第15話ある山の攻防 完了
首長のいた塊は竪壁の突進を受けて散り散りに砕かれた。
どれ程の力で人間を踏めば、こうも傷つけ、殺せるのか。
「ちっ、首長は!?」
タッゲルトの声を遮るように首長の声が響く。
「無事だ!俺ならここだ!」
バラバラにされ倒れる兵士達からは少し離れた所に伏せている。
「首長!」
一気に立ち上がりこちらに向かって走ってくる。
「出来るだけ大勢で固まれ!盾持ちは前に!!」
後悔した…
逃げとけばよかった。
無理やりにでも逃げるべきだった。
恩義なんて少しでも感じるべきじゃなかった。
死ぬのかこんな所で…
夜は明け始め、それは白み始めた。
「ガバットーリア!!」
再びあの声が聞こえてくる。
「おい!ダッカ、しっかりしろ!!気を持て!!…いや、お前…」
「「ボウッ」」
「盾持ちを!!固まれ!!!」
塊は大きくなり、敵の声がするほうに縦長の四角い盾を持った男たちが、それを地面に刺して肩を当て全身で抑える。
「気張れっ!!前の奴を押さえろ!」
「突撃っ!!」
地面が揺れて、体に凄まじい衝撃が走る。
「ぐっ…」
体が前の者と後ろの者に力いっぱい挟まれる。
踏ん張りが…。
「ぎゃっ!」
悲鳴とともに抑えが効かなくなる。
体が飛んだ…
「おい、何人生きてる?大丈夫か?立て!倒れてる暇はないぞ!」
首長の声で、一瞬飛びかけた意識が元に戻る。
周りを見ると、友軍の戦士が多く倒れており、そこに首長が立って呼びかけていた。
体が痛むが、立てないほどではない。
タッゲルトがこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫か?立てるか?ダッカ…」
そう言われ手を掴まれて起こされる。
「指揮系統は潰されてないが、あまり良くないな」
周りに立つ戦士達を見回す。
ほとんどが大小、傷を負っている。
立っている数は体感として、最初の半分ほどだろうか。
最初こそ、相手よりも数は多いだろうと思っていたが、今となっては…どうだろうか…。
良く行って同数、悪く行けば…半数以下。
「おい、ダッカ」
タッゲルトはこちらを、見開いた目で、大きく肩を上下させながらジッと見つめる。
暫く…、ジッと。
「逃げたいか?」
その目からは、怒りの感情も悲しみの感情も感じなかった。
「い、いえ…そんな」
「いや、さっきから後悔してるだろ?ここに来ちまったの」
「…」
顔に出ていたのだろうか。
先ほどから何度も顔を合わせた…その度に私の顔に絶望が現れてしまっているのが見えていたのか。
何も言えない。
確かに、戦況が芳しくないから、さっきからずっと後悔していた。
手を貸した事。
死んでしまえば意味がない。
「お前、家族の死体は見つかったか?」
首を振る。
まだ、見つかっていない。
吊るされている死体なども見たが体が黒く染まっており判別ができない。
しかし、髪からして姉や母に似ている髪は…見つからなかった。
「そうか、悪かったな、巻き込んで…、お前は十分役立った、奴らの拠点まで来ることができたじゃねぇか、それだけで十分だ、俺たちと運命を共にする必要はない」
そう言うとタッゲルトは笑顔になった。
しかし、その顔はどこか切なそうだ。
「お前と会えて良かったぜ、さぁ逃げな」
山に来る時に見たタッゲルトの顔が思い浮かぶ。
ここで、負けたら私だけじゃなく、この男の願いも叶わない。
一生叶うことはない。
悲しむことすらできないのだ。
でも、私は助かる。
……
頭からタッゲルトの切なく泣きそうな顔が離れない。
でも、こいつと私の状況は違う。こいつの親は死んでいることが分かっている。だから、私よりも分かっているだけ…諦めがつくじゃないか…
………
いや、つかないよな…。それだったら私はとっくに諦めているよな…
こいつと私、何が違うんだ?
