(六)保健室のベツドにて寝ぬ
運動会は当然のごとく中止され、簡易的な帰りの会が行われた。児童たちの姿が徐々に減っていく。保護者がきているところは、保護者とともに帰路へ
教室を出てすぐの廊下には、体育着入れが整然と並べられている。ずぶ濡れになってしまったものは、新聞紙の上へと置かれていた。これは教頭が帰りの会中に置いていったもので、逃げ惑う児童たちがテントに忘れていったものだ。帰りがけに、自分のものを
「稲穂のだ」「名前、書いてありますよ。視覚で判断できませんか?」
一連の行動を見ていた龍が、冷静にツッコミを入れた。……きみのような、勘のいいガキは嫌いだよ。
「あ、
立ち去ろうとして、彩は担任の先生に声をかけられた。
「は、はい……仕事が忙しいみたいで」本当は暇してるんだろうな、と父母のことを考える。それから、彩は龍に目配せした。「あたしは稲穂を起こして一緒に帰ります」
「そうだな、ありがとう。そうしてくれると助かる。
そうして先生とは別れ、階段を
その後、ふたりは一階と二階の踊り場で合流する。二階の職員室前で、複数人の話し声が耳に届いたから、ふたりは聞き耳を立てた。警官が三、四人、教頭のもとへと報告しにきている。うちひとりは、この小学校の卒業生ということもあって、積もる話もあるのだろう、事件以外の話に花を咲かせている。すっかり空は晴れ上がったらしく、窓からは煌々とした陽光が差しこんでいた。学校の敷地外へ見回りに出かけていた先輩らしき警官が戻り、
「不審な人物は見当たりませんでしたね」「そうですか。やっぱり逃げてしまったんですかね」「重傷者が出なかったのは、不幸中の幸いでした」「ええ。本当に」「またなにかありましたら、いつでも連絡ください」
唯一、校長は病院へと搬送されていったが、病院からの連絡によると軽傷で済んだらしい。誰が最初に言い出した配慮なのか、警察からの事情聴取は、教師のみを対象として行われるということになったそうだ。被害届を出したあとは、警察のほうで不審者を割り出してくれるそうだが、
素知らぬ顔をして、職員室の前を突っ切り、保健室を目指す。子どもらしい愛想を振り
「あら。ふたりとも」ちょうど養護教諭が退室するところだったようで、ひょっこりと顔を覗かせる。「よかった、先生これから会議だから。
「はい!」
彩は元気いっぱいに返事をした。養護教諭が立ち去ると、彩は真顔に戻って、龍に問いかける。なにごともなかったかのような養護教諭の反応が気になったのだ。
「……どこまで覚えてないの?」「気を失う前後十分間くらいだと思います」「前後? 前だけじゃなくて、あとも?」「はい。気を失ったという記憶もなくなるので、そこだけ突然ぽっかりと記憶をなくした状態になります」「な、なるほどね……」
保健室のなかを区切っているカーテンを開ける。ベッドの上では、稲穂が気持ちよさそうに眠っていた。彩は時計を確認する。稲穂が眠りに落ちてから、二時間が経とうとしていた。
「校舎の崩れたところは、とりあえず
彩は、決して
彩の疑念は確信へと変わった。転校してきたときから気づいてはいたことだが、やっぱり龍は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます