第34話 襲来

 全身から冷や汗が流れ出る。口の中の水分がなくなっているのか、やけにざらざらする。奴らだ。


 「即刻、待機していた突撃隊を崩れた部分の防衛に回せ!畜生共を一人も中に入れるな!」


 まずいまずいまずい...こんなところで終わる訳にはいかん。奴らが本気で攻めるならこの都市は終わりだ。その気になれば遠くから瓦礫の山を作れるからな。


 !!またか!...振動は無い。外したか...。だがこのまま行けば城壁が崩され侵入を許すのは時間の問題だ。ここにとどまるべきではない。少なくとも、ここで心中する気は無い。


 そして何よりもダッカをこんなところで死なせるわけにはいかん。

 

 「すまないが、兵士達の元に戻らせていただきます」


 「いや、待ってください、待て、貴方を逃がすわけにはいかない、こんな状態で戦力をみすみす手放すとお思いですか?」


 衛兵!という声で、コイズ方の控えていた兵士が剣を抜く。


 「失礼ながら、何か勘違いされているのでは...?このような緊急事態に指揮系統が不在なら兵士達が不安がるでしょう、だから兵士たちの元に戻りたい、ただそれだけであります」


 「いや、今行かせればこの都市からの脱出を許すでしょう?こんな状況だ、少しでも兵力は欲しい、そうでしょう?だから、みすみす逃がさないと言っているのです」


 ...鋭いな。人を信用しないことに関してはぴか一だ。ただ、その推察は正しい。だから嫌いなんだよ。おとなしく騙されとけよ。


 「...私が行かなければよろしいのでしょう?では、こちらの者を伝令に使ってもよろしいでしょうか?」


 「それならば良いでしょう、どうぞ」


 これで、ここからの退却という選択肢はついえたわけだ。なんにせよ、ここで指令を伝える以上、撤退はできない。それに、俺がいない状態で軍を都市から退かせたとして......いや、それはただの自分勝手だ。ただ、その為に今生きてる。退かせるわけにはいかん。


 「タッゲルト、兵士達に武装を整えいつでも出撃できる状態で待機するよう伝えてくれ、脅威を確認したら俺なしで対応するようにもな」


 こちらをまっすぐ見てタッゲルトがうなずく。右手で力強く、剣の柄を握りしめている。...決意に満ちた綺麗な目だ。何故、そんな目ができるのか。俺には分からん。...ダッカもそうだ。何故、あんなにも初めての友達ごっこに夢中になれるんだ。何故、あんなにも決意に満ちた綺麗な目で俺を見るんだ。俺達には帰る家も無いというのに。何故だ...


 「これで、よろしいですね?コイズ様?」


 「えぇ、貴方の事を疑っている訳ではありませんよ?あくまで保険です...」


 こいつ、やたらと疑ってない事を強調するな。昨日の件と言い...。あぁ、成程。そういえば、こいつの理想は確か自身を頂点とした神格化。心の世界の支配だったな...成程...。疑り深い性格だがそれに相反する理想に言動がっ引っ張られてるのか。そういうことか。


 「コイズ様、私の申し上げた事をお忘れでは無いでしょうが、もし、あの蛮族軍以外に虐殺軍が混じっているのなら今すぐ都市の放棄をおすすめいたします」


 「...分かっている、大丈夫です...安心してください、貴方はただ祭りの演劇を楽しむ様に力を抜いて観戦していただければいいのです...もし何かあれば貴方の兵士達もいるのですしね...」


 なんなんだ...?なんなんだ、こいつの自信は...?何故、そこまで、見たことも無い敵を侮れるんだ?慢心か...?


 だが、確かに、この都市には何かある。これだけの財を溜め込み維持し続けている以上、それの裏付けはあるはずだ。しかし…今、それが出ないなら俺たちは負ける。生きてこの都市を出ることはないだろう。


 !!


