第10話 ある山の攻防②

首長の天幕は相変わらず、ほれぼれするような深紅をしていて、見る者を威圧すると同時に魅了しているようにも思えた。

赤い衣の大柄な男に続いてタッゲルトと共に天幕の中に入る。

内部ではすでに、一つの卓を囲んで6人の男たちが座っていた。

その一番奥には赤地の衣を着た首長が真剣な目つきで座っていた。

「おお、ついたな、皆、こちらはダッカさんだ、山に詳しい」

卓を囲む男たちは一斉にこちらを、少し怪訝そうに、見た。

「では、これより、始めよう」

こちらに向けられた視線はその声がかかると卓上に向けられた。

目の前に運ばれてきた折りたたみ椅子に座る。


「まず、攻撃目標とその目的を再確認する」

首長は卓の上に置かれた、大きな三角形の刻まれた板を指した。

「我々の目標はこの山の制圧およびそこにある食料資源の確保、皆心得ているな?」

男たちは一同に頷く。

「よし、ではまず敵拠点に対して具体的にどう攻めるかだ、いつもの様に年の若い順に、意見があれば言ってくれ」

一人の男が立ち上がる。

「我らの強みは馬です、それ以上のものはありません、そのため、拠点が発覚し次第山中を移動する必要がある事は確かですが、それでも馬を用いる必要があると思います」

男が座る。

少し引っかかる。

敵拠点、つまりあの山賊共の拠点は把握できていないのか。

つまり、どこを攻めるかを決める前に、どう攻めるかを決めようとしているのか?

次に年が上らしき青い衣の男が立ち上がろうとするのを首長が手で制する。

こちらをじっくりと見ていた。

「ダッカさん、なんだか府に落ちない事があるようですね、どうぞ、おっしゃってください」

一同がこちらを見る。

タッゲルトは困惑した様子で横にいる私の顔を覗き込んだ。

どうしたとでも言いたげな様子だ。

「あの、敵拠点ってまだ具体的には分かっていないのですか?」

場が静まり返る。

皆の視線が身を刺す。

「あ、ああ、まだ説明してなかったな、おおよその位置は帰って来た兵からの証言によって把握できているが…多分此方がわから見た中腹だ」

それはまずい。

山の光景は直ぐに変わり、また自身の位置も分からなくなる。

おおよそで把握していては、直ぐに遭難してしまう。

「山に道とかってあるのですか?」

非常に聞きにくい。

まるで何を分かり切ったことを聞いているのかという視線が身を貫く。

緊張してきた。

「後で言おうと思っていたのだが、実はその為に君がいるのだ、また後で頼みます」

少し見えてきた。

何をさせようとしているのか。

「私も何とかして山の上まで馬を運び活用すべきだと思います」

思考の外側では次の男が意見を述べている。

道のない山の中を案内させようと、いや、もしくは拠点を探させようと…

だが、いずれにしても…

つまり、まず私をつかって拠点を探させようとしているという事だろうか。


卓の周りの者、全員が意見を言い終わる。

馬をもっていくべきである、もしくは徒歩攻めしかない、という意見に分かれた。

首長が立ち上がり言う。

「ふむ、意見は分かった、しかし騎馬を用いて山を登るのは困難ではないかとも思われるな、少数部隊は徒歩だったが、ダッカさん、どう思いますか」

再び視線が集まる。

「え、っと、難しいと思います」

言葉に詰まる。

見れば分かるだろう。うまく言葉にできない。

場は静まり返っている。

どう説明すればいい。説明しなくては。

何とかして早く説明しなくては。


ポンと背中を叩かれる。

タッゲルトだった。

「落ち着け、ゆっくりでいい」

そう言われて、自分が無性に落ち着きをなくしていることに気づかされる。

深呼吸をする。

「道の引かれていない山では獣道を渡っていくことが確実です、しかし今回の山では獣道以外にも恐らく奴らの用意した道がある筈です、しかし大型の動物は通れない道だったり、大人数ではいけないような道であることは確実でしょう、その為、馬を伴って移動すると絶対に邪魔になります」

