第30話
「よくぞ参られました、ウヌリス殿、貴方の来訪を非常に楽しみにしておりましたのですよ」
「この様な厚遇に心から感謝致します、救世軍の代表としてこの場を借りて感謝申し上げます」
一昨日にも訪れた大ホール。相変わらず、豪勢な作りだ。首が痛くなるほどに見上げる必要のある天井は斜めのアーチが連続し、壁面は彫刻や図画でびっしりと埋められている。この様な豪勢さに関わらず所詮は別荘に過ぎないというのだから驚きだ。
俺の軍は隊列をなし、交流街の市門をくぐった。いくつものせり出した石落としと城塔によって荘厳さを見せつける年季の入った城壁の向こうには、整備された大きな街道が少し上がりながらくねくねとしつつ城まで延び、その道を挟むように3層建ての、立派な切り石積みの、アーケードを備えた家屋が立ち並び、そして日の光を浴びて、白く輝いていた。
流石は一大帝国の都市だ。うちの町とは立派さが違う。長い時間と多くの勝利によって得た利益の結晶だろう。
ただし、どうやら町の賑わいはうちの町のほうが数段上だ。アーケードが備えられているにも関わらず、そこに店を出している者は少ない。まぁ、時期の問題だろうが...。この時期は厳寒期に向けて冬ごもりの準備をしていなければならない。そんな状況なのだから、貿易の為にこの街を目指してくる者もほとんどいないだろう。
店もやっていないのだから人通りも少ない。というよりも、殆ど出歩いてる者を見かけない。狭い路地を2列で進み、なんとか荷馬車を通していく。家々の壁は寒さ対策の為だろうが分厚く、窓は少ない。そしてそこにつく4つ穴のついた木枠には、その穴全てに内側から木の板が打ち付けてある。
この時期にやってきたのが悔やまれる。随分と閑散としてんな。
だが、そんな行軍の中で唯一出会った人間がいた。
しゃりんしゃりんと鈴の音を響かせている…あれは、子供たちか?広場に出たときだ。妙な鈴の音が聞こえるので、そちらを見るとそこには薄汚れた灰色のずたをかぶった様な子供の集団が、一人の中肉中背の男に率いられていた。鈴の音は恐らくあの男が鳴らしているのか。
あれは、何か。孤児を引き取り連れまわしてるのか?この時期に?いや、この時期だからか?冬を路上では越せないから、家の無い子供を引き取ってるのか?だとしても、全員同じ服装をしているのはおかしくないか…
思案が終わらないうちに、広場を通り過ぎ、路地に入る。馬で先導する防衛隊長は気にも留めていない様子だ。そちらをちらりとも見ない。
いや、こいつ敢えて見ないのか?意識していなければ、ちらりとでもそちらを見る筈では?まっすぐ前を向いているのが先導者の礼儀だというのか?
まぁ、なんにせよ答えは出ない。既に、凄まじい長さと高さを誇り、門塔まで備えた城門をくぐった後だ。今考えるのはこれからの動向である。
「ウヌリス殿、こちらの衛兵に客室まで案内させます、行軍に適した時期になるまではそちらのほうでお休みなさると良い」
コイズの隣の衛兵が、地面に当てて片手で保持していた槍を両手でしっかりと持ち直し胸の前に持ってくる。
「これ以上ない程に寛大な処遇を感謝申し上げます、しかし、申し訳ないのですが、そちらの兵舎に入れて貰っている我が兵士を一人専属の護衛として連れ歩きたい」
門をくぐった時に俺以外の兵士は全て別のところへと案内されていた。案内役の話によればこの城の広大な兵舎に案内するらしい。反抗するわけにもいかないのでそのまま任せたが…さすがにあの人数にそう手は出していないはずだろう。
「我が衛兵を着かせますよ?どうぞ、ご心配なさらず」
「いえ、決してコイズ様に疑いの目を向けているわけでは無いのですが、どうかお目にかかっていただきたい兵士が我が軍にいるのです」
「なるほど?…良いでしょう、正統な理由があるならば私が止める事はできません、衛兵、案内はやはりやらなくて良い」
衛兵はそう言われると再び姿勢を戻した。
「ちょっと、この城を一緒に散歩しましょう、私が案内しますよ、そのついでで兵舎まで行きましょう」
散歩か。これは直々にこちらに探りをいれたいのか。それとも、直接話したいことがあるのか。どちらにせよ、答えを間違えれば命が危ない。コイズ側は衛兵をつけるかもしれないがこちらは俺一人だ。殺そうと思えば躊躇なく人目の着かないところで殺すだろう。いや、殺す気なら今ここでやるのではないか?俺を殺したことが出回ることでどういう影響が起こるか、損失があるのか未だに測りかねているのか?
