第12話 ある山の攻防④

さて、どうするべきだろうか。

取り敢えず、奴らの拠点を攻めるにしてもここから見える情報だけでは危険である。

「もっと多くの情報が欲しいですね、音をたてないように回り込みながら観察しましょう」

砦の入り口には、大きく綺麗な土の道が続いていた。

やはり、下で見た道はここに通じていたのだろう。

とすると、下で聞いたあの音は、奴らの待ち伏せだったと見たほうが良いだろう。

静かに、なるべく足音をたてないように、気持ちを焦らせないように、着実に、一歩一歩…

細心の注意を払いながら砦の様子を観察しつつ前に進んでいく。


盛り土を横目にすぎると、汚らしい恰好をした男達5人が焚火を囲み楽しそうに談笑している。

そこを過ぎれば草ぶき屋根の丸太小屋が向かい合って…1、2、3、4…4個建てられている。大きいな。

そこらへんに男達、何人か…7?8?程が羊を解体している。

その先には円形の木で組まれた建築物。そして、大きな物見やぐら…

そして、その奥に更に小屋が1、2個。

また、これは一体、木の枠に石を詰め込んだ防壁とその上に渡された道。

その道には、3人程の男が立っている。


山賊の拠点にしては大きすぎるのではないだろうか。

それにどうして、丸太小屋の作り方なぞ知っている。逆茂木の組み方もだ。

山賊とは、基本的に人を殺して逃げたり、債務奴隷の義務から逃げたり…逃亡奴隷だったり。

学とも戦術とも無縁の者たちばかりだと思っていた。

偏見だったのだろうか。


「ずいぶん大きいな、どうする、予定通り引き上げるか?」

確かに2人でどうこう出来るものではない。

しかし、あの小屋の中にも相当数の山賊がいるとするならば、全体は思っていたよりも大規模であろう。

山に慣れない、歩くことにもさほど慣れてないかもしれない歩兵で数攻めするだけでは…最悪の場合負けてしまうかもしれない。

「いえ、何とかして弱体化しておきたいです」

敵に警戒されるとしても、全力でぶつかって勝てないのではどうしようも無い。

森の中から空を見上げる。

気づかなかったが日は、傾き、網膜に赤みがかった空を焼き付けた。

すぐにでも暗くなる。

「奴ら、ただの山賊だと思うか?あんなにしっかりした陣地を作れるような奴らが」

タッゲルトは私の思っていた事を口に出す。

そうだ、ただの輩には思えない。

「少なくとも、奴らの指導者がもっといいとこでやってなきゃこんな陣地は作れないんじゃないかと思うんだ」

そうだろうな。

「最悪なのは、山賊が全員どこかの逃亡兵という場合ですよね」

もし、全員が逃亡兵や元兵士であったならば太刀打ちはできないかもしれない。

「俺ら二人にできるのは取り敢えず何人か殺し混乱を起こすことぐらいだろう」

そう、それぐらいしか出来ないだろう。

問題はどう効率的に混乱を引き起こすかだ。

「何か明かりになる様なものは、持ってきましたか?」

「ああ、一応な、火を起こせば使える」

松明だろうか。

パッと見てそれらしきものを持っている気配はないのだが。

「俺たちの目標は敵の首領の首、どうだ?、奴らが一人のエリートに率いられていたとしたら、それがなくなればまとまりを失うだろ?」

そうだったら良いが…

「そうしましょう」

希望的観測だったとしてもそれに頼るしかない。


奴らの首領の暗殺。

それによって引き起こされる、敵拠点の弱体化。


目標は決まった、あとは首領を見極めて、上手く殺すだけだ。

「問題は、首領はどこにいるかだな」

そう首領の位置が分からなければ殺しようがない。

注意深く拠点を見渡す。

薄汚い男達の中から、何か特徴的な…リーダー然とした者を探す。

「あ、あれか?」

タッゲルトが小声でそう言って見る方に視線を動かす。

焚き火の奥に一人の男がいた。

浅黒く汚らしい肌をしているが、他の奴らとは決定的に違う点があった。

剣帯から垂らした剣…革製であろう鞘には綺麗な…曲線の模様が縫い付けてある。

骨でできたであろう剣の柄には…よく見えないが装飾が施され金色の鍔がついている。

