第11話 ある山の攻防③
「知ってて黙ってたんですか?」
入り口の布を押し上げ、行くべき山を眺めながら聞く。
「え、なんのことだ?」
「私と貴方だけで…奴らの拠点を探る計画のことです」
タッゲルトは少し難しそうな顔をする。
肩の辺りまで垂れた、結われている黒髪を撫でながらこちらの顔を見た。
「あー、どう思う?申し訳ないが、俺がなんと言おうがお前は信じてくれないだろうなと思うんだが、それでも聞くのか?」
「ええ、答えを貰ったら、そのあとは自分でやります」
少し俯き加減になる。
「正直、予想はできていたが、知らされてはいなかった」
そうか
顔を覗き込むとやはり難しそうな顔で何かを考えている様な好青年がそこにあった。
「少し、俺の身の上話に付き合ってくれないか、道中でいいから」
「はい」
こうなった以上、覚悟を決めるしかない。
借り物の複合弓と矢筒、5本の矢を持つ。
兼帯に例のナイフを掛ける。
「お前の人形は俺が持っておく、だがこれを使わない様に俺が助けるから安心しろ」
準備は万端だ。
「今回はお前についていくことになるな、頼むぜ」
入り口の布を押し上げ、お世話になったこの家を再び振り返る。
山へ向かう為に再び草原に足を踏み入れた。
あの最も美しい朝日の場所。
最も優しい草達の寝床。
だが、それらは、今回はどうやらちっとも癒してくれないらしい。
「俺はなぁ、お前を信用しているんだ」
何故信頼されているのだ。
いくら自分たちの状況を変えてくれるかもしれない相手だったとしても、同じ物を食べて育ってきているわけでもない。
今回は偶然、鉢合わせただけだ。
「お前は、逃げなかっただろ、体調が良くなった時点で逃げることはできた、俺の目を盗んでな、でも今ここにいる、惰性だろうが、とにかくここにいる、つまりはな、お前は逃げないんだ」
逃げられただろうか。
しかし、実行はできなかった。
逃げられなかったのではないだろうか。
風が頬をかすめる。
青い空がこちらを見つめる。
「俺は今独り身なんだ、親もいない、いや、いたんだがな、ついこの間まで」
草が風に揺れて音を立てる。
「お前はどうだ?」
ニカッと笑ってこちらを見る。
家族の顔が目の前に出てくる。
無残に…無残に…
「どうして?」
自分の認識外で言葉が出ていた。
「それなら、どうしてそんなに笑えるんですか?」
思いがけず、声が少し震えていた事に気づく。
「そう思うか?はは、俺は元から対して悲しんだりしないのさ」
タッゲルトは明るく言う。
その靴は土を蹴っ飛ばしている。
「俺の母は1回目の山探索で殺された、四肢を切り取られたそうだ、俺の父は2回目の山探索で殺された、2回目は全員武装して行ったんだが、父は皮を剥がれた死んだ」
目の前で遊ばれ殺された者が前進の邪魔をしようとした。
「奴らは、その集団の中で1人だけ残すんだよ、わざとな、なぁ、お前はどうだった?」
腹が立つ。
何を聞きたいのか。
煮え切らない態度で。
ヘラヘラとした態度で。
一々心情を逆なでする。
「なんなんだ!」
そう言って、タッゲルトの方を振り返ると、その目には涙が溜まっていた。
…
自分が予想していた物とのあまりの違いに唖然とし言葉が出ない。
「お前も、そうなんだろ?」
その演技は崩れ始めていた。
怒りは一瞬でひいた。
そうか、タッゲルトも…
「俺もそこで死ねば良かったとずっと思っていた、だけど生きてんだよ、何もできないのに、だからどうやって死のうか、いつ腹を切ろうか、そんなことばかり考えてたんだ、だがそんな時にお前が来た」
そよそよと吹いていた風が止み、草原は静寂に包まれた。
苦しそうな声が反響する。
「だから、俺はお前に寝床を貸し住まわせる役を名乗り上げた、こいつならなんとかできるかもしれない、こいつがいれば…俺と奴らとの間に決着がつけれるかもしれない」
「そう…ですか」
タッゲルトは涙を浮かべはしたが決して泣く事も嗚咽を漏らすこともない。
「そして、ちゃんと悲しむんだ」
ちゃんと悲しむ。
余裕のある状態で、思いっきり故人との別れを悲しむ。
一しきり悲しみきって未練を断ち切る。
