第16話 戦いの後に

 「どうだった?」


 タッゲルトと共に釣り上げられた死体を一人一人見ていく。周りでは他の兵士たちが自分の身内を見つけて、泣きながら下ろしていた。


 体中が腫れて黒くなった死体は、近づいてみると、そこら中にうじが湧き、ハエにたかられていたことに気づく。所々虫に食い荒らされておりあまり気持ちの良いものでは無い。


 「分かんない」


 顔で判別するなどは到底不可能だ。となると、死体の中で無事に残っり、判断に使える様な所は…髪だろうか。ここに釣られているのは女性のみの様だ。ということは、ここにいるかもしれないのは…、母…姉。だが、母は居ないだろう。


 「…俺の方は見つかったぜ」


 タッゲルトは私の横で、吊るされている遺体を抱きかかえ、暫くそのまま止まった後に、地面に優しく下ろした。そして、死体の横にどっしりと座り込み、顔をじっくりと眺める。


 私の方は……。


 「あぁ…」


 確信した。手は爛れ、裂かれた腹には虫が湧き、肌は浅黒くなってはいたが、その長く美しい髪はしっかりと残っていた。そうか…。ここで死んでいたのか。


 全身から力が抜けて後ろに倒れこんだ。あぁ…。姉の記憶が頭を次々に過ぎる。しかし、少しだけほっとしてしまっていた事に気づく。一人の生死が分かった、だからほっとしてしまった。そうかと。あっさりと受け入れてしまった。


 大きく息を吸い吐く。青空は綺麗だ。土も暖かみを持ってこちらを抱いている。はぁ…。目の前が良く見えなくなり、頬を何かがつたったのを感じた。


 

 

 

 「民に殉じた者に敬意を」


 首長の掛け声と共に草原に三つの火柱が上がった。香木で組まれた組み木が遺体を燃やし灰にして天に届けるのだ。

 山を下り、全ての死体を下ろした時には既に日が暮れており、暗闇の広がる草原の上の火柱はひどく高貴な物に感じられた。誰一人、一言も発す事なく燃え上がる組み木を一点に見つめる。勿論、自分もそれにならう。敬意を込めて燃える炎を見つめる。


 姉の他には、私の親族は見つからなかった。もう既に遺体を処理されているのか、それとも逃げ切ったのか…

 

 いずれにせよ、一人は分かった。ふんぎりがついた。


 奴らの拠点には、予想通り多くの食料が貯められていた。周辺からありたっけの食料がその拠点の小屋に集められていた様でこの蓄えさえあれば厳寒期は乗り切れるだろうか。奴らは、周りの食料を集めると共に土地に塩を撒き、徹底的に他の者が周辺に住み着けないようにしていたのだろう。


 山賊の頭は首と手からの出血が激しく、自身で動けない様子ではあるが、それでもなお生きていた。放っておくと、出血が段々と収まっていくのでひとまず拘束し、簡素な牢に入れておき、後に尋問を行う様にするそうだ。


 火の勢いが弱まってくると、葬儀はお開きとなり参列していた者は皆それぞれの天幕に戻っていった。私は、勿論自分の天幕などないのでどうするべきか悩んでいるとタッゲルトがこちらによってくる。


 「おう、なにやってんだ?こっちだろ?」


 あの天幕へ。ここに来た時からずっといた天幕へと供に戻っていった。


 「はい、これ食いな、あー、お前さ、これからどうすんの?」


 「あ、ありがとう、んー、取り敢えず…、まだ見つかってない家族を探すけど…この先の国かな…」


 「この先の国か?逃げきれていたら、そこにいると?」


 「いなかったとしても、ひとまず…安住の拠点を探そうと思って」


 「…ここにいればいいじゃないか」


 思わず、肉をとる手を止める。考えもしていなかった。あー、そんな手段もあったな…。無意識のうちに選択肢から外れていたのか?だが…その選択肢はあるのだろうか。


 「あー、ここの先の国に行くって言ったけど…、その国知ってんの?」


 「あー」


 知らない…。なんだっけ?


 「…あそこはな、えーっと、大きな都市の連合が集合して大きな国の形成したところでな、あー、今はな二人の王が仕切ってるんだ、詳しい事は…」


 「コイズ、フロイド共同統治領だな?」


 天幕の外から声が聞こえた。この声は…。


 「ん?だれだ、お前」


 天幕の垂れ下がった布が上げられ、見慣れた顔がのぞく。


 「すまんな、俺はそいつの友達だ、ダッカの友達ぃ」


 「お前…あ~、商売都市の…」


 「ウヌリスだ、よろしく」


 タッゲルトの視線が少し鋭くなる。空気が一瞬にして変わった。招かれざる者が到着したような雰囲気だ。部外者に向けられる、排外的な視線。いや、それ以上に…敵対者に近い者に向けられる視線か?


