第33話 

 「根絶やし!根絶やし!」


 凄まじい声だ。ここら辺の民族はやけに気性が荒いな。城壁の上にいても十分に聞こえる大きさで空気を震えさせる。


 攻撃は早朝に始まった。小規模の集団が一つの攻城塔を押しながら、無謀にも放たれる矢の雨に突っ込む状態が続き、見ているこちらが少し同情してしまうようだった。しかし、しばらくすると同じような攻城塔を押した集団が山の稜線の向こうから見え始め、初めてその規模の大きさを推し量ることができた。


 だが、感動しすぎには注意だ。起きて肌で感じたが、丁度今日、厳寒期に突入した。深く息を吸い込めば、肺が凍り付いて死ぬだろう。


 ...この集団はだから、すぐにでもここを落とさない限り...夜までに落とすことができなければ...。生きる為に必死なのだろう。


 「ウヌリス殿、どうです?」


 「あちら側はこちらに対して有効打を与えられる気配すらありませんな」


 必死になって押してきた攻城塔はこちらの壁にたどり着く前に城壁の塔の上に取り付けられた投射機が放つ石弾によって粉々にされていく。わざわざ、この様な高所に投射機を据え付けるのは本来ならスペースと石弾の運搬の問題から非効率的とも思えるが、この城壁はそれを、城塔にしては十分以上の広さと備蓄力を兼ね備える事により解決している。おまけに、この投射機は細かい調整が可能の様でちょうど工城塔に当たるようにと狙って石が飛ばされている。


 うむ...まず間違いなく勝利はこの街のものだろう。


 「ウヌリス殿...どう思いますか?」


 「は...どう...とは?」


 蛮族軍の体勢が崩れ始める。ちらちらと敗走する兵士が目立ち始めた。


 「何故、こんなタイミングで無謀にもこの都市を攻撃してきたのか、それは、貴方が仰っていた虐殺軍の影響でしょう」


 敗走する兵士達がなんとか踏みとどまり、他の攻城塔へと合流する。


 「虐殺軍が我が都市に近づいてきている、だが...あなたが言うように至る所で皆殺しにしているのなら、幾ら敗残兵共だとしてもこれほどの大群がまず生き残っているとは考え難い」


 敗残兵共か...その言葉は俺たちにも刺さってるんだが...。


 「ウヌリス殿、昨日の遺体の件はすいませんでした、私としたことが心のどこかで貴方を信頼していなかったのでしょう」


 まるで、今は信頼しているかの様な言いぐさだが...。それ以外にも、あれほどこちらに疑いをかけている時点で、こちらもこいつは疑わざる得ない。そして、何よりもあの面倒な食事の儀式。あれが客に対する儀礼である時点で、そもそもここの連中は人を信用するという事はしない質だろう。


 ...昨日...。結局、なにごとも無く、無事過ぎた。族長もその兵士達も感づいてはいたが、表立って騒ぐような真似はしなかった。率先して族長が遠回しに諫めたようだ。...思ってたよりも、有能だった。


 そして、ドンマの報告。そっちのほうが衝撃的だった。どうやら、ドンマはこの城に運び込まれた時点で既に荷馬車からなんとか脱出しており、あの宴会の席での気遣いは要らなかったようだ。そして...俺の要求通り、ここの組合長共と密会をしようと...ひとまず組合の会館を探して...忍び込んだら、全員殺されていたらしい。椅子に座った状態で、全員が鋭利な物で首を斬られたていたと。


 どうやら、この街は...城の外までも謀略の渦に巻き込まれているようだ。うーむ...。当初の目標通り、ここの兵力も何とか巻き込むとなると、頭を自分に挿げ替えやすくなるから好都合ではあるが。正直、コイズを筆頭としてこの都市は底が見えない。取り込もうと安易に手を出せば、簡単に取り込まれる。


 ここを頼ったのは失敗だったか?だが、全員が確実に冬を越すにはそれ以外の方法は無かった。行軍は十分な速さだったし...もし、なにかしら原因を見つけなければならないのだとしたら...まずそもそも、あいつらに負けてから敗走してその過程で仲間を増やしていくっていうこと自体に見出すしかない。無理のある計画だった。


 だが、だからと言って諦めたら......


 「実はあの遺体はここら辺の蛮族の中の一つでした」


 なんだと?


 唐突に現実へと引き戻される。


 「何故、その様に思われるのでしょうか?」


 「まず、遺体の服、確かにああいった物は初めてみました、しかしそれを脱がしてみたところ特徴的な入れ墨が体全体にかけて掘られていたのです」


 入れ墨だと...?


 「お言葉ではありますが...それは類似しているだけではないのでしょうか?」


 「えぇ...有り得ない事では無いでしょう...しかし、それにしてはあまりにも酷似しすぎている、いえ...全く同一の物でした...何よりも私の貯蔵品と全く同じでした」


 貯蔵品?人の入れ墨を収集しているという事か?ありえない事ではない。人の皮は術の原料にもなる。思い入れのある原料であればあるほど効果も上がるという物だろう。だが...あの武器、そして戦い方...あまりにも我々とは違いすぎる。ここら辺の民族だとするなら、ここいら一体に既にその技術は伝わっている筈だ。


 「...あなたはやはり嘘を吐いている」


 !!!


