一緒に行動するならさ」
「あぁ、勿論知っておきたいな…」
ウヌリスは少し後ろに控えていた首長を振り返る。
「少し、落ち着いた場所で待ちたい、案内してくれなくれないか?あと、タッゲルトの準備が済み次第こっちに来させてくれ」
「良いでしょう」
首長はヂョウトルを呼ぶと私とウヌリスを首長の特別おおきな赤い天幕に案内した。山攻めの方法でもめた卓の前に向かい合って座る。
「まずは、俺の目的から説明していこう」
「なるべく分かりやすく頼む」
「俺の目的は敵の殲滅だ」
敵の殲滅とはいったいどういうことだろうか。敵とはなんだろうか。そのような事を考えているとウヌリスは具体的な説明に移っていった。
「まず、何回か言ったとおり俺の管理していた町は落ちた、俺たちの故郷であった村には軍事力が乏しかったから俺たちと協調して防衛権に入っていたんだが、町を落とされ本隊が殆ど壊滅したから退却するので精一杯でな」
軍事力、防衛権、本隊、山に囲まれたところでずっと住んでいた私にとってはあまりなじみのない言葉だ。特にウヌリスの領有していた町の全軍事力など把握していない。この目でくればしっくりくるのだが。
「…要するに、お前の村は俺の町が守る筈だったが敵の脅威が大きすぎたせいで、一切守れなかった」
村に多くの火が入ってくる光景。何かが破裂する音。思い出した。家族全員で山を歩いたあの日を。しかし、今では家族全員との大切な記憶だ。もう二度と全員でそろうことは出来ない。こんなものが大切な記憶になるとは…。
「そうか…気にしてないから、気にしてない…」
「…すまなかったな、俺ならなんとかできると思っていた、慢心が生んだ敗北だったのだろう、すまなかった」
考え込む。ウヌリスがたとえ善戦したとしても敵の脅威を押し返す事ができただろうか。あの町は私が知っている中で一度も落ちたことはなない。度々、あの町に脅威がせまっていたらしいが結局落ちなかった。町は長い間殆ど、防御施設が無い状態で自治を保っていた。つまり、全ての脅威を兵で押し返していた。
私の父の代。そのまた父の代。これ以上昔は知らないが…少なくとも一回も落ちることはなかったし、伝承でも、昔話でも1度も何かに屈したことは聞かなかった。だから、その町が落ちたという事は…
「ウヌリスのせいじゃないから、気に病まないでくれ、大丈夫、おれはこんなに元気だし、お前もこれからがある、なにも気に病むことはないさ」
「それでもだ、お前が本当に気に病んでいなかったとしても俺の心は平穏ではいられない、まず、お前への申し訳なさもあるが、俺も故郷は同じだろう?それもある、おまえだけじゃないさ、あの村の全員さ、死んだ人間は謝罪を受け入れてくれないからな」
ウヌリスの表情はあまり変わらなかった。昔からだった。喜んだ時やいたずらが成功したとき、何か面白い事が起こった時、ウヌリスは表情を良く変える。しかし、逆に悲しい時、絶望に沈んだ時などには殆ど表情が変わらなかった。だから、笑っている様子しか頭に残らない。
「ふふ…自分語りが過ぎたな、続きを話そう」
外からは鳥の鳴く音と、誰かが盛大にはしゃぐ声が聞こえる。
「俺はその敵に対して抵抗を試みてる、それは何も自分の復権の為じゃない、言うなれば…世界の為さ」
ぁー、とウヌリスは言う。少し考え込んでいる。頭の中で私に伝わるだろう文章を組み立てているのだろう。
「奴らはどこからきたのかは分からない、ただ急に現れた、広大で無益な大地からな、馬賊どもも定住民も小さい王国もつぶしながらこちらに来ていた…あの規模、あの力の軍を持った国があったならここの地域関係は今とは随分違っていた筈だ、それほどの力を持った軍勢が、何もないところから天気雨みたいに急に現れたんだ…」
なんとなくではあるが事の重大さが分かる。この大地の力関係を一気に壊してしまえるほどの力を持った集団が現れたのだ。
「前触れは…俺の町にはあったが…あれほどの力であればもっと前からある筈だった、奴らは空から現れたと考えたほうが納得できるんだが…それは自分への甘えだな」
空から現れる。そんな事があるのだろうか。
