第6話 馬賊


 目の前が真っ暗だった。ひたすら暗黒の空間にいるようだ。手足すら見えない。前しか見えない。顔を動かすこともできない。自分がどこにいるかなど分からなかった。


 肌を何かが触れる感触がした。優しく撫でられるような、懐かしい感触だ。

そうえば、母はどうしてたっけ?



思い出した。一気に目を開け、上体を起こす。



 青々とした雲ひとつない空の下には、所々、林で途切れた草原が広がっている。


 そよそよと風が継続的に吹く、地面に着いた手を暖かい土が優しく支えてくれる。聞こえるのは草が触れ合う音のみだ。


 しかし、鼓動は早い。心臓が痛い。額からは気持ちの悪い汗が流れる。気持ちが落ち着かない。



 不安だ。家族のこと、これからの自分のこと。


唐突に目の前で殺されていった者達の最期がよぎる。


頭が痛んだ、胃が痛んだ、喉が痛んだ、気分が悪くなる。


そのまま、嘔吐した。



 吐き終わると少し気分が良くなったが、自分の戻した物を眺めていると再び言いようのない不安や憎しみ後悔などが湧いて来始め、気持ちが悪くなったので、体に力を入れ無理やり立ち上がった。


 全身が痛い。無理やり足を動かした。言いようの無い痛みが襲う。しかし、歩いた。とにかく目標はないが歩き続ける。ここはまだ安全ではない。あいつらがまたやってくるかもしれない。もっと離れなければ。


 草原には動物の一つも見当たらない。しかし、安全とは言い切れない。追いかけてくるかもしれない。安全が欲しい。自分の身が保証できる物が欲しい。手元には何もない。


 ひたすら歩いた。何も考えずに。ただ不安のみが背中を押す。静脈の様に青い空がこちらを見つめる。何かを考えたくない。止まりたくない。自分の身だけを考えたい。




 どれ程歩いたのか分からない。しかし、太陽は後方に傾き始めていた。永遠に続く様に思えた林と草原の隙間から煙が見え始めた。煙、だからなんだ。ただの煙じゃないか。ぼんやりとした目で煙を見つめた。


 いや、煙ということは火を誰かが起こしたという事じゃないか。つまり、誰かがそこにいる。うまくいけば村が、町がある。


 痛む足に指令を与える。真っ直ぐとはいかないが必死に走った。煙にどんどん近づいていく。一つではない、いくつかある。


 どんな居住者がいてもいい。どんなに不衛生でも構わない。どうか、そこにこの身を保護できる様な場所が広がっていてくれ。




 そこは村ではなかった、ましてや町でもなかった。


 そこに広がるのは、馬、馬、馬。そして羊。それと、白い布で覆われた、おそらく木組みであろう、住居群。そして、つい1週間ほど前に見た男と同じ様に、浅黒い肌をしたガタイのいい男達。それらが荷馬車に囲まれていた。



 そう、ここは外でもない馬賊達の野営地だった。



 呆然とする。ここは自分の身が保証されるのか?安全なのか?下手をすれば山賊どもよりもたちが悪いのでは。


 野営地の前に立ち呆然としていると、外に出ていた馬賊の男達のうち何人かがこちらに気づき怪訝そうな目で見てきた。


 どうしよう。判断に迷う。しかし、頭は上手く機能しない。


 男達が馬の方に向かっていった。いったい、どうするのだろうか。捕らえにくるのだろうか。


思考が回らない。足も動かない。これ以上、何も行動はできそうになかった。成り行きに身を任せるしかない。


気づくと、私は四人の騎乗した男達に囲まれていた。


 男達は春に合わせてか、ゆったりとした服装をしており袖口と足先を動きやすい様に縛っている。栗毛色、灰色、黒、白、目の前でそれぞれの色が立ち代り立ち代り現れる。馬の歩く音が周りを回る。


 上から声が聞こえてきた。


「言葉はわかるか?なんだお前?」


予想外に聴きやすい、訛りの少ない喋り方で聞かれた。


「え、」


だめだ、声が出ない。口からは嗚咽にも似た空気の出る音しかしない。


「聞こえるか?お前は誰だ?」


必死に声を出そうとするが、不思議なことに一切出ない。


「止まれ」


先ほど私に話しかけていた一人がそういうと周りの馬の足音がピタリと止まっ

た。目の前には黒い馬の腹が見える。


男が馬上から飛び降りる。土に着地する音が聞こえる。


私より頭一つ低い男が聞いてくる。


「お前、誰だ?言葉が分からないのか?喋れないのか?」


 最後の喋れないという言葉に反応し返事をするために、頭を縦に振った。

男が、そうか、というと私はひょいと抱えられた。


そのまま、馬の鞍に横ばいに乗せられる。


男はそのまま馬を引き、野営地の方に向かっていった。


他の3人も馬に乗ったままそれに続く。


男達は腰に皮でできた帯を巻きそこに刀を挿していた。


 野営地の中に入っていく。家の中から子供達がこちらを見ている。外に出てる男達もこちらを眺める。



 一つだけ作りの違う建物があった。赤い布で上から覆われた、一際大きな、天幕だ。


 その前まで来ると、私を下ろし、入り口の横に控えた男に馬を任せた。そのまま私は頭一つ低い男に押されながらそこに入った。



 中は、垂木が円周状に巡らされており、そこに太い蝋燭が吊るされていた。真ん中に丸机がありそれを囲む様に男達が折りたたみの椅子に座っていた。


私を連れてきた男が言う。


「我々の居住地の前の男を捕らえてきましたが、どうやら声が出ないみたいです」


それを聞いた一番奥に座っている男が口を開いた。


「ふむ、じゃあ言葉はわかるんだな、椅子をここへ」


椅子が奥から取り出され持ってこられると私の前に畳まれた状態で置かれ、一気に上から手で押し広げられた。


「どうぞ、座ってくださいな」


そう言われると体の力が抜けた。へなへなとその椅子にへたり込む。


「言葉はわかるんですね?なら声を出す必要はありません、私の質問にはいかいいえか、頭を振って答えてください、いいですか?」


私はその質問に頭を縦に振って答えた。


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