第5話 新植民地

 グリゴリウス歴1758年、フリードリヒ2世は新たに質素な宮殿を建設させていた。それは、ベルリンでなくシュレージェンでもなかった。


 新たに名前の付けられた土地に建てたのだ。その土地は最初に管理を任された者の名前からホッケンチューベと名付けられていた。


 フリードリヒ2世は宮殿の再奥右にある執務室の飾り気のない椅子に腰掛けていた。


 装飾はほとんどなく、こじんまりとしたものであった。


 部下の作成した地図を眺めていた。そんな時、外部から執務室の扉を叩く音がした。フリードリヒ2世は入る様促し、入ってきた衛兵から要件を聞いた。


「そうか、それはよくやった」


 そうやって衛兵を返そうとすると、要件を思い出し、呼び戻した。


 「奴らの言語体系を含めた文化を調べたいと前申したはずだが、それの適任者は見つかったか?」


「いえ、何人か当てをつけたのですが…言語体系が以前の世界のそれと類似性が見られず、元にするものがないので全員匙を投げました」


「ふむ、確かにそうだな、言語学は既存の言語から調べるものであるから新規の物は難しい、しかし、それをしてほしいのだ…今まで、学者たちに任せてたか?」


「はい」


「そうか、では学者ではなく、学の無い徴兵区から来た兵に現地に行かせて調べさせよ、学がないぶん柔軟な発想ができるだろう」


 そう言うと衛兵は了解し、退出が許可されると室内にはフリードリヒ一人となった。


 後ろの大きな窓を通して外の光が室内に入ってくる。再び室内は、心地よい昼間の静寂に包まれたのだ。


 暗褐色の髪色をした中肉中背の男は、衛兵を立ち去らせると、その大きな青い目で、再び多くの線と模様が書き込まれた地図を眺めた。暫く眺めると、筆記用具を取り出し地図に書き込みを入れた。


 そうして、書き込みを入れると筆記用具をおき、再び考えこんだのだった。



 プロイセンから西部へ向かって行った所に軍の陣地があった。多くの天幕が立ち、幾つもの軍旗がたなびくカラフルな様相を呈していた。


 背の高い兵が陣中を歩いていた、一際大きい天幕に入るとそこには50人程の兵隊達が座っていた。


 天幕に入ってきたのは貴族階級である中隊長であった。


 中隊長は全員の前に歩いていく。

「やぁ、諸君、今日はおめでたいことに戦闘では無い、前線でありながらな、諸君等の中の誰かに学者の真似事をしてもらう、つまり、敵の町や村に侵入し正体を隠しながら現地に馴染んでもらう、質問は無いな、さて希望者はいるか?」


 そう将校が言うと、兵達は戸惑い中々手は上がらなかった。


 「そうか、いないか、なら良い、さすがだ、諸君等は立派な兵としてプロイセンの為に戦う事を選んだのだ」


 そう将校が言うと人ごみの中から一つの手が上がった。


 一斉に皆がその若者を見た。


 「ほう、お前か、逃亡兵希望は、ふん、まぁ良い、あいにくこれは我らの王からの命令だからな、止めることはできない、お前名前は?」


 「シュワイトニッツ=イールです」


 「そうか、シュワトニッツお前は俺が酔わせて連れてきたんだったな、そのうち放っといても逃亡兵として鞭打ちだったろう、よかったな」

そう、将校がぶっきらぼうに言った。

 

 「じゃあ、シュワイトニッツ、お前は服を着替えろ、1週間後にはここを出て行ってもらう」


 「はいっ」


 シュワイトニッツは黒色の髪を揺らしながら大きく返事をした。


 「以上だ、解散」

 

 天幕を出る時、シュワイトニッツは周りからの冷ややかな視線を感じた。



「シュワイトニッツ」


 自分の天幕で着替えている時に出入り口の方から呼びかけられた。振り返るとそこには同期の兵がいた。数少ない中隊内の友達だ。


 ちょっと良いかと言われてそちらの方に近づいた。


 「お前本当に行くのか?」


ああ、と答えると同期は少し悲しそうな顔をしながら鞘に収められたナイフと手紙を渡した。


 「そのナイフは俺とお前が初陣で落とした要塞でオーストリア軍の将校が持ってたやつだ覚えているか?」


 そう言われて、じっと、青く装飾され宝石の散りばめられた持ち手を眺める。



目の前にありありと擲弾兵達の姿が浮かび上がってきた。教会の壁を崩し中の敵兵と撃ち合った。擲弾兵達の死体に隠れ銃口から黒色火薬と弾丸を詰め込み、震える手で槊杖を引き抜き銃口に詰め込んだものを三度奥まで押し込む。



