第11話 ボタン付きの服ができました
ボタンの材料は簡単に手に入った。ある程度、丈夫な木であれば、大きな木材でなくても良い。
むしろ、建築時に切ったりして余ってしまった木材で作ったほうがエコな感じだし、安く手に入る。
そして、私は竃の脇に落ちていた木炭の残りかすで、床にボタンの図を描く。
設計図だ。
と……言っても、大した設計図ではない。
丸描いて、チョン、チョン、チョン、チョンと点を打つだけだ。
だって、ボタンって、丸くて、その丸の中に穴が四つあるだけのシンプルな構造だ。細かく言えば、ボタン縫いした糸が擦れて摩耗しにくいように丸の真ん中の穴の周りが少しだけ窪みになっている程度だ。
ロバートさんは、持って帰って来た仕事道具の箱から道具を取り出してあっという間に、木材を円形の平べったいものへと加工する。
「大きさは、これくらいで?」
「はい、十分です。あとは、穴を出来るだけ均等に四つ開けてください」
ロバートさんは、千枚通しと呼ばれる道具とハンマーで、穴を開けた。
素人がやったら、穴を開けるときの衝撃で割れてしまいそうだけど、ロバートさんはさすがだ。次の大工の棟梁候補。
それに、真剣に狙いを定め、ボタンに穴を開けるロバートさんは格好いい。仕事をしている時の真剣な表情。格好いい。眼福、眼福。
いつものニコニコしているロバートさんも良いが、仕事をしていて真剣な顔つきのロバートさんも素敵だ。
きっと、王都で仕事をしている姿に心奪われる王都の娘は多いのではないだろうか。私なんかと吊り橋理論している場合ではないはずだ。
「細い布の切れ目にこれを通すので、外側をもっと滑らかにできないでしょうか?」
私はさっそく一個出来上がったボタンを触って確かめる。材料が木材なので、少しざらついている。
「じゃあ、ヤスリをかけますね」
またまた道具箱から道具を取り出し、あっという間にボタンの手ざわりをザラザラから滑らかなものにしてしまった。
すごいな、職人さん。ロバートさん、すごい!
ロバートさんは、全く同じサイズのボタンを量産し始める。この調子なら十個くらいなら一時間もしないうちに完成してしまいそうだ。
じゃあ、私も私で準備をしよう。
セト君の古い衣服に、一気に首元から裾まで、ハサミを入れて縦に一気に切り裂いた。
「ソフィー、何やってんだ! 気でも狂ったのかぁ!」
セト君が大騒ぎしている。
それにしてもセト君は元気が良い。
子供は風の子。元気が一番だ。
子供が元気。こんなに嬉しいことはない。
確かに、Tシャツのような被って着る服を、襟から胸の部分を下まで裂いたら、着れなくなってしまうと思われるかもしれない。
もちろん、私も衣服をダメにするためにハサミで切り裂いたのではない。ボタンとボタン穴を縫い付ける場所を作るのだ。
切り裂いた布の所を私はまず、まつり縫いをしていく。ジーパンやズボンの裾上げに使われる縫い方だ。
まつり縫いを、ボタンを着ける側にも、ボタンホール側にも行っていく。
「なかなか手際がいいじゃないか」
見ていたコゼットさんに褒められた。まつり縫い自体は、この世界にすでにある裁縫技術なのだろう。まぁ、これをしないと直ぐに布がボロボロになってしまう。
「コゼットさんほどじゃないですよ」
これは謙遜ではない。コゼットさんは裁縫が上手だ。年季が違うということなのだろう。
ボタンが外れたときや裾を上げるくらいのことしか元の世界でもしたことがないが、コゼットさんは自分で縫って服を作ってしまうのだ。年季と経験が違う。
次に、ボタンの穴を開ける場所に糸を縫っていく。
まず、木炭でボタンを留める位置とボタン穴の場所を決める。元の世界では、裁縫のときはチャコペンを使うけど、目印を付けるという意味では、木炭でも支障はない。まぁ、手が炭で汚れる、程度のデメリットだ。
まず、ボタン穴のところを長方形に返し縫いをしていく。長方形の横の長さは、ボタンの直径よりも大きく、縦の高さはボタンの厚みよりも大きくする。だけど、長方形が大きすぎるとボタンが簡単に外れてしまうから大き過ぎにも注意だ。
