第7話 未知との遭遇

馬賊の長らしき男は外観からして50代らしく、その周りの者の誰よりも老いていた。


 長としての風格を感じさせる長い黒髪に、深く眉間に刻まれたしわ。そして赤地に白と黄色のまだら模様の、馬賊特有の、ゆったりとした服装。まさに私の馬賊というイメージを体現したかの様な外見だ。


 私が頭を縦に振り、質問に答える意思を示すと、男は膝の上に置いていた腕を胸の前で組み、穏やかな表情で問い詰めてきた。


「まず、君は体中傷だらけの上、着ているものはボロボロだ、その様子からすると、山をメクラの状態で走って降ってきた様だ、そうなのか?」

 

首を縦に振る。


「そうか、何か山の中で前も見えない中急いで降りなければならない状態になったわけだな?」


 目の前にありありと陰惨な光景が思い浮かぶ。


 頭が熱い。耳鳴りがする。心臓の鼓動が凄まじく早まる。頭が重くなり、力が入らなくなった。

 

 頭を重心として椅子から転げ落ちる。床なのか頭なのか、凄まじく熱い。耳鳴りがうるさい。目に力が入らなくなり、光景はぼやっと滲んでいった。

こうして何も見えなくなった。


 


 気がつくと、目の前には円周上に組まれた垂木が広がっていた。その上は暗くて見えない。


 近くでは人が何かを切っているかのような音が聞こえる。そちらのほうを見る。

そこには、薄暗い中、何か小さなものを細切れにするかのように軽快に右腕をうごかす男の後ろ姿がぼんやりと表れていた。


 明かりを目の前においているのか背中には影が深々と表れている。


 先程声が思うように出なかったことを思い出し、試しに喉に力を入れて震わせてみた。すると、短い唸り声のような、絡んだ痰に苦しむような声がでた。


声が出るようになった。


 その事実に少し安心を覚えると同時に、先程の声に気づいた男は私のほうに半身向き、


「起きたか?」


と訪ねてきた。


 意識がはっきりしてくるにつれ、尋常でない体のだるさ、気持ちの悪い頭痛、そしてやけに冷えた体とそれを包む、柔らかくうす灰色をした毛布に気づいた。


「はい…」


そう答える声は掠れはしていたが確かに出ていた。


 状況を理解する。


 恐らく、私は馬賊の野営地まではたどり着いたがその後、精神的、肉体的疲労からか高熱を出し、倒れてしまい、どこかの寝台の上に寝かせられているのだろう。

何か妙だ。


 中に引き入れ身元を探りだそうとするまでは分からなくはない。そもそも怪しければ野営地に入れなければいい様に思うのだが。だがこの様に急に熱を出し始め倒れた知らない男をに対し、1日では済みそうもないにも関わらず、寝台を貸すのは一体どういう事だろうか。


 高熱の原因が感染症だったとしたら被害が出てしまう。


 親切が過ぎるのではないか。


 それほど、私が重要なのだろうか。


 男は何かを切り終わると、何かを持って近づいてきた。


「これを食え、食えるか?」


 そう言って差し出してきた木製の器の中には影で良く見えないが、薄黄色をした薄

切りされた果実の様な物がのっていた。


 男の顔を見ようとしたが背後の明かりが逆光となってやはりよく見えない。


 「ありがとう」


 そう言って朦朧としつつ、差し出してきてくれたので、それを右手で掴み口に運んだ。


 噛むとしゃりしゃりとしていて、少し塩辛い汁が染み出てくる。


「どうだ?それを食って寝とけばそのうち良くなる、ここに置いていくから全部食べろ」


 そう言って男は寝台に面した台に器を置き、元居た方向に戻っていった。


 そこにかけられていた肉をひもから外し厚い刃物で先程の様にきり始めた。


 私はとにかくだるく何も考えたくなかったので目をつむり体を休めることに専念する。しかし、ただ横になっているだけでも非常に辛く、中々眠りにつく事が出来ないので閉じていた目は自然と開きまた円周上の垂木をぼんやりと眺める。


