第4話 涙の旅路

 

 私達家族は全員村から退避し山を越え、遠くにそびえる大きな街を目指して進んだ。兄の術によって村の壊滅を知った我々は重苦しい雰囲気をまといながら大行進の後ろに付いていた。

 

 足場の悪い道は物を考える気を起こさせなかったので歩いている時は楽だった。しかし、夜を過ごしたり、道中での死者の処理や負傷者の対応によって野営することになると、一挙に村での出来事が思い出され、鬱鬱とした気分になった。

 

 旅路には困難が常につきまとう。食料、襲撃、負傷。苦難の道中を過ごしているうちに口数は少なくなっていった。


 そして、今、家族四人で同じ天幕で過ごしていたが特に会話はなかった。天幕の中は燭台の蝋燭のみが照らしており常に薄暗かった。


 母はここ数日しきりに咳き込んでいた。元々体があまり強くなかった母であったので、この様な事は珍しいことではなかったがそれでも心配であった。


 森の中の開けた所で野営していた。その日は月の綺麗な夜であった。月だけが、心を癒していた。


 私達家族は最後の干し肉を食べていた。非常にうすく味など感じない物であったが食べ物があるだけでも十分ありがたいことであった。


 最後の晩餐を楽しみ、私は用を足しに、天幕をでて茂みの方に向かった。


 野営地から少し離れたところに調度いいところを見つけると私はホッとし、用を足し始めた。


 森の中、少し離れたところから枝の折れる音が聞こえた。狼かも知れないと警戒しつつ用をたす。しかし、枝を折り、落ち葉を踏む音は一つではない。周り中から聞こえる。そして、かすかに衣擦れの音も聞こえる。


 ハッと思い野営地の方にかけ戻ろうとした瞬間、周りから一斉にどっと男達の恐ろしい雄叫びが聞こえたのだ。


 ついに走り戻ろうとした時、後ろから腕を掴まれ引き寄せられ、首に刃物を当てられた。拘束してきた男は私の顔を掴み野営地の方に向けて固定した。


 「見ろ、見ろ、無様に、何もできずに、目をそらせば殺す」


 その場から、拘束されながら見た野営地は屠殺場であった。


 天幕は略奪され、抵抗する者もそうでない者も、剣で刺され、拳で顔が見えなくなるまで潰され、若い女は無抵抗になるまで殴られその後辱めを受ける。

 

 この長い旅路の疲れと縁のなさによって、抵抗できる男もおらず、まさになされるがまま。

 

 目の前で死んでいくのは全員知り合いである。


 唯一、家族が殺されているのか逃げ延びたのか見えなかったことだけが希望だ。今直ぐ、家族の安否を確かめたい。きっと今頃逃げ延びたはずの家族に追いつき一緒に逃げたい。しかし拘束は解ける様子もなく、目を反らすことさえ許されない。


 初めて見る凄惨な光景に対する衝撃と拘束され何もできない不甲斐なさとで自然と涙が流れていた。


 

一頻り略奪し、少し落ち着くと私を拘束した男はそのまま、私を押さえ刃物を当てつつ凄惨な祭り会場へと近づいた。邪悪な男どもは私が押さえられたまま連れてこられているのを見てニヤニヤとした。


 私を抑える男は笑いながら言う


「見ろ、見ろ、何もできずに」


 何もできずにただ見ることしか叶わない、残虐な祭りは第二幕へと突入した。


私の3つ向こうの家の家主は服を剥がれ木に括り付けられた。家主はこちらの存在に気づくと救いを求める様な目でこちらを見る。皮の小札をつないだ鎧を着た

邪悪な男達はその家主の爪の先から刃物を入れ始めた。


他を見ると薄暗い中、家の前に住んでいた、美人な娘が強姦されていた。娘は強姦されながら繰り返し腹を刺されていた。


その場は、啜り泣きと絶叫と笑い声とに包まれていた。


そこら中で、人が遊び道具にされ、無邪気に壊されていく。


その間も顔を押さえられ無理やり見させられる。





どれ位経っただろうか。その悲惨な光景がどれ程長かったかは分からなかった。一瞬が一年の様に感じた。


3つ向こうの家主は全身の皮がなくなった。美人の娘は呼吸の動きすらもなくなり、上に乗る男だけが動いていた。


男は遂に私を離した。そして言う、


「これが俺らの山に入った者の末路だ、だが、お前は逃がしてやろう、逃げれればな」


そう言うと、男は私を突き飛ばし、剣を持ちフラフラと近づいてきた。


 足に必死に命令を送り出した。衝撃で動けない体に無理やり力を入れる。なんとか、おぼつかない足元ながら必死に走った。家族の安否もわからないまま必死に走った。悔しさ、怒り、不甲斐なさ、己の弱さ、噛み締めながら走った。

 

 まともに前も見えない中、枝にぶつかりながら、木にぶつかりながら、転びながら。ただひたすら前に走った。走るのを止めることはできなかった。


 やがて、空は月を隠し暗さを増した。しかし、それでも、走り続けた。止まってしまってはいけなかった。転んだり、つまずいたり、少し止まってしまう度に心の奥底から湧き出る今まで感じたことのないものによって全身から力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうになる。

 

 へたり込んで、大声でみっともなく泣きたくなる。感傷に浸り尽す暇はない。

生きる為に走る。


 森を抜けた。そこは草原だった。


 白み始めた空は、永遠に広がる草を紺色に塗りつぶしていた。そこまで、走ると安堵と疲労からか、自然と体が崩れ落ちた。

 

 横たわり、一切の動きをやめた。ただ静止していた。草は私をあやす様に、しきりに撫でてくれた。


何も考えられない。


 草に抱かれ意識が遠のいていく。ぼんやりとした視界で朝日がこちらを覗き込み始めたのが見える。今までで最も綺麗で神聖な朝日だった。



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