ナイフでボタンが通る部分を斬り、そして太い糸で縫っていく。ブランケットステッチという縫い方だ。
「珍しい縫い方だね。始めて見たよ。どこで習ったんだい?」
ブランケットステッチは、コゼットさんも知らないらしい。コゼットさんも興味津々なようだ。
元の世界で、趣味でフェルトで小物を作っていたときに覚えた。習ったのは……ネットの動画である。知りたいことが簡単に知れて、前の世界は本当に便利だった。
「昔、ちょっと、教えてもらっていました」
インターネットという人類の知識を共有する巨大なネットワークが存在しておりまして……なんて説明しても頭がおかしいと思われるだろう。
いや、その前に、映像を記録することができまして……で、アウトだろう。
いや、写真だけでも、それも白黒写真なんてものが存在すると言っただけで頭おかしい認定だろう。
「ロバートやい。ソフィーは思ったより優良物件だよ。あんた、逃がすんじゃないよ」
「もちろんですとも!」
ロバートさんが何やら意気込んでいる。
コゼットさんから優良物件認定されているようだけど、私は、身分を剥奪されて処刑されそうになった元聖女だ。思いっきり、事故物件である。
ボタン付きのシャツが完成した。我ながら上出来だ。いや、本当にすごいのはロバートさんだろう。ロバートさんがいなかったら、たぶんボタンを作ることができなかった。
「セト君、着てみて」
「どうやって着るんだよ、これ?」
セト君が首を傾げている。そっか。ボタンがなかったということは、そうか、着方も分からないか。でも、簡単に覚えられる。
「まず、袖を通して……。こっちのボタンが付いているのが前だよ」
そして、ボタンの留め方を実演する。
「なんだよ! 着けにくいぞ!」
セト君はボタンをボタン穴に通すことに苦労をしているようだ。まぁ、慣れるしかない……。
あっ。やっちゃってしまった。
ついつい、シャツの左側にボタンを付けてしまった。左側にボタンが付いているのって、レディース用だ。
セト君やコゼットさんは、ボタン付きの服を見たこと無いからこういうものだ、と思っているだろうけど、実は逆だ。
メンズは、右側にボタンが付いていた。だけど、ついつい、左側にボタンを付けてしまった。
セト君は右利きなようだし、ボタンが付けにくそうだ。ごめん〜セト君〜今度からちゃんと右側にボタン付けてあげるね〜と心の中で謝る。
でも、そう考えると、元の世界で、どうしてボタンの位置が男女逆だったのだろう?
コゼットさんもだが、右利きが多い気がする。右側にボタンがあった方が、自分で付けやすいはずだ。
女性用の服が左側にボタンがついているのは、女性は昔はメイドなど他人に服を着せてもらっていた名残という説があるけど、良く分からない。
今度作る時から、右側にボタンを付ける、ということで統一しちゃえ。
「なんかこれ、面白いぞ!」
セト君が服を気に入ってくれたようだ。
というかむしろ……着心地とかじゃなくて、ボタンを外して、また通す、そしてまた外す、という行為が面白いらしい。
手遊びのようにして遊んでいる。子供は、なんでも遊びに応用してすごい。
さて、ボタン付きの服の作業をしていたら、すっかり竃は燃え尽きていた。
火ばさみで貝殻を挟むと簡単に割れた。どうやら、ちゃんと熱が通って燃えてくれたようだ。
さて、石鹸作り再開……と行きたいところだけど、夕飯の時間だ。私が竃を占領していると夕飯をコゼットさんが作ることはできない。火傷に注意しながら桶に貝殻を焼いた灰を移す。
う〜ん、でもどこに置いておこう。まだ熱を持ってるし、成功していたら苛性ソーダ、つまり『苛性』で、強い腐食作用を持っている。劇薬だ。セト君が触ってしまったりしたら危ない。
う〜ん。外にでも置いておくか。
私や野外に桶ごともっていく。また、灰はまだ熱いので、桶が燃えないように水をいれておいた。これで火事の心配もないだろう。
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