自然とベルトに吊った剣の柄を強く握りしめようとしてしまったが、なんとか相手には見えないようにごまかす。
「直々に案内していただけるなど、この身に余る厚遇、喜ばしい限りでございます」
「はは、良いです、そう畏まることはない、私は皇帝では無いし、それに確かにこの手で切りましたから、単なる護国卿…役職上の支配者でしかないのですよ」
そう。そういう風に口では言うのだ。特に前の支配者が権威主義的人物だったときにそうなる。逆張りとして、その様にアピールするのだ。だが、それなら、少なくとも背中に向けてかけている統治者を表す黄色のマントは外したほうが良いだろう。綺麗な模様からして元々は皇帝が来ていたものだろうし。
…あのマントはこの帝国に一つではないのか?帝国は現在帝政から二人による統治体制になっているはずだ。あのマントが二つあるならば、恐らくもう一人、フロイドもそれを付けているだろうが、もし、元来一つのみであったなら…少しきな臭いことになってくる。
「それでは、行きましょうか」
コイズは玉座から降りて軽やかに、こちらを向いたまま丁寧な装飾のついたホールの外へ通じる扉まで歩いて行った。
どうやら、コイズは護衛を付けないようだ。そのまま、扉を開けてこちらをにこやかな表情で見つめている。
大ホールを出ると、そこはアーチの窓が連続するいくつもの椅子と机が置かれた待合室だ。この待合室の広さを見るだけでここの兵舎がこちらの兵士を全員収容できるほどのものであることは自然に納得できる。
そのまま廊下に向かって歩き続ける。
「ウヌリス殿、こうして二人っきりになるのは初めてですね」
「はい、私もそのように存じております」
「この立場になると何かと危険が多い、貴方にも分かるでしょう?確か、貿易町の元首だったはずですよね?あそこは歴史が古い...私ももっと若い頃は良く行かせていただいておりました」
「はい、確かに私は元首でありましたが、その肩書は最早意味をなしておりません」
「そうですか、あなたの功績をいくつか聞かせていただいておりましたが、それが町を取られてしまうほどなのですね」
虐殺軍の情報を集めようという魂胆なのか。
「ウヌリス殿、あなたが言うように我々が協力しなければいけないのであれば、情報はお互いに包み隠さず共有致すべきなのではないでしょうか?」
「その通りだと思っております、だからこそこちらの持つ虐殺軍の情報は全てそちらにお伝えいたしました」
「全てですか?」
場の空気が変わるのを肌で感じる。緊張した空気ではない、むしろだるんと緩んだ泥の中にいる感じだ。怒っては無いし、殺そうともしていない。しかし、逃がす気はない。そんな感じだ。
「…はい、こちらの現在知りうる情報は全て提供いたしました」
「そうですか、それはそうですね、あなたが嘘をつく利点が無い、疑ってしまって失礼しました」
本当にただの勘違いなのか?
「あぁ、ところで、あなたがたの荷馬車に乗った死体のほうをいただきました」
「…何を…致すのですか」
「情報は共有するべきであると思っていると言いましたね、あれは確かに体裁はあまり整えられてはいませんが、多くの情報が含まれてます、あれを独占してしまっては私たちのパワーバランスが大きく乱れ信頼関係にひびが入ってしまいますから」
こいつ…人の物勝手にとるなよ…。こいつの庭に入った時点で、こちらのすべては握られてる。いや、この庭の中の人も物も全ては自分の物ということを誇示しているのか?恐らくはこちらの独断を防ぐ為に今ここで牽制してる。敵意を見て取ったわけでは無い?…いや確信はできない。
「もうしわけありません、こちらで調べてから共有するべきと思っておりました、不確実な情報や推測は真実を紛らわせてしまいますので…」
「そうですね、あなたの仰る通りです、あなたなりの気遣いだったのですね、それはかえってわるいことをしました、ほんとうに申し訳ありません」
ふぅ…心の中でため息をつく。やけに長く感じた待合室を抜け廊下部分にでる。廊下も二連窓が多く連続しており、非常に明るい。この城は戦いに向けられて作られた物ではないのだろう。
「あなたのお友達、今は慈善診療所にいらっしゃるんでしたっけ?」
そこまで知っているのか。本当にこの街すべてに情報網を張り巡らしているようだ。ドンマ…まずいな。懐柔工作とも思える行為が見つかったらどうなるか…。
「はい、コイズ様には申し訳ないですが、了承も戴かずに市門の開門時間中に運び入れさせていただきました」
「何を申し訳なく思うのですか、開門してる門は通っていい門ですから、貴方のところもそうでしたよね?軍団などの大所帯でなければ通行の邪魔にならないのでいつでも入れる物です、そうでなければ消費が滞りこの街の強みが消えてしまいますので」
こいつはあの夜、恐らくダッカが何をしているのか分かっていた。例えそれがただの推察であり、察していたに過ぎないとしてもわざわざあの場で分かっている様な口ぶりで話す必要はなかった。こいつは…恐らく明確にこちらをけん制してる。