なんとか説明できた。タッゲルトのおかげだ。

最初に発言していた男がこちらを睨む。

「成程、やはり山に馬で乗りいれるのは現実的ではないという事だな」

一番最初に立ち発言した男が再び勢いよく立ち上がる。

「やってみないと、分からんだろう!」

激しい拒絶を感じる。どこの誰とも知らないこの私が意見をすることを快く思っていないのだろうか。

しかし、首長に意見を求められたから述べたまでだ。それが聞き入れられないなら一体どうしろというのだろうか。

首長が立ち上がり、はっきりとした口調で話し出した。

「やめないか、確かにお前たちの気持ちも分かる、名前しか知らない男の話を間に受けるのが嫌な気がするのは分かる、しかしな、私達は圧倒的に山慣れしていない、だから外部からの助言はどうしても必要だ、それが分からないか」

怒鳴るわけでもないが、決してやさしくはない口調でそう説くが先程の若者がまた再び口を開く。

「信用できるか!だれとも知らない奴を」

それに続き他の、馬で乗りいれる事に賛成していた2人も立ち上がり口々にやってみるべきであることを訴えた。

首長は少しため息をつくとタッゲルトを指して、一同が黙るまで待った。

「最初に言った通り、ダッカさんには奴らの拠点を発見してもらう為にここに来てもらっている、お前らの為にな、で、だ、ダッカさんが信用できなくともタッゲルトは信用できるだろう」

首長のその発言は場に困惑をもたらしたようだ。

タッゲルトは進み出てはっきりと言う。

「あのだな、俺とダッカはあの山をとる為にこれから奴らの拠点の具体的な位置を探る、俺たちは確かにあの山が必要だ、だが、このダッカはどうだ、俺たちの様に山が必要なわけじゃない、そんな奴が俺たちに協力してくれると言っているんだぞ、俺たちはこいつに頼るしかないのに、俺たちが信用しなくてどうする」

そういう事か…。私達が来る前からすでにどうこの私を使うか説明していたのか。

この会議の途中で私達は訪れた。

だから、とりあえず会議を先に進め決定事項として後で私にそのことを伝えようと考えたのだろう。

顔を見せ紹介する為に呼んだ。そういう事か。

思ったよりも危険極まりない。

どうせ行軍に連れていかれ道の案内でもやらせるのかと思っていたが。

2人だけで行くのだから。私の予想が甘かった。

より危険だ。

少数部隊が壊滅しているのにどうして、どうして…


会議はタッゲルトの発言のおかげかそれ以降、特に滞り無く結論までたどり着いた。

敵拠点の具体的な場所、それまでの経路がわかり次第、直ぐに100人を基本単位とした歩兵部隊を複数送り占拠するといったものだ。

今日から作戦準備を万全にしいつでも出撃できる様にするという事だ。

首長の合図で会議は終了し、私とタッゲルト以外の有力者らしき男たちは帰された。

首長が申し訳なさそうな顔をして寄ってくる。

「すいません、最後までどう協力してもらうかを言わなかったのは申し訳ありません」

予想していた事よりも遥かに危険性の高い事をやらされるというのだ。

拒否の言葉を直ぐにはきたいが、ここまで散々世話になった手前それは気分的にも難しい。

それに”それ”は許されるのか。

この場に言うべき言葉が出てこないで黙りこくっていると、再び首長が口を開いた。

「本当に申し訳ありません、山に慣れていない者を大勢引き連れて行くとなると貴方にとっての足手まといを増やすことになると思ったので、タッゲルトといって欲しいのです」

拒否はできない。

それにタッゲルトはこの事を知っていた様に思える。

知りつつも黙っていたのか。

「取り敢えず、準備ができ次第行って頂きたい、タッゲルトは良く良く動けますから、足手まといにはならないでしょうし」

首長のお願いします、と言う言葉を聞き私とタッゲルトはどちらとも無く天幕をでた。




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