 自分に対して、意識してその様な視線を押さえていたのだろうか。それが、解消されたのはどれ程だろうか。


 「何しに来た?ていうか、首長が通したのか?」


 「まぁ、そう睨むなや、ここには俺の町を落とした敵について首長に警告しに来た、まぁその前に、ダッカがここにいるかどうか聞いたんだ、近くでダッカの兄の鈴を見つけてな…、そしたら首長はすんなりと受け入れてくれたよ、まぁ、だから、敵の脅威を教える前にダッカの顔を見に来たわけ」


 兄の鈴が…?じゃあ、ここを通ったという事か。じゃあ、やっぱりこの先の町にいるのか…?

 

 ていうか、ウヌリス、生きていたのか。少しほっとすると同時に、その堂々とした小生意気な態度に心配を覚えた。余所者であるにも関わらずやけに堂々としている。むしろ普段よりも小生意気だ。本当に警告しに来たのか?


 「じゃあ、ちょっとダッカを借りたいんだが、良いか?」


 「ん」


 タッゲルトが素っ気なく、気に入らない風に、返事をすると私に向かって顎をくいっとやって外に出る様に促した。それに従い外に出る。


 外は暗く肌寒いが、少し遠くで首長が他の家の入口の前に立ち、こちらをじっと覗き見ているのがぼんやりと見える。その表情までは伺えない。


 「ダッカ、随分仲良くなってるじゃねえか」

 

 「まぁ、色々あって…」


 「異文化との交流は難しいだぜ…お前はよくやったな」


 「戦いに協力したから…」


 「あぁ、山賊か?あの山の」


 ウヌリスは、ふーん、と言ってこちらを上から下になめる様に見回す。


 「もう、すっかり、ここの仲間だな、確かに、お前…少し戦士らしくなったな」


 その場に少し、沈黙が流れる。


 「ところでだ、首長から聞いた、お前の家族の事だが…」


 ウヌリスが顔を伏せながら話す。


 「すまなかった、町を落とさせた俺の責任もある、友人である以上に、町の長としての申し訳なさからお前の家族の探索を出来る限り手伝いたい」


 ……


 「大丈夫だ、気にするな…お前の責任じゃないさ…、こっちも一人見つかったから…少しだけ…、悲しいが、すっきりした」

 

 「そうか…、だが、手伝いはする」


 ウヌリスがこちらをまっすぐ見つめる。


 「お前、この先の国に行ってみると言ったな」


 「あぁ」


 「そこに行って家族が探せるかどうか…、まぁそこで鈴を拾ったからな…もしかしたらそこにいる可能性は高いかもな」


 少しだけ考え込む。


 「そこはな、コイズ・フロイド共同統治領といってな、名前の通り、コイズとフロイドってやつらが統治してる…元々一人の皇帝が中央集権的国家を建てていたんだが…軍と側近の腐敗と失政から反乱がおきてな、皇帝は廃され近衛兵は解体され、共和制をとったんだ、でそこのリーダが東と西で分かれててそれがコイズとフロイドってわけだ」


 そうか…。

 

「で、本題だ、お前、コイズ・フロイド統治領に行ったところで縁故も無い、金も無い、領地法で狩もできない、どうしようもないじゃないか」


 確かにそうだ。誰か人を見つけて助けてもらおうとでも考えていたが、しっかり手段を考えていなかった。先を考えてなかった…。なんとかしようとしか考えていなかったのだ。


 「で、それでだ、ちょうど俺もコイズ・フロイド共同統治領に用があるんだ、折角ここで会ったんだ、一緒に行こう」


 それは、良い。ウヌリスならここら辺の地域である程度の地位を持ってる。だから、ウヌリスの元ならそういった心配は少ないかもしれない…。だけど…


 「まぁ、お前の様子を見ると…そう簡単にここから離れる判断は出来ない程、思い入れがついてしまったみたいだな…お前の希望次第だ」


 ここにいるべきではない。家族を探すという目的を果たすためには直ぐにでもここを出てウヌリスについていくべきだ。ウヌリスは信用できるし、一緒に居たい。だから普通に考えて今すぐこの答えに頭を縦に振らない理由はない。だが、さっきのタッゲルトの言葉が頭から離れない。


 ~ここにいればいいじゃないか~


 つまり、タッゲルトは私をただ自分の目的を達成するための人間ではなく…仲間だと認めてくれたのではないだろうか。いや…


 いずれにせよここを何の相談も無しに出るのは心苦しい。


 「今すぐ答えを出せってわけじゃない、だが状況はそこまで優しくない、だから明日だ、今晩で答えを出してくれ」


 タッゲルトは天幕の中に向かい、邪魔したな、と言って遠くで見つめる首長のほうに向かっていった。


 



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