「奴らは降伏勧告をだす事はしない、兵は可能な限り皆殺しにし、町の人間でさえも可能な限り生かして返さない…領土と富の拡大が目的なら町を壊滅させても何も徳が無い、奴らにはただ瓦礫の散らばった「土地」しか残らないからな、目的は虐殺にあるのかもしれない」
聞けば聞くほど恐ろしい集団だ。どうやら、村の非難がおくれていたらすさまじい惨劇を目の当たりにしていたらしい。…まぁ、あまり変わらないかもしれないが。
「ただ、目的が虐殺だったとした場合何らかの政治的意図を持たなければならない、そうじゃなければ何の生産性もない行為だからな、なんらかの見せしめとか…
しかし奴らには恐らくそれが無い、あったとしたら何だ?人間じゃない…世界に対する見せしめか?だが、それも考えさせるほどに意図がわからないんだ」
世界に対する見せしめ…
「奴らは非常に強力だ、その秘密は奴らの技術にある、全く見た事の無い、集団だ、服装も武器も何もかも違う、恐らく誰も見たことがなかったような武器を扱う…」
はぁ…とため息が出される。
「仕組みはわからないが奴らは火の力で何かを凄まじい勢いで飛ばす…全く仕組みが分からないがな…だからな、少なくとも地域…いや大陸で一丸とでもならない限り奴らをせん滅する事はできないだろう」
「つまりその正体不明の敵をせん滅するために、協力を要請しようと町から退却しここまで来た、そしてこの先の国に言って協力を呼びかけると言うことか?」
「そうだ、その通り、ここを訪れた本来の目的は同盟の締結さ、味方は多いほうが良いからな」
「じゃあ…ここの人たちはこれからどうするんだ?一緒に来るのか?」
「いや…残念ながら、今直ぐに同行する訳ではない…山賊から勝ち取った土地で少なくとも厳寒期はこす気らしい」
「大丈夫なのか?」
「さぁな…まぁ首長としても多大なる犠牲を払って得た土地を直ぐには手放せないだろうしな…」
「…」
厳寒期はそれ程長い期間ではない。ただ、深く息をするだけでも命の危険があるのでなるべく屋内にこもり最低限の外出しかしないようにする。その期間なら敵の侵攻もないだろう。恐らく、大丈夫だろう…。
「つまり、まとめると俺の目的は未知の、世界に対する敵対勢力を壊滅させることだ、そしてこの先のコイズ・フロイド共同統治領にはその為の同盟を結ぶために向かう、そういうことだ」
ウヌリスは自分が船頭となって際限のない虐殺を止める気だ。本人の為では無く、地域の為、世界の為…。それは本当だろうか。私に対する度重なる謝罪。何度も気にするなと言っているが、それでも納得できない様子だ。ウヌリスは贖罪を求めている。しかし、それは決して私個人へのものだけではない。故郷としての村そのものに対する贖罪だろう。そして、その具体的な行為として敵をせん滅しようとしているのではないか。実際、村の多くの住民が実際に被害にあい虐殺されたのは決してその「敵」ではない。山賊である。もしかしたら、私たちが山賊に負けて撤退していればウヌリスは手近な相手で贖罪をできたのかもしれない。そう本人が思っているかどうかはやはり表情から読み取ることが出来ないが。
そもそも「敵」をせん滅したところでそれが「山賊」に殺された村人、故郷への贖罪になるのだろうか。
「準備が終わったぜ!」
大きな天幕の入り口からタッゲの声が響く。ウヌリスはそれを了承し、直ぐに行くと言った後に、横目でちらりとこちらを見る。そしてこちらに向き直る。
「というわけで、これからの旅、すまないが安全は保障できない、お前の望みを叶えたいとか言っているのにすまないな、大本の目的をどうか優先させてほしいんだ、協力というより巻き込むという形になってしまったことは本当にすまないと思っている……あともう一つ、すまないことだらけなのだが、もう一つわがままを聞いてはくれないか?」
一息おかれる。椅子の足が後ろに勢いよく下がり獣の皮をこする音。気がつくと目の前には肩を小さく上下させる男の影が立っていた。その顔はちょうどよく逆光になっており良く見えなかった。
「どうか、お前は死なないでくれ」
その声はほんのかすかではあったが震えている様にも感じた。
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