(下)虹立ちぬる授業の一幕
「えー……つまり、これらの
五分間の休憩を挟み、一時間目の授業が始まった。彩は頬杖をつき、
狩猟採集の時代だった二、三万年前や、稲作が始まってからの一〇〇〇年くらいの道のりを、約一か月ほどの授業で通り過ぎていったことを思えば、むしろ早かったのかもしれないが。……いや、なにもないからか。
正直、彩は金印にも
「受持さん。なに、ボーっとしてるんだ。話、ちゃんと聴いてたか?」
「……あ、はい」
「本当か? それじゃあ、聖徳太子は、なにをした人?」
起立したはいいものの、彩は顎に手を当てて考え込む。随分とざっくりした質問だが、これなら聴いていなくても解けそうだ。机の上に目を落とすも、開いていない教科書の表紙が映っただけで終わる。先生の横着によって、黒板にも、それらしい答えは書いていなかった。でも聖徳太子が、なにをした人かくらいは知っている、はず。彩は記憶を頼りに、というよりも勘で、ひょっとしたら正解を導き出せるかもしれない、と思った。
「い、一度に十人の話を聞き分けた? ……あれ、三十何人かだっけ?」
「うん、まあ……たしかに、それは有名だけど。いや、伝説とかじゃなくて、どんな功績を残したのかという」
先生に訂正をされていたが、彩は言葉尻に被せるようにして、構わず続ける。「
また、先生にツッコまれた。「初めて忍者を使ったのが、聖徳太子らしいよ?」「な、なんだ、その説!」
またまた、先生にツッコまれる。さらに彩は、立て続けに持てる限りの聖徳太子・超人エピソードを披露する。「
「すげぇ予言しでるな。……いや、
それは教科書にも載っている有名人だと思うが、わかりやすい名で言おうと思っても、彩はあいにく、漢風の
「すいこてんのう」「そう!
彩に聞こえるか聞こえないかの大きさで、その声は発せられたようで、彩以外のクラスメイトたちは彩のことしか見ていない。助け船を出した張本人は、なに食わぬ顔をして、さっきまで彩がしていたように頬杖をつき、彩の席を挟んだ先の、窓の外へと龍は視線を向けていた。その顔面に、陽光が当たる。
「あ、雨。
クラスメイトの誰かが言う。彩は教室に差し込む陽光が作り出す、机や
「虹だっ!」
前(稲穂)の前の席に座っている生徒が、そう叫んだ。確かに窓際からは、雲間に薄く架かった虹がよく見える。七色のグラデーションが目に映るに至り、彩は、はっと思い出すことがあった。虹……七色……七……色……そうか。そして、彩は声高らかに言い放つ。
「
またまたまた、先生にツッコまれる。どうやら、彩の導き出した答えは間違っていたようだった。
…………。
……。
運動会に練習が必要なのかどうかは疑問だが、授業の一環とあっては仕方がない。徒競走のタイムを計測したとき、稲穂の走る早さに合わせていたから、彩は稲穂と同じ組分けになった。
二時間に及ぶ授業が終わった途端、男子たちは勢いよく、体育館から飛び出していく。散々走り回ったっていうのに、どこから元気が湧き出してくるのか、と彩は
「
「いえ」稲穂はカゴを抱えたまま、満面の笑みを浮かべて答えた。「わたしも手伝ったら、一瞬で片づきますから」
「いや~、申し訳ねっ」
「あ、ありがと」
彩は素直にお礼を言う。……警戒しなくても大丈夫な人物だろうか、と身構えつつ思った。
「わたしも!」「あたしも!」
次々と女子たちが名乗りを上げ、とっくに軽くなっている綱へ群がってきた。それを見ていた先生は、困惑するように嘆息する。「お、お前ら。なんだ、急に」
「
話しているだけで、ほとんど手を動かしていない彼女たちを無視して、龍と彩は綱を運び入れる。体育館の片隅で、もじもじとしている修治の様子を見て、彩は彼に声をかけた。「なにしてんの? 手伝わないんだったら、さっさと着替えに行ったら?」
すると修治は、誰かが脱ぎ散らかしたゼッケンを
女子のひとりが、不服そうに膨れっ面をした。「えーっセンセ! あたしたちにお礼はぁー?」
「図々しいな、お前ら」
先生はポカンと、軽く女子たちの頭を
「おおおお前ら。ま、間違っても外で言うんじゃないぞっ!」
何度も柱に肩をぶつけながら、先生は体育館を退出していく。足はガタガタと震えていた。申し訳ないことしたかな、冗談なのに、と先生のあとを追って、発言を反省した女子も体育館をあとにする。
「イツセ……?」
彩とともに廊下へ向かいかけた稲穂は、小首を
「あ、わたしの名前。五瀬稲穂」「イツセ……」「そう。稲穂」「……イツセ」「うん、稲穂」
「ふ~ん……珍しい苗字だな」どうやら龍は、苗字のほうだけ引っかかったらしい。それを言うなら「ミケツカミ」という苗字も、じゅうぶん珍しいだろう。でも確かに、自分以外の「五瀬」姓の人に会ったことはない、と稲穂は思った。「よろしくな、イツセ」
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