 先程気になったことを思い出してそこの囲炉裏に肉をくべている男から答えを得たいと思った。


「とてもありがたいんですが、どうして見ず知らずの私を助けてくださっているのでしょうか?」


 場が沈黙に包まれる。男の表情は影になって全く見えない。

しばらく間があく。


「すぐ近くで人が困っていたら助けるのは当たり前だろう」


そう言われて、そうかと思う。


「本当に感謝します」


その後、何も言わず男は肉を火に当て続ける。


 再び垂木を眺めた。眺めていると少しだけ楽になり、そのうち段々と目の前が暗くなっていった。


 けたたましい何かの鳴き声が聞こえた。鳥類だろうか。


 甲高くそれに加えやけに一鳴きが長い。その為、深い睡眠に落ちていたが自然と目が覚めてしまった。


 体のだるさや痛み、頭痛、悪寒がだいぶ収まっていることに気づく。


 どうやら、あの果実のお陰か体調が回復したようだ。


 「だいぶ顔色が良くなったな」


 看病してくれている男は、自分の寝台の北側にある、木組みの椅子に深く腰掛けていた。寝ていたのだろうか。


 「はい、体調が回復しました」


 私がそういうと、男は良かったと言い、椅子から立ち上がり、まだ暗いのか光が

入ってこない、布で閉じられた出入り口から外に出て行った。


 垂木をぼーっと眺めながら考えを巡らせる。


 今、この様に手厚く保護されているのだが本当に安心できるのか、何故これほど看病してくれるのか、本当にあの様な親切心溢れる言葉を信じていいのだろうか。不安が蘇ってきた。


 とりあえず、右手で寝台を押し上体を起こす。


 長い間寝ていたのかあまりスッキリしない。


 そうしていると、先程の男が再び厚い布を捲り入ってきた。


 「よし、大丈夫そうだな、じゃあこっちに来い」


 そう言われて、後に続いて家から出る。


 どうやら早朝の様で、外は少し青くなっていたが未だ暗かった。

男についていくと、つい先日ぐらいだろうかに行った、あの一際大きく赤い布で作られた天幕に着いた。


 催促されて中に入るとつい先日とは違い真っ白い衣の首長然とした首長?がいた。

しかし、この間の様に多くの人はおらず、天幕の中には、私と看病をしてくれた男、首長?とその配下らしき赤い衣の大柄な男の4人しかいなかった。


 首長はガラガラと喉を鳴らし隣に置いた大きな壺に痰を吐いた。


 「よし、どうです?体調は良くなりましたか?」


 「はい」


 「良かったです、ちゃんと話せる様にもなった様で」


 配下の男らしい者は奥から折りたたみ椅子を取ってきて私と看病の男の前に置き一気に上から押し下げ広げた。


 看病の男が特に何も言われる前から座ったのにならい私も座る。


 「まず、タッゲルト、看病ありがとう」


 隣の男は、いえいえ当たり前のことですから、とにこやかに言った。


 寝台のある室内ではずっと逆光になって見えなかった顔はあまりシワなどなく、目の大きい好青年と言った感じであった。


 「さて、あなたは…名前を聞かせてくださいますか?」


 首長?の言葉に対して正直に答える。


 「ダッカです」


 「そうか、よろしく、私はゲレリスです、ここのリーダーでもあります」


 やはりこの人は首長であった。


 「えーで、あなたの現状は大体予想できます、あの山の中で謎の集団に襲われましたね?」


 思い出す。


 「はい」


 「あの山の中で何があったかは聞きません、あまり思い出したくはないでしょう、で何故あの山を越えようと?」


 少し考え込んだ。


 「私の村が正体のわからない勢力に落とされました、その為村に接した山を抜けその先の国を目指そうとしていました、それが理由です」


 首長は目を大きくし、動揺した。他の二人も同様に驚きこちらを見ていた。


 「そ、その勢力はどこから来たのか分かりますか?」


 首長は言葉に詰まりながらも聞いてくる。


 「いいえ、分かりません」


 「そうか…」


 場は沈黙に包まれる。


 咳払いをし、再び首長が口を開いた。


「とりあえず、成る程状況はわかりました、ところで、貴方は戦えますか?」


急に言われたもので驚き何も答えられなかった。


「聞き方を変えます、貴方復讐する気はありませんか?」











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