「分かった、待っててくれ」
私の足は後方に向かって走り出していた。
意を決した。
逃げない。
あいつの為に戦おう。
死体を持ち帰らせてやろう。
だから逃げない。
夢中で山を登る。
山賊の拠点があった場所よりも更に上に。
上に。
道などない道を走り続ける。
手も足も使い前へ。
すぐにそこにたどり着いた。
丁度、白んでいた空は明るくなり始めていた。
拠点から見えていた高台。
木々の隙間から少ししか見えなかったうえ、夜だったので非常に分かりにくかった。
足を少しでも滑らせたら滑落するだろう。
しかし、ここからなら丸見えだ。
入るにしても木をかき分けなければいけなかった。
長年、狩でもしている者でなければ気づかないだろう。
「がバットーーーーリア!!」
号令が聞こえてきた。
こちらも弓に矢をつがえる。
林の中はここから見えないが拠点内はすべて見える。
「「ボウッ!」」
あまり早くここを抑えていたら、速攻で対策されていただろう。
門が開いてでもいないうちだったら…
…あの盾壁の中にいるだろう、奴らの首領をやる。
それしか、あれを止める手段はない。
「動ける奴はもっと固まれ!盾!前!」
山賊の突撃してくるだろう方向に向けて長方形の盾が下される。
「全員、腰を入れて前のやつを抑えろ!こっちもあいつらが出てきたらこのまま突っ込む!」
ヂョウトルが隣のタッゲルトに顔を向ける。
「ダッカはどうした?」
「逃げたさ」
「そうか…まぁ仕方ねぇな」
「突撃!」
林の中から丸盾の壁がこちらに向かってくる。
「突撃!」
首長の声が響く。
それと一瞬乾いた音がする。
凄まじい衝撃音がする。
盾と盾を凄まじい力でぶつけあう音だ。
「押せ!押せ!いけるぞ!」
盾壁の押す力が格段に弱まっている。
連携が…乱れている!
林から出てきた所をあの山賊の頭を狙った。
一番前におり、狙うのは難しかった。
その為、頭を狙ったのだがすこしずれて、何故か首を抑えていた左手に当たった。
だが、その後そいつは、見開いた目でこちらを見、その後、友軍とぶつかった瞬間に倒れた。
再び弓に矢をつがえる。
味方とぶつかり合い、停滞している山賊の後列付近にいる者に狙いをつけ…
再び乾いた音がする。
「ぎゃ!」
「押せ!」
山賊の盾壁が押し負け、崩壊する。
盾壁は散らされ、友軍の塊がその中を突っ切る。
「散会!」
首長の掛け声とともに塊はバラバラになり山賊たちを攻撃し始めた。
しかし、山賊達は連携力をなくしていた。
「囲め!囲め!」
逃げ腰の山賊を数に任せて囲み壊滅していく。
馬賊は囲む時にあえて完璧に囲みはしなかった。
逃げようとする者は戦わずに逃げれるかもしれないほうへ走っていくからだ。
あとは背中を切るだけだ。
夜は明け、すっかり明るくなっていた。
戦場には山賊の死体の山が新たに築かれ、先ほどの勢いは嘘だったかのように落ち着いていた。
一人一人、死んでいるかどうかを剣で刺して確認する。
「おい、タッゲルト…こいつは」
ヂョウトルに呼ばれてタッゲルトがそちらに向かう。
「…こいつは…奴らの頭だ…だが…」
目の前には右手に矢が刺さり首から、巻かれた布では抑えきれず、噴き出した血を漏らし、それでもなお痙攣する、あの山賊の首領がいた。
そこに首長が寄ってくる。
「ん…こいつは…そうか、こいつが一人であの連携を作ってたのか…にしても、この矢は…この切り傷は…」
「この傷は恐らく俺がつけていたものです…この矢は…」
どうやら勝敗は決したようだ。
高台から味方が一息ついているところを見てこちらもほっと一息つき、その場に少し座り込む。
大きく息を吸い、吐く。
そして、山を下る。
再び、山賊の拠点だったところに歩いていく。
タッゲルト、首長、ヂョウトルが首領が倒れているのを呆然と眺めている。
その右手には…確かに私の放った矢が刺さっていた。
3人がこちらに気づき、右手に握られた弓を見る。
「そうか…お前だったのか」
タッゲルトがこちらに走り寄る。
「お前………ありがとう…」
首長が大声を張り上げる。
「これにて勝敗は決した!!我れらの勝利だ!!!!」
あたり一面は終わることのない、長い長い歓声に包まれた。
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