(中)
風除室を飛び越えて北側へと逃げ出した鬼を追い、
結んだコブの部分を咥えて、そっと屋根の上から戦況を観察した。
彩が鬼の弱点に気づき、弥兵衛へ指示を出したはいいものの、形勢が逆転するまでには至らない。
そうこうするうちに、鬼は疾風とともに逃げ出す。その際、鬼本体なのか風の一端がぶつかっただけなのか、スピードが速すぎて見えなかったが、市兵衛の身体は吹き飛ばされてしまった。
屋根を数メートル転がり、背中を強打して勢いづいた身体は、そのまま上空へと放り出される。
「うゎっ!」
小さな悲鳴を上げると、口を離れた風呂敷が宙を舞う。
風呂敷のコブが
市兵衛が回転する度に、目の端に捉えた風呂敷の大きさは、どんどんと小さくなっていく。
悲鳴を聞きつけたのか、ちょうど弥兵衛が通りかかるところだった。
「ふぎゃっ!」
風除室と稲穂の部屋がある窓の間を落下し、市兵衛は受け身に失敗して地面を転がる。
樹木へ頭を打ちつけると、回転しながら
降ってきた風呂敷を見事にキャッチした弥兵衛が、心配そうに、はたまた憐れむように駆け寄ってくる。
「なにしてるんだ、大丈夫か?」
そう言い終えるよりも前に、どこからともなく
青菜に塩を振ったかのように垂れていた耳も、市兵衛はピンと立たせる。弥兵衛が耳を澄ませながら、静かに呟いた。
「
「それでは。失礼します」
どちらかが
鬼を取り逃がしたことに、まだ不服そうな表情をしていた。
角を曲がって消えていく市兵衛の後ろ姿を横目に見たあと、彩は不機嫌な様子のまま弥兵衛に向かってくる。
彩が手を伸ばしてきたので、弥兵衛は咥えていた風呂敷を渡した。
お邪魔します、と言って
早苗はパソコンに向き合ったまま、タイピングする手を緩めることなく、いらっしゃいと軽く会釈しただけだった。
彩が稲穂の部屋に入ると、いまだ稲穂は尻餅を着いて、腰を抜かしているようだった。
「あ、彩っ……!」
ドアを開けた彩に対して吃驚したようで、稲穂は腰を抜かしたまま仰け反る。
相手が先ほどの鬼ではないことに気づき、幾分か安堵したように見えた。安心させようと、彩は脅威が去ったことを告げる。
「もう大丈夫だから。一階に下りてきて」
階段を下りていくと、向かって左側に見えたリビングには、いつの間に祭壇のような白い棚が、忽然と姿を現していた。
パソコン作業を続ける早苗の横で、彩はその祭壇に風呂敷を置き、稲穂の元へつかつかと歩み寄ってくる。
結び目が解けた風呂敷から、
それに気づいた彩は、稲穂の気を逸らせようと話しかける。
「これから一週間、この部屋に籠って
「も、ものいみ……?」
目を瞬く稲穂に対して、彩が神妙に頷いた。
「説明はあと。……そうだね。とりあえず炊飯器から、お米をよそってきて」
…………。
……。
アマテラスの力を継ぐ者 モンキー書房 @monkey_shoboh
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