第23話 コイズ総督②
「なぁ、覚えているか?」
唐突にウヌリスはこちらに話しかけてくる。
「昔さ、お前とディゲと俺でこっそり村を抜け出したの」
ディゲ…同じ村の同じ世代だった。だから、小さい時からよく遊んだが…。最期は生きたまま足先から少しずつ斬られていた。
「あぁ、覚えてる」
「その時に、凄まじく大きな男と会ったよな、どこかの首長だ」
そう、こっそり抜け出して自由にそこら中を冒険した。ただ、今考えると危険しかない。そこで、馬に乗って、立派な兜をかぶった若そうな大男にあった。それは、覚えている。
「それは、多分ここら辺だ」
ウヌリスは荷馬車のへりに肘をたて頬杖をつき外を見る。何もない平原だ。遠くのほうに森が見える。
「ディゲは死んだのか?」
「あぁ」
「そうか…じゃあ今の話の中に出てきた中で生きているのは俺とダッカか」
「ん?じゃあ、あの大男も死んだのか?」
「ああ、たったさっき死んだ、一度会って重要な話をしたり決めごとをした人間は死んだらそうと分かるような頭痛がする様にしてある、まぁ…お前の兄からの受け売りだけどな、これは…」
「そうか…」
平原は非常に明るい。その草は森に近づくほど高くなっているように見えた。行軍で進んでいるのは平原の横にある道だ。大国とだけあってよく整備してあるのだろう。
暗い森のほうにどうしても注意が向いていく。何か、異常に森が暗く感じた。まるで、命が失われる事が底なしの沼の様に感じるのだろうか。
「どんどん死んでいくようだな、俺たちの知り合いも友人も…俺の知らないところで…俺の…」
ウヌリスも遠くを見つめている。森だろうか。死んだ者の事を考えると、どこまでの落ちていく感じがする。終わりが見えなくなる。
「なぁ!そうえば、コイズ・フロイド共同統治領に向かっているんだろ?2人が支配してるって国ってことなのか?そこは」
「ん?あぁ、その話か…そう、そうだな、2人で…支配してる」
「2人もいて大丈夫なのか?首領が2人って」
「首領…領主が2人いるのとは話が違う、地方ごとには…あー、まぁ支配を任された王の部下がいるからそいつらが色々やってるのよ…そしてそこででた利益などは2人の王へ…まぁこんな感じだけど、わかった?」
「うん、良く分かった気がする!ありがと」
なんとなく、荷馬車の中に流れていた暗い雰囲気を払しょくする事は出来たのではないだろうか。まぁ…説明はなんとなく分かったが、明らかにこちらが分かるような言葉遣いを考えさせてしまっていることが見て取れる。
理解力が足りないのかもしれない。
段々と、地形が山がちになって来た。荷馬車がガタガタと頻繁に振動し、尻が痛くなる。上り坂や下り坂が増え、明らかに行軍の速さが落ちている。
タッゲは大丈夫だろうか。
~
結構長い時間の行軍だ。早朝に出発したが、もう夕方ごろになってしまっている。一切の休止無しで来たが…。自分はずっと座っているので、そこまで疲れてはいないが、一緒に行軍している中に騎兵は勿論、歩兵もいる。徒歩で武装した状態でここまで歩いてくるのは相当疲れるのではないだろうか。やったことないから分からないけど。
「相当進んだな、ほら、防御壁が見えてきただろダッカ、あれ」
前方には山が見え、よくよく見ると、その後ろに灰色の何かが見えた。あれは、壁だろうか。
「なるべく早く着きたかったら強行軍できたけど、そのかいあって意外と早くつけたぞ」
あれがコイズフロイド共同統治領だろうか。話に聞いて予想したよりも全然小さいように思うが。あっ、そういえば支配を任された部下がどうこうとか言っていたな。じゃ、あれだけじゃ国じゃないのか?すごい!