 「いや...嘘というより、方便というものでしょうか?我々を味方につける上では敵は強大で残酷にしておいたほうが良いでしょう」


 .........

 

 「貴方に力を貸さないなど私は言ってないでしょう?正直に言っていただきたい、敵は正確に知っていなければいけないでしょう?強大で残酷な敵であったほうが兵士たちにとっては良いでしょう、各々が英雄になろうとしているのなら...しかし、私は一兵士では無い」


 斜め後ろをちらりと見る。タッゲルトが剣の柄に右手を当ててこちらを不安そうな顔で見つめる。...そんな、顔をしないでくれよ......。


 「タッゲルト、悪いが少し外してくれ」


 ...


 「私がコイズ様にした説明は確かに少々誇張されておりました、しかし、敵が私の知る限りではできうる限りの皆殺しの方針をとっていたのは事実の様です、命からがら逃げ伸びて私の軍に合流した者の証言によれば...戦いに負けて村の人間はできうる限り捕らえられたと...そして、女子供の区別なく殺されたと言います」


 「...で、他には...?」


 「同じような境遇の兵士達も同様の証言でした、普通、兵士の処刑なら分かりますが、女子供は戦利品にするならまだしもあからさまに公開処刑をする必要は無いでしょう、何よりも時間の無駄です」


 「確かに、一理あります...しかし、それは貴方が言うように「無駄だ」、時間がかかるぶん無駄な食料も剣も消費する」


 「敵はその無駄を敢えて行っているということです...目的は......」


 ...コイズは顎をこぶしに載せ少し考える様な素振りを見せる。


 「それが正しいとすれば、目的は土地における民族の入れ替えでしょう、遺恨も何もかも全てまとめて消し去ってから、まるで初めてそこに来た人間の様に振舞うのです」


 思いつかなかった...しかし、何故...?何故そんな事を...?抵抗するなら潰せば良いのではないか。わざわざ資源を費やして殺す必要は無くないか?


 「解せない...という顔をしてますね...良いですか?隷属させるにも食料は必要なのです財力に余裕がなければ奴隷産業は成立しないのです、そもそもそんなに余裕があるのなら大規模な遠征の必要は無い、そして追いやるにしても遺恨を消し去ることは出来ない、いずれ100年後200年後に国の障害となるでしょう」


 ......成程。


 「貴方の言ってたことは分かりました、十分理解できます、しかし現状は貴方のいっていたものとは違います、そういった結果を見つけたのです」


 「...先ほど私が述べたように「無駄」である行為は長く続かないでしょう、皆殺しを続けていれば人も物も無くなっていく...途中でいきどまる事は予想に容易い......わざわざ皆殺しをするという事は、占領地から募兵もできないのでしょう...それならば、適当に戦力さを見せつけて敗走させて追いやったほうが良い...ついでにあちらの装備を少しだけくれてやるのも良い...残党が終結し潰し合っているほうが都合が良いでしょうし...恐らく方針を変えたのでしょう」


 「......確かに、あちらの武器は今まで見たことも聴いたことも無かった...使い方すら分かりませんでした...それのちょっとやそっとくれてやっても実力差は変わらない...というわけですね...」


 ......


 「ウヌリス殿...まだ私は貴方の言う「敵」と遭遇していない、もし遭遇したなら貴方はどうするべきだと思いますか?」


 ...奴らは圧倒的強さを持っている。正面から挑んでも勝ち目は...


 「決戦はお避けするのが賢明です、敵を無限の行軍に引きずり込むそれしかないでしょう」


 ...コイズ.........。こちらの話を聞いて少し不安になったのか?余裕しゃくしゃくな態度だったのに、こちらにアドバイスを求めた...?いや、ただ対峙した者の意見を聞いているだけか?


 「ふふふ...ふふふふふ...」


 ...なんだ、その笑みは。その笑いはなんだ。こちらを見ているのか。口の端を挙げて、異様な笑い方をする。


 「貴方は...何故、我々の帝国が千年以上の時を経てきたのか知らないようですね...」


 なんだ...。なんだこれは...。汗がどっと湧き出る。心臓が止まるんじゃないか。なんだ、この異様な気分は。まるで、体全体をナメクジが覆っているかの様な感触。不快感しか無い。なんだ...なんだなんだ?何か、秘められた...開ける必要のない呪いの墓を暴こうとしている様な...後悔かこれは。


 コイズ...どうして、こんな雰囲気を出せる。どうすれば、そこまで人を不愉快な気持ちにさせられるんだ。何を秘めている...。


 凄まじい炸裂音、そして意識がそれたことによって、体が楽になる。


 「なんだ...!?」


 この音は...


 壁の防衛をしていた兵士が塔に走りこんでくる。


 「コイズ様!!新たな敵影が現れ...そして......」


 再び炸裂音が鳴る。そして、しばらく後...激しい振動が襲う。


 「むぅ......」


 再び、兵士が報告に走りこんでくる。


 「城壁が一部、崩れました!!」

 


 


 


 


 

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