第9話 ある山の攻防①
「あ、あと、これも、一応」
そう言ってタッゲルトは近づき何かを差し出してきた。
それは鞘に収められた小ぶりの刃物だった。
「お前、剣は全くって言ってたが一応な、ま、それでも人一人やんのには十分よ、まぁそれを使うことはないと思うがな」
そういうとタッゲルトは少し黙り、未だ私の手の平に置かれている刃物に目をやった。
「すまん、一つ忘れてたわ」
そう言うと後ろに行って小瓶をとり、再びこちらに戻ってくる。
「俺を信じろ、絶対動くな」
私の袖をめくり上げ、素早い動きで手の上におかれた鞘から刃物を引き出し、その勢いで私の腕を切りつけた。
痛い、と思い瞬時に手を引こうとすると刃物をほうり力強く押さえつけられる。
なぜ、こんなことを。
手の上から鞘が落ちる。
そのまま押さえつけている手の切り傷の方に小瓶を寄せる。
傷は決して深くはないものの流血はしている。
「大丈夫だ…安心しろ…落ち着け」
白塗りの小瓶の口から血が入っていく。
タッゲルトはそのまま手を力強く押さえつけ流血を促している様だ。
今私は怪訝そうな顔をしているだろうか。
この行動の意味がよくわからないが、とりあえず身をまかせる。
「よし、ありがとう、もういいかな」
タッゲルトはやっと抑えていた手を離し懐から取り出した茶色い何かで瓶に蓋をした。
そのまま放った刃物を拾い近づいてくる。
「おい、はは、疑いの目で見ているな、まぁ、すまんな、説明を忘れてた」
鞘を拾い、刃物を収める。
「これは、あー、お前らのところでも何かしらなかったか?こう言う術?技?まぁこういう、えー、効果のある呪いみたいなの」
何を言っているのかよくわからない。
「あー、わからなそうだな、えっと不思議な力?みたいな、よくわからない力が働いてなんかなってるみたいな?」
…よくわからない力が働いて何か作用する。
つまり、目に見え、感じることのできる動力もなく何かを働かす事だろうか。
兄が矢を地面にさして界に線を引き、鈴と連動させていた事がありありと思いえがかれる。
それのことだろうか。
あれは、当たり前のことだ、村の者の多くができていた。
私はやったことなく、教えられたこともなかったが。
だが、あれ以外の”それ”が存在するのだろうか?
「私の兄が、弓矢を使って境界を作り、そこに何かが入ると鈴がなる様にしていましたが…そういう様なことですか?」
「そうだ、それだ、そうかお前のところではそんな感じのがあったんだな、まぁこういう技みたいのは基本的にはどこにでも一つはあるらしい、で、俺たちの所ではこれなのよ」
タッゲルトは喋りながら小瓶を降る。
「この中にはな、前もってな、馬の精液を入れて置いてある、理由はわからないけど、それとお前の血を混ぜて、土で焼き固める予定の枯れ草で作られた人形に入れるんだ」
あまり心地良い話ではなく、自然と少し顔が引きつってしまっていることに気づいた。
「で、これによってだな、お前は一回だけ死ぬことができる、つまりだな、いや、うーん」
言葉につまり考える様に頭をポンポンと叩いている。
「例えばだ、お前の頭に岩が降ってきたとしよう、普通ならそこでお前は死ぬ、当たればどうやったって死ぬ、でもその人形を作っておくと、お前の体は無傷で、岩は頭に当たった後に横に飛んでいく、その代わり人形の頭は潰れる、わかるか?」
なるほど、人形が身代わりとなってくれるというわけか。
「ただし、これはそこまでうまく出来ていなくてな、一回きりだ、一回効力を発揮するとそれ以上使えなくなる、それにな全員が全員これの対象になれるわけでもなくてな、その集団の中で一人し対象になれねえの」
今まで聞いたこともない様な秘術に感心したが、それと同時に死んでしまうほどの危険性を孕んでいる、重大な、役割を任せようとしていることが分かる。
不安である。
「人形の中に入れて術を完成させるの見たくないか?」
自分の命を預ける物である。
一回だけとは言っても身代わりになってくれる物だ。しっかりとこの目に収めておいて損はないだろう。
「はい」
「よし、そうか、ついてこい」
タッゲルトの後に続いて外に出る。
太陽がちょうど真上に来ており心地の良い気候だ。
分解して持ち運べるであろう、天幕の様な家をいくつも通り過ぎ、どんどんと奥へ進んでいく。
白い布の屋根をした住居の奥には荷馬車が見える。
そして、その荷馬車の近くに、周りとは異質な物があった。
3本の柱で支えられた、吹きさらしになっている建物だ。
屋根は草で葺かれ、中には一人の白髪、白髭をたくわえた老夫が、地面に藁を敷いた上に座り、壺を覗き込んでいた。
老夫が近くこちらに気づき壺から目を移す。
「あ〜、人形か、よこせ」
しわがれた声の老夫にタッゲルトが小瓶を手渡す。