心なしか、少し肌寒くなった気がする。恐らく、上り坂が非常に多かったので標高が高くなっているのだろうか。厳寒期に入れば、ここらへんには生き物は住めない程寒くなるだろう。周りをよく見てみると、あまり木が生えていない。
「あれが俺たちの取り敢えずの目的地だ、共同統治領の入り口、異文化の入ってくる第一の街だ」
大きく立派な防御壁。しかし、だいぶ年季が入っているように思われる、所々が薄く黄色がかった壁。いつ頃に建てられたのだろうか。
「司令を回せ!ここで止まる、これ以上進むな」
ウヌリスが荷馬車の上から横を囲むように馬を歩かせている騎兵に向かって叫ぶ。すると、周りの騎兵は散り散りになって前に後ろに広がっていった。
騎兵達は叫びながら馬を駆る。
「ここからはこの大所帯で行くと相手を刺激して何をされるかは分からない、側近と俺だけで向かい話をつける、そういうもんなのよ〜」
そうなのか。
「お前は留守番だ、悪いなダッカ」
ここで待つのか。少し肌寒い気がするのであまりここで待っていたくはないが…。
暫く、待っていると後ろから馬が近づいて来る音がした。蹄の音だ。そちらを振り返るとタッゲがいた。
「タッゲ!」
「おう!ダッカ、大丈夫か?何か変わったことは無かったか?」
荷馬車の横までぴったりと馬を寄せてくる。
「あぁ、とくに無いが…」
荷馬車の後ろにいる、兵士達はあからさまに嫌な顔をしていた。
タッゲも眉をひそめて、こちらに顔を寄せて、こちらに来るように手で合図したので顔を寄せて耳をすます。
「こっちは駄目だ、馬賊と言われて中々戦列に入れてもらえない、だから少し膨らんで馬を歩かせている、何かを聞いても全然答えてくれないしな」
やはりそうなったか。ここの兵士達は馬賊たちに対して悪印象しか抱いていないだろう。少なくとも、好印象は抱いていないだろう。こうなることはウヌリスも予想していた。では、何故あえて何も対策をしないで離したのだ。
「そんな扱いをされているのか…」
後ろを振り返って、兵士たちの顔を見る。やはり、ばつの悪そうな顔をしている。相当、馬賊が嫌いなのだろう。私自身も馬賊について聞いていた話は悪い物ばかりだった。実際にだから、こうなるのは必然だったのかもしれないが…。でも、仲間として行動する以上それは良いことか?タッゲが馬賊の出身である以上、何か奇跡でも起こってその敵対していた記憶が消えでもしない限り不可能ではないのか。
…いや、友人であるという理由もあるが、それよりもタッゲが仲間として行動する以上良いとは言えない事は確かだ。では、どうやってそれを解消するか。
「ここは少し寒いな、俺のいた所よりも寒いよ、なぁ」
「うん…タッゲ、馬に乗せてくれ」
「ん?」
「馬に乗せて、タッゲの配属されたところに連れてってくれ」
「何を言ってるんだ」
「なんとか説得して、タッゲに対しての扱いを改善する」
タッゲはちらちらと周りの兵士達を見る。周りの注意を確認しているのだろうか。
「何言っているんだ、折角、ここの長と友達だから自分で歩かずに高待遇をうけているのに、そんなことしたら長への兵士の疑念が高まるかもしれない、そしたらお前は心も体も苦しい立場に置かれるぞ」
「うん、だけど、この現状をなんとかしたいんだ」
タッゲが馬賊であるから嫌われて仲間と思われないなら、馬賊ではない自分がなんとか説得するしかない。自分なら悪い印象を抱かせるような事はないのではないか。なによりも、こんな苦しい立場に置かれている友人を放ってもおけない。
「乗せられない、お前に良い事が無い、俺の為に身を亡ぼすな、そして何よりも、お前の友人の顔に泥を塗る事につながることはするな、良いかダッカ」
「…だが」
「だめだダッカ、何と言おうが俺は認めない」
ぐうの音もでなかった。確かに、そうだ。だが、だからと言ってこの状況を看過できない。だが…タッゲが言う事は正しいし、友人の心からの頼みを無下にはできない。
「大丈夫だダッカ、一緒に行動していけばいつかは仲間として認められる…だから俺への待遇も良くなる、安心しろ…心配してくれてありがとな」
冷静になって良く考えてみると、自分には何も無い。この軍団と一緒に飯を囲ったわけでも無く、ともに歩いたわけでも無いので、信頼などおかれていないに等しい…。信頼に足る兵力も無ければ、何か信頼できる実績も無い…山賊をつぶしたのは自分の力では無かった。
しかし、ウヌリスは行軍の一団と真に仲間になることを果たしてみとめるだろうか。あの態度からして、それは無いに等しいだろう。今までの会話からして、故郷を守れなかった事を相当根に持っている。確かに、忘れられはしないだろうが。
普通、たとえ、友人だからと言ってこの行軍に特別待遇で共させるだろうか。ちゃんと、食い物にありつけるのなら作戦実行力も無い人間を置いておいても飯が無駄に減る。だから、できるだけ必要のない人員は削りたい筈だ。
ウヌリスはあの村を、故郷を自分に見ているのではないか。遺体を燃やす火の映し出す影が、自分、ダッカに見えているのではないか。
「わかった、タッゲ、すまない何もできなくて…」
自分が置かれている立場、能力を考えてもまだ何かを働きかける力が全く無い。自分を過大評価していたのかもしれない。初めて出来た、村の外の友人に舞い上がってしまっていたのかもしれない。
ただの一人の狩人には何も無い。何も残らなかったからだ。新しく、手に入れた友情と、古くからの友情を当てにしているでは無いか。自分からは何もしていない。
…
タッゲは、じゃ、と言って後方の方に馬を走らせ戻っていった。
友人は非常に多彩だ。ウヌリスは、これだけの軍団を率い、果てしない勝利をつかもうとしている。タッゲは馬を巧みに駆り、軍団の力となった。
俺には何も無いじゃないか…。
一人で少し頭を抱えた。
暫く、すると馬の蹄の音が遠くから響いてきた。
ウヌリスとその側近が馬を駆って、戻ってきた。
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