第22話 コイズ総督
「全体っ!進め!」
ウヌリスの掛け声と供に荷馬車が揺れる。凸凹としている道をガタガタと揺れながら進み始めた。今、ウヌリスとはアーチ状に編んだ木枠に日よけとして布を重ねたものを取り付けた荷馬車に乗っている。馬にひかれているのだ。この荷馬車はちょうど中央あたりに配置されているようで前にも後ろにも、大勢の鎧帷子を着込み乗馬した騎兵たちが視界に入る。
「本当にタッゲがここで自分の力だけで馴染めると思うか?」
「さぁ…ただ、馴染んでもらわなきゃ困るんだよ」
タッゲルトはここよりはるか後方、2つの騎兵の集団が歩兵を挟む形で行軍しているが、その歩兵の後ろの集団に紛れている。ここからは遠く見えない。ウヌリスの話では最後尾の騎兵集団の後ろには補給品を載せた荷馬車の集団がついてきており、最後尾の役割はその荷馬車集団の護衛もかねているという。
「まぁ、最後尾は奴にとっては天職かもしれんな、自然に歩けば馬のほうが早いから歩兵との距離を保ちつつ、丁度いい速さで進めなければならんからな」
そうウヌリスはつぶやくが正直言っていることはあまりよくわからなかった。ウヌリスとは荷馬車の中で向かい合う形になっている。その恰好は完全武装だ。頭頂部から下部にかけて卵のように緩やかに膨らんでいる黒く光る兜。鼻あてと頬あてが付けられておりそれより後ろは首から下に着こんだ鎖帷子と同じものが垂れていた。
腰には皮の吊りベルト。そこには左右に一つずつ剣が吊られている。しかし、どちらとも見た事の無い剣だ。右側にかけられた剣は、正確には見えるのは鞘だが、緩やかに反っており、また片側の剣は非常に小さかったが、これもまた反っていた。
ここら辺の剣では無さそうだ…。
「そういえばさ、今から行くところに向けてなあの野営地でなお土産を貰ったんだわ、ほら後ろ、見てみな」
後ろ?先程もタッゲルトを心配して後方を見つめたが特にそれらしいものは見えなかったが…。よくよく目を凝らしてみる。…わからない。
「あぁ、見ただけじゃ分からないかも、あそこにさ荷馬車が見えるだろ?ほら、あれ」
そう言って、ウヌリスの指が伸びるほうを見つめる。上から布をかぶされた細長い何かが乗った荷馬車が少しだけ人込みに紛れて見えた。見るだけでは何も分からない。
「あれはな、お前も戦ったあの山賊の首領、まぁ有名人だな実は」
山賊の首領…。はっきりと顔を見たのは最初に弓で射った時だろうか。弓矢をとってこちらを見てにやりと笑った。不気味なあの笑顔が鮮明に脳裏によみがえる。再び顔をまじまじと見た時にはその顔は既に血だらけであったのでちゃんとした表情の顔を見たことは無かった。だが、少なくともまともな人間ではないだろう。
「あいつは一体何者なんだ?」
あの身のこなし、指揮力ただの山賊とは思えない。
「あいつはな、今から行く国の偉い兵士だった人間だ、時節にはかなわなかったみたいで、山賊に落ち延びたんだ」
「時節にはかなわなかった?」
「うん、帝政の打倒…革命に負けて山に逃れたのよ、ま山賊ってそんなもんよな」
そうか、元々偉い兵士…長だったんだろうか。だから、あのように全体をまとめ上げ集団での体当たりを指導できたのか。あの防御陣地の構築もあの首長が始動したのだろうか。
今から行く国は、コイズフロイド共同統治領だったか。そこから何かしらの出来事を経て山に逃げ延びたのだ。だから、そこと因縁があっても不思議ではない。
「もしあの山賊が大成しててそれが軍隊になって攻めてきたら困るからな…まぁそれだけじゃなくて個人的に恨まれてるから…」
ウヌリスはそう言うと口をつぐんだ。
「あぁ…そういえばさ、あの馬賊の首長はわりとあっさりあの捕虜を引き渡してくれたんだ、俺はあの馬賊丸ごとこの軍団に引き込みたかったんだが、あそこは多くの血を流してとった土地だから、まだ離れられないから無理だと言ってな…」
表情を少しも変えずに、どこか遠くを眺める。
「まぁ、そりゃそうだけど…馬賊もとりこまなきゃ勝てないからさ、やっきなってもっと説得したかったがあくまで首長がそういうなら引き下がるしかなかったね、異文化理解は大切さ」
道中はまだまだ長そうだ。
構え銃の合図で、銃を前に向ける。撃鉄を起こし、引き金に指を近づける。目の前には大きな木のくいに後ろ手に縛り付けられた大男。その服は上等な物だろう。頭には情けとして指揮官だったであろう時につけていたパンゲイスヘルムをかぶせてある。その目には涙が溜まっており自分の死がどうやっても避けられない事を察したのだろう。悲痛な顔だ。
合図とともに、両の耳を炸裂音が貫く。こうして野蛮民族の一つが完全に滅びた。一人も残さずに絶滅したのだ。同情はしない。圧倒的火力で圧せても奴らは不思議な術で状況をなんども一変させようとして、その度に神経を逆なでした。しかし、現状を変えることなどできなかったのだ。この民族を滅ぼすのは明白な使命だった。
目の前の大男が肉の塊になる。
合図で銃を自分の横に立たせる。後ろでは大きな火が燃え盛っている。それは死体の山だ。この民族が生きていた最後の証だ。あの指揮官は自分の死を察した以上に、民族の終わりに涙したのかもしれない。
非常に不幸な人間ではあったが、彼はキリストへの信仰を知らないので最後の審判では地獄へ行くだろう。それでもなお私は彼の救済を望もう。不幸な彼は死後位救われても良いはずだ。
そういえば、私の友人は生きているだろうか。野蛮人の言語を覚えているのだろうか。
生きていることを祈るしかできないのは、どうにももどかしい。
「よくやった、兵士達よ!今日、我々はまた新たなる土地を手に入れ、第二の神聖ローマ帝国建設にまた近づいた!諸君らはいずれかは建国の英雄になるだろう!」
そう言って、後ろから歩いてきたのはアウグスト=ウィルヘルム元帥、皇帝の弟であられる。
もともと、戦争中の失敗を受け、解任されていたがあまりの前線の多さと敵対勢力の脆弱さからか、気づけば復任していた。
その元帥がここまで出てきた状況に唖然とし、一瞬ぼんやりとしたが連隊長の号令で銃を胸の前に持ってくる。
「良い、敬礼などいらぬよ、占領地の視察といったところだ、
解散の号令が放たれる。処刑に駆り出された者の波にのまれながら自軍の天幕に向かっていく。
今の元帥に対して連隊長は恐らく良く思われていないだろう。それは、態度からもにじみ出てしまっている。本人は隠そうとしているのだろうが。一度、敗走させた将は強敵への勝利をもってしか信頼を獲得できない。だから、連隊長は元帥を信頼していないのだろう。
死体の油でひどく燃え上がる炎はまぶしく、そのきらめきは、やはり最後の生命の証のように感じた。そこに、あの大男が投げ込まれる。こうして、この民族はほろんだ。最後に命の灯をまさに自身の体が燃え尽きるまで燃やすのだ。
早朝ではあるものの、未だに周りは暗く命の灯どもは非常に目についた。そして、脳裏にもこびりついた。憐れみではなく、彼らが最後に綺麗な炎になれた事に素晴らしさを感じたからかもしれない。
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