(四)物忌みの用意したり
「……ということなので」
リビングでは、彩と早苗がなにかを話し込んでいた。炊きあがりを確認してから、炊飯器の
「……わかりました。ちょうど出かける予定でしたので。娘のこと、よろしくお願いします」「うん。任せて」
彩が、眉尻を少し下げた微笑をすると、早苗は頭を下げる。早苗はパソコンを閉じて、そそくさと支度を始めるが、どうにも
「相手は、もしかして……」「ううん、違った。気配が全然。たぶん血縁関係もないかな」「そう、ですか」
きっぱりと彩が否定したことで、
「う、うん……」返事をしたあとで、彩の言葉を思い出し、稲穂は戸惑う。聞き間違いでなければ「ものいみ」は一週間らしい。「お母さんは? えっ、一週間もいないの?」
「物忌みのあいだは、家のなかに誰も入れないからね。稲穂ひとりで、一週間を過ごすのよ」「ひとりで……」
彩の言葉を稲穂は復唱した。自室から着替えを用意し、荷物をまとめた早苗は、最後にパソコンをバッグに収納し、玄関から出ていく。車のエンジンがかかり、その音が次第に遠ざかっていった。そのあいだに彩は「うーん。これじゃあ一週間はもたないかも」と、冷蔵庫を物色する。キッチンにいる稲穂の近くへきて、
いつの間にか、祭壇がリビングに設けられている。炊飯器にあるぶんの白米を盛り、彩は祭壇に据えられた棚へと置く。玄関のほうへ向かおうとして、なにかを思い出したように手を叩いた。「あ、そうそう。食料を持ってくるあいだ、掃除しててくれる? お風呂とか、トイレとか、台所とか。水まわりを重点的に、なるべく
その言葉に従い、まずは風呂掃除をしようと、稲穂は、洗面台の下にある棚を開けた。いつも使っている洗剤や漂白剤に加え、「丁寧」を強調した彩の指示どおりに、重曹やクエン酸なども用意する。普段から掃除しているとはいえ、水まわりは使う回数も多いからか、すぐに汚れが溜まってしまう。いま、風呂場を掃除するよう言われた真意はわからないが、掃除なんて何回したっていいものだ。稲穂はゴム手袋とマスクを装着し、掃除道具一式を手に取る。
「ただいま」
それから三十分ほどが経過して、洗剤を洗い落としているときだ。シャワーヘッドから勢いよく噴出され続ける水音に
どうやって運び入れたと思うよりも前に、どこから用意したものなのだろうという疑問を抱く。そんな心配を
「い、生きてるの?」「たったいま釣ってきたからね」
彩の身長の三分の一はあろうかという
「これって海水魚じゃない?」「……ああ、まあ、そうだね」「ここから海までは、車で二十分くらいかかるよ? 釣り場となると……」「ま、まあ、細かいことはいいじゃない」
キッチンまで運び入れようと、クーラーボックスを持ち上げるため手をかけた瞬間、なにかの鳴き声が外から耳に届いた。モ~。ブヒブヒ。彩の制止を振り切って扉を開けた稲穂を待ち受けていたのは、豚と牛が一頭ずつ、風除室のなかで窮屈そうに佇んでいる異様な光景だった。完全に道を塞いだ牛の背中が天井へとつき、
「一週間分じゃあ、多すぎた?」「いや。そういう問題じゃなくて」
彩の天然すぎるボケに、稲穂はストレートにツッコむ。開け放たれた扉から稲穂の足もとをくぐって、何羽かは家のなかへ入っていこうとしたが、なにかに
「えっあっいや……それは、その……」彩は言いづらそうに
「これを? どうやって、調理するの? ここで?」「確かにねー。でも『グルメテーブルかけ』じゃあるまいし、調理後のものは出せないんだよねー」「これって、野菜は、ないの?」「……そうだよね、やっぱり。野菜も必要よね。でも、野菜は出したことないし」「出す……?」「いや、なんでもない。頑張ってみるわ」
いったい、なにを頑張るのだろう。彩が家を出ていったあと、稲穂は風呂掃除の仕上げへと戻った。その次に、トイレ掃除へ取りかかる。一時間ほどが経過し、指示されていた箇所は、あらかた掃除を終えたのだが、やることがなくなって手持ち
箒を掲げ、ソファーに上がって背伸びをする稲穂の姿を、戻ってきた彩は目撃し、開口一番「そこまでしなくていいよ」と言った。稲穂は、
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