奴の剣だけ豪華すぎる。

「確かにそれらしいですね」

土色をした上衣をたなびかせ地面に座る。

その後、焚き火周辺にいた男達に対して声を掛け寄せる。

その後何かを耳打ちさせる、すると男達が四方に散っていく。

奴は指示を出した。

「間違いねぇな」

見つけた。

「当てられるか?」

背中に背負っていた弓を降ろし左手で前に向けて持つ。

「これぐらいなら」

山に来る前に何回か射らせてもらった時の感覚を思い出す。

矢がどれくらいで落ちるのか。

どれ程真っ直ぐ飛ぶのか。

矢筒から矢を引き出し頭の横を滑らせて弦につがえる。

首領に対して、優しさ溢れる視線を意識しつつ、狙いをつける。

殺意は相手に感ずかれやすい。

だから優しい気持ちで…

弦をゆっくりと引きしぼる。

息を大きく吐く。

吸う。

止める。

弦と心を自由にさせる。

空気を切る少し高い音が聞こえた後に、湿った音が聞こえる…はずだった。

「おう、どうだ?」

気づいた。

矢が当たる寸前、顔を上げ、大きく見開かれた目でこちらを見た。

にやりとした顔で。

「あいつ、矢を掴んで止めた…」

「はぁ!?」

周りから気配を感じる。

弓に集中して気づいていなかったが、何者かが近づいてきていた。

足音も立てずに。

5人ほどか。

まずい、まずい、まずい

「ここから離れます、急いで!」

「いや、無理かもな」

タッゲルトは剣帯から垂らした剣をゆっくりと抜く。

「今気づいたが、既に囲まれてるぜ」

そうか、あいつの先程の動作…既に気づいていたのか。

「ちょうど良い、これを利用するぞ」

「え?」

「今度は、俺に全速力でついてこい、あと俺が寄越したの抜いとけ」

言われるがまま腰に帯でくくりつけていた小刀を抜く。

その瞬間、獣のようなおぞましい雄叫びが響く。

低い叫び声を上げながらタッゲルトは一直線に元来た方角に対して思いっきり走り出した。

精一杯、その背中を追いかける。

少し向こうに火の前に立っていた5人の男のうちの2人が間隔を空け中腰で立っている。

お構いなくそちらに進んでいく。

後方からは焦った様に走る足音が3人ぶんこちらを追いかけてくる。

振り返る暇はない。

タッゲルト走りながら手斧の右振りを上体を下げて避けつつ、右懐に入り込み体当たりをする。

その男は尻をつく。

その勢いを殺さないまま右側に大きく一歩を踏み出しもう一人の男を顎から頭まで素早く切り裂いた。

私も付いて行ってたが、体当たりされた男が立ちあがりタッゲルトと私を交互に見て中腰で構えてようとしている、所が間近に迫る。

私のほうをその男が見た瞬間、その首からは血が川の様に流れる。

「止まるな!」

直ぐ後ろまで迫っている。

そのまま、緩やかな斜面を背中を追いかけ降りていく。

利用するとはどういう事だろうか。

それにしてもタッゲルトは下りになった途端よくもまあ足元を見ないままつまずかずに全力疾走ができるものだ。

1度通った道は忘れないのだろうか。

そのおかげで後ろの3人との距離が離れてきた。


まぁまぁな距離を下り、斜面に2人で腰を下ろす。

気づけば太陽は沈みかけており殆ど周りが見えなくなってきた。

此方を追いかける足音はもうしない。

「そうするんですか?これから…」

「再び戻ってあいつを殺す」

「どうやって…」

「まぁ見てなって」

奴は飛んでくる矢を手でつかんで止める様な感覚の持ち主だ。

生半可に殺せるものではないだろう。

「そこら辺の枯草をちぎって持ってきてくれ」

そう言われ、ほとんど視界が働かない中を、後ろを向き両手いっぱいになる程、枯草をすくい上げそちらに戻る。

その間にタッゲルトは、なにかを腰に付けた小さな物入れから出していた。

置いてくれと言われ、その場に両手の物を落とす。

枯草の山の上で手の上の物と剣を打ち合わせる。

すると火花が散ったあと枯草が燃える。

視界が一瞬白くなるが直ぐに戻る。










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