 命中した、すぐ側だ。


 「ぬぅ…」


 奥の手は無いのか。出ないのか。先程までの余裕の根拠を今出すべきなんじゃ無いのか!なぜ狼狽える。やはり、ここも限界か?包囲の完成していない今のうちにここから脱出するべきか!だが、ここからは出れない。衛兵が阻むだろうし、こいつは許さないだろう。

 

 「コイズ様、是非私に兵たちの元に戻るのを許可なさってください」


 「駄目だ、逃げるなと言っているでしょう?」


 「いえ、私が兵たちを率い敵に対し突撃を仕掛けましょう、そうすれば敵の城壁に対する攻撃は和らぎます、その隙にどうぞお考えをおまとめ下さい」


 「いや…そうは言っても…逃げない補償はない、侵入された時の保険として」


 「敵がなだれ込んでからでは甚大な被害は免れないのはお分かりの筈、この都市にも私の兵にも、あなたの兵にも、最初からそれも覚悟なさっておられるのは指揮官としてあるべき姿でありますが、今、状況が変わりました」


 衛兵がこちらを見開いた目で見ている、剣をいつでも抜けるように握ったまま。


 「事態は急を要します、このまま従来のように防衛戦を続けても虐殺軍の攻撃によって城壁が壊されるだけです、今やこの壁に防衛施設としての価値は無いのです、今すべきなのは攻撃です、防御ではなく、まだこちらの兵力がそこまで削れてない今のうちに突撃をかけるなのべきです!」


 この街は道が入り組んでいる上に狭い。大群が横に広がって通れないようにしている。だから中に引き入れて抵抗すれば少ない兵力で撤退を決意することを余儀なくさせるほどの損害を与えることができる。そういう考えだったんだろう。だが、状況が違う。敵は帰る場所は無い連中だ。奴らにとって撤退と戦死は違わない。そして虐殺軍の存在だ。その攻撃は家屋も吹き飛ばすのに十分だ。奴らの攻撃は今まで使われてきた投石器などとは比べ物にならないほどの長射程なようで補足が難しい。


 「突撃を!」


 この都市の為に命をかけるのは…だが、ここを放棄すれば敵に後ろを補足されながら敗走し続ける未来が待っているだろう。夢とは遠いな…。


 「…なるほど、だから兵装を整えさえて待機させていたわけで…騎兵はどれほどですか?」


 「…200人程度です」


 「…うむ…敵はおおよそ4千ほどでしょう…うむ…」


 「我々が時間を稼ぐ間に突撃準備を整えさせてください」


 「既に、埋み門前に強襲隊が待機している、300人ほどだが…任せよう」


 「…お任せあれ、コイズ様、信じております、どうぞ御懸命な判断をよろしくお願いします」


 決した、決したんだ。城壁から一気に駆け下り、兵舎へと駆けていく。何人もが上からこちらを眺めてる。まるで他人事みたいだ。


 「俺はウヌリス!客人であり、今からこの都市を守る為に突撃をかける!」


 他人事じゃないんだよ。いつか自分の家は壊れ、都市も壊れる。人が死ぬのと同じように。全てにいつか終わりが訪れる。俺たちにできるのは延命だけだ。だが、それは自然なことだ。最初から死のうと思っている人間はいないだろう。だから君たちを精一杯延命してやろうじゃないか。お前らの命は俺の手の中だ。覚えておけ。


 兵舎の扉が閉まっている。


 「ウヌリスだ!開けてくれ!」


 扉が開いた先には中庭がある。そこでは兵士が鎧を着て武器を持った状態で待機していた。


 「現在、この都市は包囲されようとされている!そしてお気づきの通り敵には虐殺軍が存在している!パンゲイス以下騎兵隊はついてこい!歩兵はそのまま待機し、コイズ兵が出たらそれに続いて攻勢をかけろ!ドンマ殿!歩兵の指揮を頼みますぞ!馬と鎧を!タッゲルト!」


 中庭は広い、だから騎兵が騎乗した状態で待機が可能だったのか。こんな広いのは初めて見る。町が壊されなければこれも知らなかったんだろう。


 タッゲルトが群衆をかき分けて即座に走り寄る。


 「よくやった、完璧だ、さて君は俺の護衛なんだから横を頼むよ」


 「…はい!」


 戻り、急ぎ馬を駆けさせこちらに来る。


 パンゲイスが自分の馬に乗ったまま鎧を持ち馬を引いてくる。


 「どういうことでございますか…?」


 鎧を受け取り、袖を通し兜を被る。


 「詳しくは行きながら言う」


 馬に乗り上げ、鐙に足を突っ込む。剣を抜き天を指す。


 「血を!栄光を!伝説を!」


 腹に合図を出して、馬を駆る。


 

 


 

 


 



 


 

 

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