「これは、あ〜」
老夫がこちらをじろじろと見る。
左目が動いていない。
「そこの、お前、お前の血だな?」
指をさされ問われたので、正直にそうですと答える。
それを聞くと、老人は渡された小瓶を持って、おぼつかない足取りで奥へ行き反対の手に人型に結われた枯草を持ってきた。
その枯草のかたまりはちょうど、人ならば腹の辺りが開いていた。
灰色の服を着た老夫は口で小瓶の蓋を開けると、枯草人形の開いている腹にむけ、傾けた。
黒っぽく、どろりとした液体が腹に入ると、傍から拾われた紐により素早く、開口部が閉じられる。
説明を受けていた時よりも気分が悪くなってきそうだ。
その後、人形は老人が覗き込んでいた壺につけられた後に火が起こされているかまどに放り込まれる。
老夫はかまどに全身を向け座り、大きく息を吸う。
「我らが王、偉大にして唯一無二なガザタ王、馬も人も木々も伏す、天も地も全て従える、称えよ、土地を、称えよ、金を、永劫なる王ガザタを」
それは歌だった。
それまでの朝特有の清々しい空気は消え、体をドロドロとした何かに包みこまれるような気持ちの悪い空気を感じる。
朝である筈なのに周りが暗闇の様に感じる。背筋に冷たい物を感じる。
少し左右に揺れながら老人は歌い続ける。
ガザタという人物の功績を褒め称える様な内容だ。
喉の奥底から出された声は歌詞の華々しさとは逆におどろおどろしく曲を彩る。
燃え盛るかまどの前で老夫は、ずっと同じ調子の歌を歌い続けた。
暫くすると、歌は止んだ。
老夫はかんしを掴みかまどの中から先程の人形を引っ張り出し、自身の隣に置いた。
老人が半身でこちらを向く。
「タッゲルト、後はいいな、最近そこら中が痛いから、後は自分でやれ、暫くしたら持ってけ」
そう言ってその場に横になる。
タッゲルトはありがとうと言うと此方に向き直る。
「これがお前の命を預ける物だ、よく分かったか?」
これを見せられて何を分かれというのだろうか。
あの歌はなんだったのか。
「ええ…多分、どういうものかは分かりました…」
タッゲルトは此方の顔をよくのぞき込んでくる。
「あー、あまり分かってない顔だな、うん、まぁこれを見せられて、はい分かりましたっていうのは無理か…、あー、分かれと言われても困るよな…あの歌は俺らの中で伝われてきた歌だ、随分と長い歌でな、限られた奴しか全部歌えないし、そもそも教えられない、内容に関してはなガザタ王についての物だ」
そこまで言うと、少し空中を眺める。
私もガザタという名前を記憶の中から探すために空中にて視線を泳がせる。しかし、何も出てこない。
「ガザタ王は俺らが一つにまとまっていた時の王らしい、それ以外は…何も」
少し申し訳なさそうな表情で此方に言った。
まとまっていた、という事はもともとこの集団はもっと大きな集団の一員だったのだろうか。
何かしらの事件があって分離した。
元々、定住していなかったのだろうか。
「そうですか…」
それ以外何も答える事はない。
泥に包まれて熱された人形が冷やされ更に固まるのを眺めているとある一つの疑問を思い出す。
私をどうしてそこまで大切に扱うのか。
山に詳しい、だからどうしろというのか、戦う能力はない、何もできない、どうしろというのか、私をどう使う気なのか。
どう使えるのか。
「あの…」
忘れていた不安が襲ってくる。
この儀式をやってもらうという事は私は死ぬ危険性があるということだ。
死ぬ程の危険性のある役割にどう付ける気なのか。
どうつけれるというのか。
「どうやって、私を戦闘に参加させる気なんですか」
タッゲルトはゆっくりと此方を振り返る。
「あ~、知らん」
どういう事だ。
「お、そろそろだな、そろそろ人形が固まっただろう」
そう言ってタッゲルトは人形を老人の傍らから取る。
その時後ろから此方に向かって歩いてくる靴音がした。
後ろを見ると、そこにはこないだ首長の天幕で見た側近らしき男がこちらに近づいていた。
「どうも、ダッカさん、ちょっといいかな」
タッゲルトもその声で人形をもったまま振り返る。
「あ、ヂョウトルさん」
ヂョウトルと言われた男は、私たちの前で立ち止まり奥で寝ている老人のほうに視線をやった。
「ドイドさん、どうも、お疲れ様です」
ドイドと呼ばれた老人は寝ながら、おう、と返事をした。
ヂョウトルは奥の老人からタッゲルトに視線を移す。
「お前も来てもらっていいかな?」
「ああ、勿論だけど、山攻めか?」
「ああ、ダッカさんもいいかな?」
もちろん、大丈夫です、と答えてヂョウトルの後に続き、あの首長の天幕に向かった。
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