「ああ、もちろん、忘れるわけないだろ?」



中隊長の射撃用意の合図で撃鉄をハーフコック状態からフルコック状態に引き一斉に死体の山から身を乗り出し射撃し、突撃の合図で突撃する。



 

教会の中では熾烈な白兵戦を展開した。銃剣を用い一人敵兵を刺し殺し一息ついて周りを見渡すと同期が銃剣で敵兵と突きあっていた。同期は将校であろうと思

われた兵士の銃剣の勢いに圧され体制を崩し転んでしまった。



私は結果から言うと、彼の命の恩人になったのだ。


 その時の将校のナイフだ。


 「これを持っててくれ、お前がたとえどこに行こうが、お前は俺の戦友であり、そして命の恩人だ、たとえそれが逃げたかったという動機だったとしてもな」


 それだったら、俺が持っておくべき物なのだろうか、残る物こそ持っておくものなのでは。


 「いや、これは新しい世界に旅立つお前こそ持っておくべきものだ、戦果を思い出して勇気が出る」

 

 確かにそうだ。


 「ああ、じゃあ、ありがとう」


 そう言って、ありがたくナイフを貰った。


 「ああ、あともう一つ、これなんだが」

 

そう言って差し出されたものは手紙だった。おもて面にはポルン中隊長よりと書いてある。


「お前に渡しとけと、あの中隊長が」


自分で渡せばよかったのに…


手紙を受け取り中を見る。


シュワイトニッツ=イール兵卒へ

拝啓 吐く息も凍る冬を越えエーデルワイスも顔を出し始める時節における数々の従軍を感謝いたします。


この手紙の中で述べさせて頂く内容は2つあります。


一つはこれからのこと、そしてもう一つは謝罪であります。

 

まず、前者から述べさせていただきます。貴方は従軍を辞め、言語習得の為に敵方の村々に潜入し溶け込むことを選択いたしました。その選択は一見逃亡兵のごとき行為を選択する物とも見えますが、また新たなる手段で国家に対する貢献を進めることとも見えます。貴方がどちらの動機でこの役割に立候補したのか私には測りかねますがどちらだとしても私はどうと責める資格はありません。

 

 さて、これからは敵村に侵入して頂くわけなのですが言語を習得しそれを伝えることが目的でありますので、伝える手段がなくてはいけません。その為、貴方は生きて帰るか何らかの手段を用いて我々の陣中に連絡をよこす必要があるのです。陣中に連絡をよこす方法は2つ程考えられます。一つは伝書鳩を用い陣中に手紙を送る、もしくは何か狼煙のような合図でもって会話するということになります。前者の方は鳩を敵方に持ち込む必要があり疑いをかけられてしまう可能性がありますのであまりオススメはいたしません、後者の方は手間がかかり、さらにはこちらも信号に気づくのは非常に困難である為現実的ではありません。


つまり、貴方はまず情報の伝達方法を探る必要性があるという事を覚えておいてください。


次に、貴方をほとんど拉致当然に兵にしたことについて謝罪の意を示したい。

貴方を徴兵したのは募兵官としての時の私でしたね。

 

 拉致同然で兵にするというのは特段珍しくはありませんが私はどうしてもそれに馴染むことはできなかったのです。私の身の上はこちらでは省略させて頂くのですが恐らく原因はそこにあるのでしょう。その為、恨むなというのは無理でなのでしょうけど、ただどうかこの戦場での戦友との体験や冒険を呪うことのありませんように願いたいのです。


 貴方のこの後のますますのご活躍を切に願うとともにいつかまた無事に出会えることを祈ります。


ノブリュート=ポルン中隊長



中隊長はどうやら人前では見せない顔があったようだ。


「あ、あと中隊長が荷物は隠せる物だけ持ってけって、こっちの世界の証拠は一切バラしてはいけないと」


 確かに、それもそうだな。至極真っ当だ。


 じゃあナイフは持ってけないな。


 「大丈夫だ、そんなんじゃバレないさ」


 そうか、そうだな!!


 「ていうか、お前文字よめたんだな」


 「ああ、親が商いを大昔に営んでてな取引の際に文字を使えた方が良いって言って自分で学んだそうで、子供の頃教えてもらったんだ、しがない農民だったのになぁ」


 そう言ってガハハと笑った。


言われた通りに3日かけて、同期の協力を借り、そこら辺の動物の皮と余っていた綿でなるべくみすぼらしく作った服を着て、1週間分の干し肉と思い出のナイフそして、そこらへんにあった、硬く、拳2つほどの赤い実をくり抜き水を入れた物と火打石それらを潜ませ1週間後の朝早くに野営地を後にした。







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