そういう事だろうか。
私は…
「母も兄も死んだかどうか分からないんです」
そう、明確に、殺されたところも死体も見ていない。
だから一握りかもしれないが希望はある。
目の前で殺された者たちには申し訳ないが、やはり家族の安否が死んだ者よりも気がかりだ。
死んだいった者達…
確かに殺されていった者達を憐れむ時間はなかった。
だが、タッゲルトと私は違う。
山に弔いをしに行くことが目的ではない。
「そうか、じゃあお前にはまだ希望があるんだな、良かったな」
そう言ってこちらを屈託のない笑顔で見つめる。
「だけどそれは、ある意味俺よりも辛いな、どうしていいか分からない、いっそ死んでたら思いっきり悲しめばいいがな…」
そう言って、おっと、といった感じで此方を見る。
「ちょっぴり軽率だったか」
タッゲルトは真剣な顔をして山を睨んだ。
「まぁ、俺もお前もあの山に目的がある、それは一緒だ、だからまぁ、頑張ろう」
穏やかに山に向かって歩みを進める。
山の麓までついた。
林と草の広がっている中に土がむき出しになっている”道”があった。
この道は…
「あの…前も来たと言ってましたね、その時はこの道から?」
「ん?ああ、そうだが…」
なるほど。
むき出しの土の道をよく観察する。
土がむき出しになっているという事はそこを頻繁に何者かが通っているという事だ。
しかし、2回しか、このグループは、山に行っていない。
という事は以前からある道と考えた方が利口だろう。
「この道は避けましょう」
「え?どうした?ここしか道はないだろう?」
「いえ、この道は…誰かが定期的に通っています、その為、ここを通ればよくて鉢合わせ、悪くて待ち伏せされています」
「あ…」
タッゲルトが何かを思い出したように動きを止める。
「そうだな、危ないな、そうしよう」
「じゃあ、林の中を通り敵拠点を探しましょう」
道の脇にある草木が茂る林に入っていく。
生えっぱなしになった草や茎、枝や苗木が服に引っかかる。
馬賊の服はどうやらこのように、馬上では動きやすいようにゆったりとできているのかもしれないが、草の中などではよく引っかかり動きにくい。
「うわ、大丈夫か、痛っ、指切った」
「気をつけてください、木のささくれ等に思いっきり手を置くと怪我しますので」
「こんな中本当に歩くのか?」
そうこんな動くのに適していない道を歩くのは難しい事だ。
なので、思いっきり前にある草を切りながら進みたいものだが…
「草が茂っていることによって私たちは敵にバレにくくもなっているので目的に適しています…」
「はぁ」
何とか草をかき分け道から少し離れながら斜めに進んでいく。
「私の後ろをぴったりとついてきてください、どうやら獣道も少しばかしあるようなので、そのようななるべく歩きやすい経路を行きますから…」
草のしげる中にはその部分だけ草が倒れていて道のようになっている部分がある。
それは獣がよく使っている道であり少しだけ歩きやすくなっているのだ。
後ろから苦しそうな息遣いが聞こえる。
「ちょ…ちょっと待ってくれ…ちょっと」
止まる。
「落ち着いてください、息を大きく吸って、吐いて下さい、落ち着いて」
言った通りにするが中々呼吸が落ち着かないようだ。
やはり全く山に慣れていない為にキツイようだ。
整備もされていない道なき道は、特に山のそれは、通りにくい。
また山という性質上、上がり坂が続くので更に疲労が溜まる。
確かにこれは慣れていても辛い。
だからなるべく歩きやすい所を選んで行く。
しかし、皆がタッゲルトのように全く山に慣れていないようでは大勢で行っただけで勝てるのだろうか…
しかし、負けてもらっては困る…
もしかしたら、敵拠点を見つけ次第、弱体化させる必要があるのかもしれない…
高い高い針葉樹林の間をぬいながら、露のついた水々しい草を踏みつけ進んで行く。
山の中は鳥や虫の鳴き声が響いているが、人が基本的にいないので遠くの音までよく聞こえる。
よくよく耳をすます…
自分達の歩く、枝を踏み、草を踏み、茂みを揺らす音…遠くの方で…少し…人の声?
