(十二)天獄寺に巣食ふ鬼
肝試しが終盤に差しかかる。ふたりが山門に戻ってきて、最後に優二たちのペアが出発した。全ペアが十分以内に木箱を持ち帰っている。そう敷地は広くないし、案外、早く見つけられそうだ。本堂の前までくるあいだ、木箱らしいものは見つけられていない。電池がなくなってきたのか、懐中電灯は明滅を繰り返していた。しかも、だんだんと雨脚が強まり、本堂の扉に張り出した
「ニ……ベシ……」
懐中電灯のせいで目がちかちかするなか、そこに書かれている文字を音読する。ところどころ文字が潰れてしまって読みづらい。それよりも優二は、文字の内容より、ここに文字が書き込まれていることに問題を感じた。こんなところに落書きするなんて、罰当たりな連中もいたものだ。それはそうと、早く家に帰りたかった優二は、先を急ごうとする。他人の不敬に
ものの数秒で解読を諦め、顔を上げたとき、瑞葉の姿が消えていることに気がついた。そこまで文字に気を取られていたはずもないが、いつの間に? 見渡せる範囲に人影はなく、障害物もほとんどない。隠れるスペースがあるとすれば、目の前の本堂だけだった。まさか、とは思いつつ
懐中電灯は相も変わらず、不規則に光り続けている。
誰……? まさか、こんな仕掛けを用意していたなんて。思いきり油断していた、恥ずっ。
ぐちゃぐちゃ。気持ちの悪い音がするほうへ歩みを進めた。ぐちゃぐちゃ。暗くて確認はできないが、前方に誰かがいるような気がする。ぐちゃぐ……
ぴたりと、音が
び、びびってない。よくできたレプリカだ。
もう一度、大きな音がしたとき、優二は床へ尻餅をついてしまった。手から離れた懐中電灯が転がって、前方のある一点だけを照らしている。その先にあったのは、四方に糸を伸ばした
「だ、誰……? 先輩?」
その人物と、目が合った。血走った
「報告ん上がってた
岩手の方言ではない、どことなく西のほうを思わせる
「オマエ、イツセノコ、カ?」
「……イツセ?」日向の声が、雨音に交じって鼓膜を震わせる。「そりゃあ知らん。ミケイリノなら知っちょるけんど」
「ドチラデモ、ヨイ。ヒノカミノミコ、ニワ、カワラヌ」
「ミコ? 御子っていってん、何百世代も前ん話やっちゃけど?」
どういう内容の会話が
地面へ着地した優二は、しばらく悶絶のあまり動けなかった。間一髪で下敷きにならずに済んだのはありがたいが、それと引き換えに全身を打撲してしまう。遠くから「ごめーん! 優しゅうしちょる余裕がのうて!」と、さほど悪びれた様子もない、日向の
「ソーセイジワ、ニゲタヨーダナ」
「ん?
続けて日向は「あんた、なに食べるん? 人間じゃのうて?」と嘲笑する。その直後、トーンの落ち着いた声で「もしかして、仲間がいたの?」と問いかけていた。我関せずといった具合で、優二は四つん這いのまま、塵埃を一身に受けて床を進む。
背後から、いまにも抜け落ちそうな床の上を走り回る音や、柱が粉砕されるけたたましい音などが、ほとんど失った視力の代わりに鋭敏となった耳へ届く。もう少しでドアに手が触れそうだったが、突然、優二の背中を激痛が襲った。今度は近くから、これまた悪びれた様子もなく「ごめんやじ」と、軽く謝る日向の声を聞く。
いったい日向は、どこから飛んできたのだろう。優二の腰から臀部を
山門まで戻ってくると、息せき切らした優二に駆け寄り、聡美がタオルを差し出し、優二の後ろを覗いて
瑞葉の首が脳裏をよぎった。本堂のほうから、なにかが爆発するような轟音が響き渡る。
「……なに、いまの音?」「に、逃げましょうっ!」「ダメよ、丹治さんと浅良部さんを待たなきゃ」「ふ、ふたりはもう……!」
目の前が、暗褐色に染まった。なにが起きたのか、瞬時には判断できない。少し首を後方へ傾ければ、上空に飛んだ聡美と目が合う。そこで、優二の記憶は途切れていた。
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