しかし…ほかに手段は無かったとは言えこの町の診療所に預けたのは間違いだった。こちらで治療することは不可能だったから、苦渋の判断で連れて行ったが…こいつはダッカを人質にとるつもりだ。やっぱり、パンゲイスの言う通りダッカを連れてくるべきじゃなかっただろう。
だが、他の方法は無かった。あいつはあそこにおいておけば遅かれ早かれ、馬賊のもとで溶け込めても、あそこで奴らに殺されてるだろう。それだけは、避けなければいけなかった。これが最善なんだ。
「ウヌリス殿、ウヌリス殿は理想的な統治とはなんであると思いますか」
思案に浸りながら城内を観察していると、藪から棒に質問される。
「コイズ総督...いや失礼、護国卿なのですから、その徳と知によってのみ収められることこそが理想的な統治であるでしょう」
「いや、違います、それほどまで執拗に私を良く言わなくても良いです、私が聞いているのはこの都市、帝国の話では無くすべての世界、つまり普遍的な話をしているのです」
普遍的な...理想的な統治。つまり、自身が模範的と思う政治観について聞かれているのか?...思わぬところで怒りを買いかねない話題だが…どうやらヨイショがばれたようだし、下手に嘘をつけば逆に怒りを買いかねない。だから、貴方だったらどう思うかと普通だったら聞き返すが…相手の地位が高すぎる。
消去法から正直に言ってみて、様子を見る。
「私にとっての理想的な統治は…簡単です、食料と富をできるだけ絶やさず、問題の起きない…そんな平素の状態を維持し続けることであります」
「それでは...問題が起きたらどうするんですか?」
「問題を事前に予期できれば先手を打ち、防ぎます、予期できなければ後手で策を打ち、損失を取り返します」
「つまりは…あなたにとっての理想とは木が自身の葉を養い、枯れたら落とし、少しでも自身の余命を延ばすのと同じということでしょうか」
出方を間違えたか。コイズのこちらを斜めに見る表情が明らかに変わる。口元が少し引きつり、眉を細める。まずいまずい…ごまかすのが最善だったか?だがごまかしは恐らく機を延ばさせるだけだ。ここまでの流れでおべっかを良く思わないことだけは分かった。おべっかを使うたびに、社交辞令を申し上げるたびにそんなものはいらないと柔らかに脅しをかけてきた。こちらの本音を聞きたいのか。
「不快な思いをさせたなら申し訳ありません、つつみかくしていう事は逆に失礼にあたると思いましたので」
アーチの連続した窓からの光が一瞬、こちらを斜めに見るコイズの顔を逆光にした。その真っ黒な顔がため息をはく。手に汗が染みでる。それまでいつも通り歩くために振っていた右手の動きが極端に無くなる。いつでも抜けるように。
「貴方も理想に理想が無いのですね…」
顔が見える。依然、斜めにこちらを見ているが、その目はこちらの右手をじっと捉える。先ほどと違って、見開いた目でこちらの右手を…一瞬で悪寒が走る。
「あなたの思想は否定しません、しかし理想の無い政治はただの延命に過ぎないのでは?」
「…は、その通りでございます」
コイズは顔を完全にこちらに向けた。進行方向は全く変わらずに首だけを動かしてまっすぐと歩き続ける…
「罪の意識や後悔を感じていますか?貴方は貴方の本心を言ってくれました、ただそれだけです」
長い長い板張りの廊下でコイズが止まる。そして、左側を向いた。
「こちらです、こちらの扉を抜けると、兵舎となっています」
そう言って、コイズが扉のノブに手をかけようとするが、瞬時に止まる。
「実は久しぶりの来客の為に本日は豪勢な晩餐を用意しました、兵糧は備えているでしょうが、一日ハメを外させたほうが士気もあがるでしょう、配下の兵のぶんの余裕もありますから是非とも日が落ちたら兵士と共にこの外に見える中庭にいらしてください」
「非常にありがたく思います、宿だけで無く食料まで提供していただけるとは夢にも思っておりませんでした」
嘘だろ。うちの兵士は幾ら残党って言ったって624人もいる。単独で戦争を戦えはしないが、まぁまぁな城を防衛する人数ぐらいはいる。それをこいつは養うと…ここの城の防衛要員の食料はどうしてる?それ以上に余裕があるのか。そこら中を衛兵が立ち、巡回しているし、少なくともこちらの人数と同等もしくはそれ以上の人数がいると考えたほうが良い。…すさまじい、資源力だ。
やはり、こいつはこちらの到着を既に予期していた。ということは…恐らくあの軍団の存在も…それは、まだ証拠が揃ってないが…
「いえいえ、貴方ほどの志の者を野放しにするわけにはいきませんから」
コイズが兵舎への扉を開ける。
「では、私は晩際の準備は勿論、日々の業務も残っていますのでこれにて失礼させてもらいます…楽しいお話の時間をありがとうございます」
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