誰かが話しているのだろうか…
いや何かの鳴き声だろうか
どちらにせよ、音はなるべく殺していく必要はあるだろう、敵にとっても音はよく聞こえているだろうから。
どれほど歩いただろうか、ひらけた所を見つけたのでそこでタッゲルトとの開いた間を詰める為に待ち、少し腰を下ろして休憩する。
敵地だという事で、タッゲルトは慣れない山登りによって苦しそうに呼吸をしているが、いつものように調子良く話はしない。
呼吸によって激しく上下していた肩は、私と共に休憩していると、落ち着きを見せはじめ、次第に普段通りのものへと戻っていっているようだ。
さて、ここは体感的には中腹あたりだろうか。
木々はまだまだ茂っているがその本数が少なくなってきているところからするとまぁまぁな高さにいるのだろう。
振り返ってみると、下のあたりでは木によって見えなかった景色が一望できた。
そこには草原がただひたすらに広がっておりその奥に林がある。
野営地は…見えない。
日の少し傾いた曇り空と緑、それだけが目に映る全てだ。
しばらく後。
周りの動物が、こちらに対する警戒を解き再び行動を開始した。
これでこちらの痕跡は分かりにくくなった。
少し耳をすましてみる。
…
河は無いようで水の音はしない。
しかし、先程聞いたような人の喋り声とも何かの鳴き声ともとれない音が聞こえる。
もっと良く耳を澄ましてみる。
……は…見ろよ………もう一人……ははは
聞こえた。
明確に人のしゃべる声だ。
野太い笑い声だ。
このような鳴き声の獣はいない。
隣で目を閉じているタッゲルトを肘でつつき耳元に寄る。
「人の喋り声が聞こえました、おそらくこの辺です」
タッゲルトの目が一瞬で険しいものへと変わった。
剣帯に掛けられた剣のつかを握る。
「そうか…行こうぜ」
偵察するだけでは済まさない気だろうか…
「落ち着いてください…殺気立ってます、そうすると山の動物達が感知してこちらを警戒するのでバレ易くなってしまいます」
「そんな事言って、どう落ち着けって言うんだ、無理な話だ」
周りの動物達の音がなくなる。
喋り声も聞こえなくなった…
まずい、気づかれる。
「さっき教えた通り、深呼吸してください、そして全身の力を抜いて、心の中に湖を思い浮かべてください」
タッゲルトは一瞬何か言いたげな顔でこちらを睨んだが、それでも見つめ返していると、言われた通りに深呼吸をしだした。
遠くから小さく草を踏む音が聞こえた。
しかし、そのような状況は落ち着かなくてはバレてしまう。
「水面に一切の波を立てないでください」
………
タッゲルトの目はまた元のように戻り、手もだらんと力なく地面につけられた。
周りの動物達の音も再び鳴り出し、草を踏むような音も遠のいて行った。
「その状態で、全く体に力を入れない状態でゆっくり足元を見ながら歩きますよ」
2人でなるべく音を立てないように周囲を確認しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「足を運ぶ先を見てからゆっくり踵をそこに出して歩いてください」
自分でも気をつけて踵から、枝などのない地面に出す。
背中を曲げ低姿勢でゆっくりと進んでいく。
先程の声のした方向へどんどんと進んでいく…
人の話し声や、歩く音、環境音がどんどんにどんどんと近づいていく。
見えた。
木の間から一段と開けた場所を見つけた。
そこには逆茂木の置かれた、砦?の入り口が広がっていた。
逆茂木の後ろには石と土を組み合わせて作られた、道の通してある壁がある。
タッゲルトも直ぐ後ろまで近づいてくる。
逆茂木の途切れている所が恐らく出入り口だろう、そしてそのすぐそばに高く盛られた土…そのすぐそばには…
「落ち着いてるか?ならいい」
タッゲルトが後ろから非常に小さく低い声で訪ねてくる。
人だろうか…、浅黒い人型のそれは、虫にたかられながら吊るされていた。
全く動いていない。
家族だろうか。
それを確認するにはもっと近づかなければいけないようだが…
遠目から見るだけでも顔の原型が、激しく殴られたのだろうか、崩れすぎていて判別しにくいことが分かる。
それはここから見える限りでは4つ見える。
…
分からない。
かろうじて分かるのは…服の剥がれ浅黒くなったその体、そこからの性別だけだ。
全員女性らしい…
目を反らす。
あそこに住んでいた娘かもしれない、昔からなにかと世話になったまま近所のおばさんかもしれない…母かもしれない、姉かもしれない。
胸が激しく内部から叩かれる。
呼吸がはげしく…
「落ち着け、落ち着け、おれがいる、大丈夫、大丈夫」
手で背中をさすられ小声で言い聞かせられる。
大丈夫…大丈夫……大丈夫………
落ち着いた。
出入り口の前には二人の、腰に斧をさした、黒い、髭や髪を伸ばし放題にさせた汚らしい男が話しながら立っていた。
そこからは、砦の奥は、小屋のような物にさえぎられて何があるか見えない。
「どうする、場所はわかっただろう?取り敢えず、引き返すか?」
タッゲルトはそういいつつも腰の剣に手をあてがい、いつでも走り出せるような姿勢に移行した。
さて、どうしようか…
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